招かれざる訪問者
城からデュランベルク公爵邸への帰り道。魔動車の中で、僕は膝上に置いている魔剣ラジアントソードを見つめていた。
レオニダス王は『僕以上の使い手はいない』と言っていたけど、カルドミア王国の建国時代から存在するという国宝級の魔剣だ。
これを祝儀とは言え、本当にもらって良かったんだろうか。
今まで家族を含め、こんな凄いものをもらったことなんてないから、時間が経てば経つほど何だか不安になってくるんだよね……。
「……いまさらですけど、魔剣を頂戴して良かったんでしょうか?」
僕がそう呟くと、正面の座席に座っていたソフィとセシルがふっと表情を崩した。
「気にするな、アル。レオニダス王が『祝儀』と言って授けた以上、その魔剣の持ち主は間違いなく君だよ」
「そうですよ。それに魔剣は適任者が使ってこそ真価が発揮されます。城に飾られるよりも、アルバート殿が使ったほうが世のため、国のため、魔剣のためになるでしょう」
「そういうものでしょうか?」
二人の言葉は有り難いけど、これまでの僕の立場を考えれば今日は『有り得ない』の連続だった。
今でも夢ではないかと思うぐらいだ。
首を傾げていると、ソフィが咳払いをして少し口を尖らせた。
「……その剣で私を守ってくれるのではなかったのか?」
「あ、いや、もちろん命に代えても守ります。ただ、僕が本当に魔剣を使いこなせるのかなっていう不安もあって……」
玉座の間での出来事は頭に血が上っていて、無我夢中だったから何をどうしたのか。
魔力を操った感覚をいまいち覚えていないんだよね。
苦笑して頬を掻くと、ソフィは目を瞬くと「ふふ」と不敵に笑った。
「それなら案ずるな。屋敷に戻り次第、私自らがアルを鍛えるつもりだ」
「あ、ありがとう。お手柔らかにお願いします」
「それから一つ言っておく」
ソフィはすっと身を乗り出して顔を寄せてきた。鋭くも青く綺麗な瞳に見据えられると、つい胸がどきっとしてしまう。
「命に代えて守るのではなく、共に生きて守ってくれ。契約とは、そういうものだろう」
「……⁉ は、はい。わかりました」
目と鼻の先に迫る彼女の顔を前に、僕は顔を赤らめながら何度も首を縦に振った。
ソフィは異性に対する距離感が絶対に近い。
彼女は武人でもあるから、ただ物怖じしないだけかもしれないけど。
「はは、これは大変だ。アルバート殿、覚悟しておいたほうがいいですよ」
「え、どうして?」
セシルが急に笑い出したので、僕はきょとんとして見やった。
「姉上の訓練は、デュランベルク公爵家所属の騎士団員でも根を上げるくらい厳しいんです。個人練習となれば厳しさはさらに増すでしょうし、想像を絶する訓練になると思いますよ」
「えぇ、そんなに厳しいんですか?」
不安になって目を見開いてソフィを見やった。
身長差から意図せず上目遣いになってしまったかもしれない。
彼女は「う……」と何やらたじろいでから咳払いをした。
「アルに最初からそんな厳しい訓練をするわけないだろう。実力に応じて、段階的にやっていくつもりだ。そもそも、デュランベルク公爵家所属の騎士という時点で選りすぐりの精鋭だ。訓練は厳しくして当然だろう、セシル」
「まぁ、それはそうかもしれませんね」
セシルが肩を竦めると、ソフィは「それよりも……」と話頭を転じて凄んだ。
「レオニダス王との話では、もっと気になることがあったな」
「エスタの件ですね」
二人の雰囲気が一気に変わって、車内の空気がピンと張り詰めた。
レオニダス王との話とは、僕が魔剣を頂戴した後にソフィ、セシル、レオニダス王との間で行われた会話のことだ。
『陛下、エスタ本人。もしくは近い者と接触しましたね』
『何者と会い、何を持ちかけられたのか。できれば教えていただきたいのですが』
『さて、どうだったかな。余は日々、誰かしらと面会しておる。細かい名前や顔までは、いちいち覚えておらんよ。まぁ、エスタの使いは、ここ最近よく王都に顔を出していたようだがな』
ソフィとセシルが凄んで問い詰めるも、レオニダス王は不敵に笑って肩を竦めるだけだった。
王と二人のやり取りを思い出し、僕がごくりと息を呑んで喉を鳴らしたその時、ソフィが「あの狐め」と忌々しそうに吐き捨てる。
「やはり、狸に根回していたようだ。奴の人脈を少々侮りすぎたな」
口火を切ったソフィが『狐』と評したのは『エスタ・デュランベルク』のことで、狸は間違いなくレオニダス王のことだろう。
ちなみに、エスタはデュランベルク公爵家の第二子で長男だ。
以前は彼もソフィを裏方で支える一人だったみたい。
だけど、デュランベルク家の当主バルネス・デュランベルクが亡くなったのを契機に『ソフィアではなく、自分こそが後継者に相応しい』とエスタは強く主張し、デュランベルク公爵家内で跡目争いが勃発。
公爵家配下の貴族達ではソフィ派とエスタ派が生まれ、領内は派閥争いで混沌としているらしい。
ソフィの弟ということは形式上の契約結婚とはいえ、エスタはギルと同じく僕の弟になるわけだ。
何とも言えない、複雑な気持ちになるなぁ……。
「えぇ、完全に隙を突かれました。話を持ちかけられたレオニダス王からすれば、エスタが当主になればデュランベルク公爵家に大きな貸しが作れる。一方でレオニダス王の息子と姉上が婚姻となれば、デュランベルク公爵家に首輪を嵌められる。どちらに転んでもレオニダス王にとっては都合が良かったんでしょう」
セシルは手を拳にすると、悔しそうに自らの膝を打った。
会話の内容から察するに、二人はエスタに出し抜かれたということだろう。
隙を突いたとはいえ、ソフィとセシルを手玉に取るなんて相当頭が切れる狡猾な人物みたいだ。
エスタのことも気になるけど、僕は話題に上がっていないことで一つ気になっていることがあった。
「あの、二人ともお話中ごめんなさい。ちょっと気になっていることがあるんですけど、いいですか?」
「む、どうしたんだ?」
僕が恐る恐る切り出すと、ソフィがこちらに振り向いた。
「いえ、レオニダス王がずっと息子をソフィの夫にどうだと、仰っていたじゃありませんか。あの申し出、あそこまで固辞して大丈夫だったんでしょうか」
現在、レオニダス王には二人の息子がいる。
第一子の長男アレクシス・カルドミア(二十歳)。
父親譲りの容姿端麗な顔つきに金髪と青い瞳を持った高身長、最高位、高資産という三高を持ち、王国内外の貴族令嬢達から熱視線を向けられている好青年だ。
立場的にも、いつ結婚してもおかしくない年齢だが現在に至るまで婚約者はおらず、色恋沙汰の話も聞こえてこない。
当然、婚外子も存在しないそうだ。
第二子はレオンハルト・カルドミア(十二歳)。
彼もまた父親譲りの容姿端麗な顔つきと金髪を持ち、水色の瞳を持つ美少年だ。
まだ幼いながらも利発で理路整然と語る姿から天才だと巷で囁かれ、彼もまた王国内外の貴族令嬢達から熱視線を向けられて縁談の話が後を絶たないとか。
「なんだ、そんなことを気にしていたのか」
ソフィは肩を竦めて気にも留めない様子で一蹴したけど、僕は心配になって切り出した。
「でも、アレクシス殿下はこの国の貴族令嬢達から一番人気があって、実力も実績も申し分ありません。それに比べて僕は低身長、低爵位というか爵位もありませんし、低資産どころか無一文。真逆の三低なんですよ。気にするなというほうが無理です」
淀みなく流暢に告げると、ソフィの目が点になった。
「……アル、それは自分で言ってて悲しくならないか?」
「う、それはそうですけど。ソフィと出会えなければ今の僕はありませんし、ソフィの相手が王族と言われたら心配にもなります」
しゅんとして俯くと、ソフィが「ふふ」と笑みを溢した。
「アルは可愛いな。しかし、案ずるな。レオニダス王が本気で王子達と私の婚姻を考えていたのであれば、何をどう言おうと私達との結婚を認めることはなかっただろう」
「そう、でしょうか?」
僕が首を傾げて聞き返すと、セシルが「姉上の言うとおりですよ」と切り出した。
「そもそも、王子のお二人は玉座の間にいらっしゃいませんでした。レオニダス王が本気で結婚させる気なら、あの場にレオンハルト王子を立ち合わせていたはずです」
「なるほど、確かにあの場に王子達の姿はありませんでしたね」
セシルの言葉でようやく胸がほっとしたその時、僕の脳裏に『あれ……?』と違和感が過った。
「ちょ、ちょっと待ってください。どうして、立ち合わせるのがアレクシス殿下ではなくてレオンハルト王子なんですか」
「おや、アルには言ってなかったか」
ソフィは軽く言うと、やれやれと肩を竦めた。
「レオニダス王が私と結婚させようとしていたのは、レオンハルト王子だよ」
「え、えぇ⁉ だって、レオンハルト王子はまだ十二歳なんですよ」
「初心だな、アルは。政略結婚などそんなものだろう」
彼女はさも当然のように告げると、呆気に取られる僕を前にそのまま言葉を続けた。
「レオニダス王からすれば、足下の自国は優秀で手堅いアレクシス殿下に任せて盤石を図り、レオンハルト王子を私に婿入りさせることでデュランベルク公爵家の手綱を将来的に握れれば御の字ぐらいに考えていたんだろう。私とレオンハルト王子の間で子が生まれれば、デュランベルク公爵家の次期当主は否応なく王族の血が濃くなるからな」
「……政治って、新聞で読む以上に真っ黒でどろどろなんですね」
呆然としていると、「だから、俺は心から感謝しているんですよ」とセシルが微笑んだ。
「実のところ、俺は姉上とレオンハルト王子の結婚も止むを得ないかと考えた時もありましてね。当初こそアルバート殿と姉上の契約結婚は反対しましたが、今は本当にこれで良かったと思っています」
「あはは、そう言ってもらえると嬉しいです」
僕が照れ隠しに頬を掻くと、セシルは「それにしても……」と切り出した。
「あの、じゃじゃ馬王子の面倒みることにならなくて本当にほっとしました」
「じゃじゃ馬王子……?」
あれ、レオンハルト王子は『天才』だって噂だけど、じゃじゃ馬王子ってどういうことだろう。
僕が首を傾げたその時、ソフィが眉間に皺を寄せた。
「二人とも、お喋りはそこまでだ。どうやら屋敷で何かあったらしい」
「え……⁉」
ハッとして外を見やれば、魔動車はいつの間にかデュランベルク公爵邸のすぐそこまで来ていた。
でも、僕達の行く手を阻むように身なりの良い男性が手を振っている。
「あの人、見覚えがあります。たしか、屋敷の執事補佐をされているトーマスさんですよね」
「よく覚えていたな、アル。その通りだ」
ソフィが返事をしてくれている間に魔動車が停車し、トーマスが慌てた様子でやってくる。
車窓を開けると、彼は深呼吸をして畏まった。
「ソフィア様、このような……」
「社交辞令はよい。それよりも、何かお前達では対応できないことが起きたんだな」
「はい、仰せの通りです」
彼はそう答えると、僕をちらりと一瞥して申し訳なさそうに切り出した。
「……アルバート様には大変申し上げにくいのですが、実はグランヴィス侯爵家のギルバート様とセラ様。そして、エルマリウス侯爵家の当主ライアス様とご息女エレノア様が屋敷に突然やって来られまして」
「え……⁉」
僕は目を丸くした。
彼等が突然にやってきたのは、グランヴィス侯爵家の当主であるイルバノアが玉座の間で拘束されたからに違いない。
ただ、ギルと義母のセラがやってくるのは何となくわかるけど、どうしてライアスとエレノアまでやってきたんだろう。
「なるほど。それで屋敷に上がらせたのか?」
「……はい。実はアルバート殿と約束があると押し切られまして。現在、来賓室でお待ちいただいております」
「ほう……?」
ソフィが眉をぴくりとさせて眼光を放つと、僕に視線を向けた。
「さて、どうする? このまま私が引導を渡してやってもいいぞ」
あの人達のことだ。
大方、イルバノアの件でやってきたんだろう。
おそらく、いや、間違いなく僕なら言いくるめることができると高を括っているはずだ。
ライアスとエレノアを連れ出してきたのは、イルバノアがまだ城で拘束されたままだからだろう。
後継者という立場のギルと義母のセラだけじゃ、僕との約束があると嘘をついても公爵家の門はくぐれなかったはずだ。
圧を加えられるように侯爵家当主であるライアスに助力を求めた……そんなところだろう。
「……いえ、これは僕がけじめをつけなければならないことです。彼等とは、僕が話します」
「昨日までとは全く違う、良い目だ。よかろう、ではこの件はアルに一任しよう」
「ありがとう、ソフィ」
僕はお礼を告げると、今までの自分と決別してけじめを付けるべく彼等と対面、対決する覚悟を決めた。
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