増長する兇悪
「ギルバートめ。性格同様、醜悪な攻撃だな」
「姉上の仰る通りで。魔人になって品位もなくしたようです」
ソフィは手に持つ剣で襲い来る触手を次々と切り伏せ、セシルは刃のような魔弾で触手を次々と粉みじんにしていく。
軽口を叩くソフィ達の表情には、余裕すら感じられる。
でも、僕は何も出来ず、二人に守られているような状況だ。
「ぼ、僕も前に出ます」
魔剣を手に足を踏み出そうとすると、鋭い眼光でソフィに一瞥された。
「駄目だ、アルの一撃は切り札だ。その時が来るまで待機命令」
「え……⁉」
僕は切り札で、待機命令ってどういうこと。
呆気に取られていると、セシルが横に並んだ。
「アル殿、ギルバートの腕をよく見てください」
「腕を……?」
目を凝らしてみると、僕は異様な光景が目に飛び込んできて背筋がぞっとした。
ギルの腕からは次々と異形な触手が生み出されている。
ソフィとセシルが剣と魔弾で切り伏せても、無限に湧いてくるようだ。
「魔族は強さに応じて、人とは比べものにならない再生力を持っています。さっきのギルバートの口ぶりから察するに、魔人は最低でも魔族と同等の存在と考えられるでしょう」
「人と比べものにならない再生力って。じゃあ、どうやって倒すんですか」
「案ずるな」
ソフィが迫り来る触手を切り伏せながら発した。
「魔族の倒し方は主に三つある。再生を司る頭を胴体から切り離す、体を半壊させる、最後は再生の源になる魔力が尽きるまで細かい損傷を与え続けるかだ」
「えっと、それってつまり……」
「姉上は前に集中してください。俺が補足します」
「わかった、頼む」
ソフィに聞き返すと、セシルが魔弾を放ちながら切り出した。
「要は『首を斬る』もしくは『体を真っ二つにする』にすれば、再生が追いつかずに魔力が一気に枯渇して消滅するということです」
「あ、なるほど。わかりやすいです」
「ただし、気をつけなければならないのは魔族の死は『魔力枯渇によって体の再生ができない』というのが本質ということです。下級魔族なら首を斬るもしくは真っ二つにすれば消滅しますが、上級魔族になればその工程を何度か繰り返す必要が出てきます」
「じゃあ、ギルにも何度か致命傷を与えなければならない……ということですか」
「魔人の強さが如何ほどかわかりませんが、そう考えておくべきでしょう」
セシルが眉を顰めたその時、ソフィが「まぁ、やってみればわかることさ」と力強く、明るい声で発した。
「セシル、いつもの連携でいくぞ」
「承知しました」
「アルはセシルの傍を離れるなよ」
「は、はい。わかりました」
僕が頷くと、セシルが先端が尖った渦巻く巨大な魔弾を生成する。
「あっはは。何を見せてくれるのかな」
ギルが目を細めて口角をつり上げると、ソフィが不敵に笑った。
「対魔族の連携さ。光栄に思え、人だった相手に放つのはこれが初めてだ。やれ、セシル」
「はい、姉上」
セシルが掛け声と共にギルに向けて魔弾を放つ。
その魔弾は迫り来る触手を全て消滅させ、真っ直ぐに進んでいく。
「すごい貫通力のある魔法だなぁ。でも、俺には通じないよぉ?」
ギルはニヤリと笑って右腕を一気に巨大化させると、その右腕は瞬く間に蛸のように八本の触手に分かれて魔弾を飲み込んで消滅させてしまう。
「素晴らしい魔法だったよ。やっぱり、デュランベルクは敵に回すと怖いねぇ。でも、魔人になった俺には……」
勝ち誇って悦に入るギルだったが、彼が言い終える前に銀色の光が二回煌めく。
次の瞬間には、彼の両腕が根元から切断されていた。
「え……?」
ギルはきょとんとするが、彼の懐には剣を構えたソフィが凄んでいた。
セシルの放った魔弾の影に隠れ、一気に間合いを詰めていたのだ。
「魔人とやらへの進化。おめでとう、ギルバート」
「ひ……⁉」
少し離れたここからでも、ギルの凍り付いた表情がはっきり見て取れる。
そして、ソフィの放つ凄まじい殺気と圧に僕すらも足が震えてしまう。
「……そして、さよならだ。対魔族剣技・首切り十文字」
彼女が吐き捨てると銀色の光が横に一回、縦に一回煌めいた。
「が……⁉」
次の瞬間にはギルの首と胴が離れ、かつ頭から股下まで真っ二つに切り伏せられていた。
ソフィの放った『対魔族剣技・首切り十文字』とは、魔族を消滅させるに至る『首を斬ると体を真っ二つにする』という条件を一気に満たすという剣技なんだろう。
でも、最初に首を斬った後、斬った頭ごと体を真っ二つにするなんて簡単にできることじゃない。
ギルだったものがその場に崩れ落ちると、セシルが肩を竦めた。
「口ほどにもありません。やりましたね、姉上」
「いや、まだだ!」
ソフィが叫んだ直後、ギルの血肉から無数の鋭い棘が生成されて襲いかかってきた。
「く……⁉」
「な……⁉」
ソフィは咄嗟に飛び退き、襲い来る棘を躱しながら切り払っている。
一方、肩を竦めていたセシルは動きが遅れて回避が間に合わない。
僕は咄嗟に魔剣を抜き、襲い来る棘を横薙ぎで一気に消滅させた。
すぐに魔剣は鞘にしまったけど、魔力消費が凄まじくて僕は片膝をついてしまう。
魔剣は強力だけど、まだまだ使いこなせていない。
「申し訳ありません、アル殿。助かりました」
「いえ、セシルさんが無事なら良かったです」
にこりと微笑むと、「セシル!」とソフィの怒号が飛んできた。
「アルを消耗させるな。さっきの一撃で倒せなかった。どうやら魔族と人の融合、魔人というのは虚勢や見栄ではなさそうだぞ」
「承知しました。認識を改めます」
セシルが大声で答えて僕を守るように前に出た。
「あの、セシルさん。僕を消耗させるなとか、さっき言っていた切り札ってどういうことですか」
「さっき、ギルバートの棘を魔剣で薙ぎ払って消滅させたでしょう? 魔力量にもよりますが、魔剣の刀身は斬った相手を消し炭にするので魔族特攻となる一撃です。姉上の剣技で倒せないとなれば、アル殿の魔剣がもっとも効果的な攻撃。つまり、切り札ということです」
「魔剣が魔族特攻……」
僕はごくりと鳴らして息を呑んだ。
魔剣にそんな効果があるなんて知らなかった。
もしかして、レオニダス王はこのことを知った上で魔剣を僕に譲ってくれたんだろうか。
いや、そんなことは、今はどうでもいいことだ。
それよりも、前を見ることに集中しろ。
ソフィが、セシルが切り札と言ってくれた以上、その期待に応えることだけを考えるんだ。
頭を振り、目を見開いて正面を凄んだその時、どこからともなく「はは、あっはははは」と、笑い声が聞こえてきた。
ハッとして周囲を見渡すと、僕は全身に怖気が走った。
血肉の塊から芽のようにギルの顔が突き出ていたのだ。
「いやぁ、さすがの俺も今のは死ぬかと思ったよ。怖くてちびちゃったなぁ。全く、融合した『魔族のラクシャ・ナイトブロンズ・エレヴィ』の記憶にある通り、戦公女はおっかないねぇ」
ギルが喋る間に彼の体は瞬く間に再生されていき、言い終える頃には人の姿に戻っていた。
彼の再生が終わると針の攻撃が止み、ソフィがセシルの横に並んだ。
「ラクシャ・ナイトブロンズ・エレヴィ、か。なるほど、魔族で将来有望視されていた女だったか。だが、戦場で私に勝てないと悟るなり、いの一番かつ一目散で逃げた臆病者だったと記憶しているぞ」
剣を構えたままソフィが挑発すると、ギルは目を細めた。
「そんなこと言うなんて酷いなぁ。でも、その経験があったからこそ、彼女は俺の元にやってきて融合の道を選んだんだ。その意味では、俺もソフィアに感謝しないとなぁ」
「ほう、では今の貴様はラクシャとギルバートの人格が混ざっているのか」
「いいや、違うよ。俺が彼女の全てを飲み込んだのさ。まぁ、彼女もそのつもりだったみたいだからお互い様だけどねぇ」
ラクシャという魔族のことはよくわからない。
だけど、『全てを飲み込んだ』ということは、今のギルは本性を露わにした言動ということだろう。
ギルは肩を竦めると、「さてさて……」と切り出した。
「よくよく考えたら一対三なんてずるいよねぇ。これじゃ、俺は手も足も出ないよ」
「……屋敷にいる人達を喰らったくせに、どの口がいいますか」
セシルが睨み付けるも、ギルは動じずに頭を振った。
「それはそれだよ。だって、俺はいま一人で君達を相手にしているんだ。だからさ、俺の手足となってくれる人を生み出しても文句は言えないよねぇ」
ギルがそう告げると、彼の右肩、左肩、背中が異音を立てて肉片が盛り上がっていく。
何事かと身構えていると、肉片はやがて人の形を成していった。
程なく、右肩と左肩の盛り上がった肉片が人の形となって地面に落ち、ゆっくりと起き上がる。
「こ、これは……⁉」
人の形を成した二つの肉片。
彼等の顔を見て、僕は絶句した。
「あ、アアア、アバ、アル、バートォぉおお。すべ、て、き、さまの、貴様の、せい、だぁあああああああ」
「イ、イルバノア……⁉」
粘土で作った粗悪な人形のような異形な姿だけど、顔は間違いなくイルバノアだった。
「アル、ばぁあああトォオオオ。よくも、よよ、く、も、わた、私の邪魔を、した、なぁあああ」
「こっちはライアス……⁉」
彼もまた、粘土で作った粗悪な人形のような姿だが、顔はライアスで間違いない。
「ギルバートぉぉぉおおお。あなたはぁああ、わたしのぉすべてよぉおおお」
突然の甲高い声にハッとしてギルを見やれば、彼の背中からセラの顔をした二つの羽を持つ上半身が生えていた。
「セラまで……⁉」
「あは、あっはははは。皆、アル義兄さん達に再会できて喜んでいるよ」
ギルの笑い声が響き渡ると、ソフィとセシルが顔を顰めた。
「醜悪だけに留まらず、悪趣味な男だ」
「彼等は許されざる罪深き者達ですが、今の姿はさすがに同情しますね」
「ふふ、いい反応だねぇ。でも、君達はその醜悪で悪趣味な男と、同情した相手に蹂躙されるのさ」
勝ち誇ったようにギルは笑っている。
僕は狂気に満ちた弟の本性を前に、怒りと憐れみに震えていた。
イルバノアは、己の欲望のままに生きた因果応報かもしれない。
ライアスは、人としては許されないことをした悪因悪果だ。
セラも、勝手気ままに振る舞って生きた結果の自業自得だろう。
だからといって、彼等をこんな、こんな姿にして弄んで良い理由にはならないはずだ。
「ギル……いや、ギルバート。これがお前の、本当にお前の本性なのか?」
「そうだよ、アル義兄さん。今更、気付いたのかい? 相変わらず、察しが悪いなぁ」
ギルバートは口元を押さえ、「くっくくく……」と喉を鳴らして笑い始めた。
幼少期から今に至るまで、彼と過ごした記憶が脳裏に蘇っては消えていく。
ギルバートが幼い頃に見せた、あの屈託ない笑顔まで邪悪に染まっていたとは思えない。
イルバノアの欲望に染まった教育、セラの屈折した愛情。
そして、僕が兄として、嫡男として不甲斐ないからギルバートの本性がここまで邪悪に歪んでしまったのかもしれない。
「そうだ。鈍感なアル義兄さんに、一つ面白いことを教えてあげるよ」
「面白い、こと?」
首を捻って訝しむと、ギルバートは目を細めた。
「アル義兄さんが『できそこないの落ちこぼれ』と呼ばれる原因を作ったの、実は俺なんだ」
「え……?」
思いがけない発言に、僕は呆気に取られて目が点になってしまった。
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