ソフィア・デュランベルク
ヒロイン視点です!
カルドミア王国、王都の道を走る魔動車内で小柄な青年が顔を顰め、車窓から王城を睨みつけて「レオニダス王め」と吐き捨てた。
「一体、どれだけソフィ姉様が国のために尽くしてきたのか。恩知らずにも程があります」
鼻息を荒くして捲し立てた彼の名前は『セシル・デュランベルク』、黒に近い紺色の髪と大きくぱっちりした目に緑の瞳を浮かべる青年だ。
彼は『デュランベルク公爵家』の次男である。
デュランベルク公爵家は、カルドミア王国の約三割とも囁かれる広大な国土を領地とする大貴族だ。
しかし、これには当然理由がある。
デュランベルク領は他種族を『食糧』とする魔族が住まう国、魔国ドレイモルドと国境を構え、魔族の侵攻を日々防いでいるのだ。
圧倒的な軍事力と貢献度から、王国内では王族に次ぐ影響力と発言力を有している。
「セシル、そう怒るな」
低い声で宥めるように告げたのは、乗り合わせていた『ソフィア・デュランベルク』。
金髪の長髪を三つ編みにし、武人のような鋭い目つきに青い瞳を浮かべた女性である。
彼女は『戦公女』の異名を持つデュランベルク公爵家の長女であった。
「ですが……⁉」
「気持ちはわかるが、何度も同じことを言わせるな」
「……わかりました」
ソフィアに一瞥され、セシルはたじろいだ様子で頷くと深呼吸をしてから「状況を整理しましょう」と切り出した。
「今回、レオニダス王の後ろ盾を得られなかった以上、デュランベルク公爵家の後継者争いは泥沼化して長期化するでしょう。急いで次の手を考えねばなりません」
「そうだな。魔族の侵攻を防ぐのにも忙しいというのに、全く頭の痛い話だ」
「本当ですよ。本来であれば前線での活躍、国への貢献度を考えれば父上の後継者はソフィ姉様しか考えられません。それを誰もが忘れたような古い法律を引っ張り出し、『自分こそ後継者として相応しい』と言い出した兄のエスタは狂っています」
セシルは再び鼻息を荒くして捲し立てたが、ソフィアは注意せずに深いため息を吐いた。
事の起こりは数ヶ月前に遡る。
デュランベルク公爵家の当主バルネス・デュランベルクが急病で倒れて意識不明となり、後継者を指名しないまま急死。
そして、デュランベルク公爵家には四人の子供がいたのである。
第一子、長女ソフィア・デュランベルク。
第二子、長男エスタ・デュランベルク。
第三子、次女レナ・デュランベルク。
第四子、次男セシル・デュランベルク。
当主が亡くなった当時、魔族の侵攻でもっとも前線で活躍し、戦公女の異名を持つ長女のソフィアが次期当主になると誰もが考えていた。
だが、長男エスタの主張によって事態は一変する。
『カルドミア王国の法律に則れば、貴族の後継者は基本的に男性でなければならない。
止むなく女性が後継となる場合は婚姻していなければならない、とこう記してある。
つまり、デュランベルク公爵家の次期当主は我が姉ソフィアではなく、私エスタだということだ』
エスタのこの発言は、ソフィアをはじめ他の姉弟には寝耳に水であり、ある種の謀反と取れる言動だった。
また、デュランベルク家の姉弟仲は良好であると国内外にも広く知られていたため、世間には驚きと衝撃をもって受け止められる。
ソフィアはすぐにエスタを問い詰めるも、彼は『私に二言はない。本気で当主になるつもりだよ、姉上』と告げた。
こうして、デュランベルク公爵家で後継者争いが勃発したのである。
当初こそ、後継者争いはソフィア優勢で進んでいた。
しかし、予想外にも時を追うごとに政況は少しずつエスタに傾いていく。
彼が大義名分に掲げた法律は形骸化していたものの、実際に存在していたこと。
加えて、ソフィアが清廉潔白を求めすぎるきらいがあると、エスタは裏方で彼女を支えていた時の実話を硬軟織り交ぜて周囲の貴族に伝えていったのだ。
『姉ソフィアは当主の器に非ず。戦公女という異名通りに前線で戦うべきである』
エスタの主張に流れた貴族達は『大義名分』として法律は守るべきと言いつつも、実際は清廉潔白なソフィアが当主となることで自らの利益や後ろ暗いことが明るみに出ることを恐れたのである。
前当主が亡くなって数ヶ月経過した今現在、ソフィアとエスタの支持は五分五分となっていた。
いや、当初の状況から考えればソフィアが劣勢と言えるだろう。
「今回の訪問で後継者争いに終止符を打てると思っていたんだがな」
「心中お察しいたします」
ソフィアが淡々と呟くと、セシルが苦々しい表情を浮かべる。
エスタの掲げた大義名分と正当性を真っ向から跳ね返すため、ソフィアとセシルはカルドミア王国の現王レオニダス・カルドミアに助力を求めたのだ。
現王の後ろ盾を得て、形骸化した古い法律の無効化と長女ソフィアが正当な後継者であることを現王が宣言すれば政況は決定する……はずだった。
『なるほど。しかし、エスタの言うことにも一理あるのも事実。それに法律の改正には時間がかかる故、ソフィアが余の息子と婚姻するのが手っ取り早いと思うのだが、どうだ?』
このやり取りでソフィアとセシルは察した。
レオニダスにはすでにエスタが根回しをしていたのだ。
現王レオニダスは、年々強くなっていくデュランベルク公爵家の影響力と発言力を苦々しく思っていた節があった。
おそらく、エスタにその点を上手く囁かれたのだろう。
現王の息子である王子とソフィアが婚姻すれば、デュランベルク公爵家は将来的に王族の強い影響下に置かれる。
そうなれば王の間違いを正す者がいなくなり、やがては国の滅亡に繋がっていくことになりかねない。
『身に余る光栄なお言葉ですが、謹んで辞退させていただきましょう。私の夫は自分で見定めます故、ご心配は不要です』
ソフィアは玉座の間で毅然と言い返すと、そのまま踵を返して帰途についた。
そして、現在に至っている。
「どこかにデュランベルク公爵家と釣り合う血筋を持ち、貴族同士のしがらみなく私を支えることに注力してくれる……そのような若者がどこかに転がっていないものかな」
「ソフィ姉様、諦めてください。すでに散々探したではありませんか」
セシルが深いため息を吐いた。
「デュランベルク公爵家と釣り合うとなれば、由緒正しい血筋かつ侯爵家以上でなければエスタや反対派が納得しないでしょう。ソフィ姉様と同年代で優秀な貴族の子息は誰も彼もすでに婚約者がございますし、残っていたとしてもエスタやレオニダス王の息がかかっている可能性が高いはずです」
「わかっている。言ってみただけだ」
ソフィアが肩を竦めたその時、魔動車の運転手が「馬鹿野郎」と怒号を発した。
「お二人とも、何かに捕まってください!」
「……⁉」
運転手が再び叫んだ直後、車内は急停止の衝撃に襲われた。
少しでも面白い、続きが読みたいと思って頂けましたら、
差支えなければブックマークや高評価を頂ければ幸いです。