レオニダス王との謁見
「陛下、連日にも関わらず謁見を許可していただきありがとうございます」
「気にせずとも良い。余とソフィアの仲ではないか」
カルドミア王国の王都には、中心地に高くそびえ立つ城がある。
その城は王国を治めるレオニダス・カルドミア王をはじめとする王族の居城かつ、高位貴族の集まる政治の中心だ。
そして現在、城内にある玉座の間でソフィとレオニダス王が挨拶を交わす様子を横目に、僕とセシルは片膝を突いて畏まっていた。
僕がこの場に登城したことがあるのは、過去に一度だけ。
『できそこないの落ちこぼれ』と呼ばれる前の幼い頃、父上に連れられてきたことがあるぐらいだ。
レオニダス王に謁見したのもそれっきりだから、僕がこの場を訪れたのは実に十年ぶりぐらいだろうか。
室内には僕達以外にも王国の名だたる貴族達の顔ぶれが揃っていて、父上やギルに加えて元婚約者エレ……じゃなくてエレノア・エルマリウスと彼女の父親ライアス・エルマリウスの姿もある。
エルマリウス家は、グランヴィス家と並ぶ魔法の名家としてカルドミア王国でその名を知らぬ者がいない大貴族だ。
それにしても、当主である父上やライアスが登城しているのはわかるけど、どうしてギルとエレノアまでこの場所にいるんだろう。
首を傾げていると、レオニダス王が「さて……」と切り出した。
「ソフィア。本日は至急の件ということだったが、何用だ」
「はい、先日もご相談した私の結婚についてでございます」
「ほう……」
ソフィの答えを聞くと、玉座で頬杖を突いていたレオニダス王の目が怪しく光った。
「それは、余の息子との婚姻を望む……ということか」
「いえ、その件は謹んで辞退させていただきました故、本日は私の夫となる者をご紹介させていただきたく存じます」
「ソフィアの夫になる者だと?」
レオニダス王の声が低くなって、明らかな不満が伝わってくる。
畏まって青ざめていると、ソフィの明るい声が玉座の間に轟いた。
「はい。こちらにいる『アルバート・グランヴィス』でございます」
「アルバート・グランヴィス、だと?」
レオニダス王の訝しむ声と共に、貴族達のどよめきが起きた。
「よかろう。アルバート、面を上げよ」
「はい。失礼いたします」
こんな形で王国の頂点に立つ陛下に挨拶することになるなんて、昨日までは僕からすれば到底考えられない状況だ
内心はびびりまくっているけど、ソフィとの契約を果たすためにはレオニダス王を説き伏せなくてはならない。
絶対に避けては通れない相手だ。
僕は深呼吸をして覚悟を決めると、ゆっくりと顔を上げた。
「ソフィアに紹介されましたアルバート・グランヴィスでございます。陛下にこうしてご挨拶を差し上げるのは、実に十年ぶりになるかと。幼き頃、父イルバノアと連れられて登城しご挨拶した以来でございます」
「イルバノア、十年ぶり……アルバート……」
レオニダス王は口元に手を当てながら考え込む素振りを見せると、程なく「おぉ」と思い出した様子でハッとした。
「あの時の可愛らしい子か。なるほど、大きくなったものだ」
セシルから聞いていたとおり、レオニダス王は気の良いおじさんのようにこりと微笑んだが、すぐに「しかし……」と低い声を発し、鋭い眼光を向けてくる。
「こうして会うのは久しぶりだが、グランヴィス家の嫡男である貴殿がエルマリウス家の長女と婚約したことは聞き及んでおる。まさか、ソフィアと重婚したいなどと申すつもりではあるまいな」
「もちろんでございます。私はつい先日、グランヴィス侯爵家の後継者としての権利と婚約者を弟ギルバートに譲渡いたしました。従いまして、今現在の私に婚約者はおらず、嫡男としての立場もありませんのでソフィアとの結婚にはなんの支障もないかと存じます」
「……ほう、余はそのような話は把握しておらん。いま初めて耳にしたぞ」
陛下の声色がさらに険しいものにかわる。
まるで、蛇に睨まれた蛙の気分だ。
恐ろしい視線にぞくりと背筋に戦慄が走ったその時、横にいたセシルが咳払いをした。
「陛下、私からご説明したいのですがよろしいでしょうか」
「セシルか。では、お願いしよう」
「ありがとうございます。それでは……」
セシルは会釈して立ち上がると、レオニダス王と周囲の貴族達に聞こえるようはっきりとした声で、僕とソフィアが事故を通じて出会い、介抱から相思相愛となって結婚を決めるまでの経緯を語った。
貴族達からは困惑と驚きのどよめきが起きるが、レオニダス王は頬杖を突いたまま表情一つ変えず、ときおり眉をぴくりとさせるだけである。王のどこか気の良いおじさんなんだろうか。
「……というわけでございます」
「事故を通じて出会って一目惚れ、相思相愛となって結婚を決めたというわけか。なるほど、面白い。何処ぞの恋愛小説か喜劇のような話だな」
セシルの語りを聞いてレオニダス王がやれやれと肩を竦めると、ソフィアが「陛下」と切り出した。
「所詮、世で起きることは偶然の連鎖でございましょう。事実は小説より奇なりという言葉もあります故、私とアルバートが出会い、相思相愛となったのは紛れもない事実でございます」
「ほう。余の息子との婚姻を一蹴し、戦公女の異名を持つソフィアが一目惚れで結婚相手を決めるとはな。まさに世は奇妙なものよ。しかしな……」
レオニダス王は勿体ぶるように言うと、身を乗り出してソフィを見据えた。
「貴殿は魔族の侵攻から国を守るデュランベルク公爵家の長女だ。血筋と実力に見合った者でなければ、相思相愛であっても結婚は認められん」
「承知しておりますとも陛下」
ソフィは不敵に笑うと、僕の背後にやってきて両肩をがっしり掴んだ。
「アルバートは、カルドミア王国でも魔法の名家として名高いグランヴィス侯爵家の血筋でございます。それも傍系ではなく、当主イルバノア殿と妖精族の貴族であった亡き正妻セシリア殿の直系。陛下の仰った血筋という部分はまったく、微塵も問題はないかと存じます」
「む……」
レオニダス王が眉を顰めると、セシルが畳みかけるように「補足をよろしいでしょうか」と切り出した。
「なんだ、セシル。二人の出会いと相思相愛であることはすでに聞いたぞ」
「いえ、そうではありません。私の姉ソフィアとアルバート殿の結婚は、すでにグランヴィス侯爵家の皆様は承認しております」
「なんだと……⁉ 余は何にも聞いておらんぞ」
初めてレオニダス王の表情が驚きに変わるなか、セシルは自らの懐からゆっくりと書類を取り出した。
「承認をいただいたのは昨日のことでございます故、陛下がご存じないのも止むなきことかと存じます。どうぞこちらをご覧ください」
「これは……⁉」
書類を受け取ったレオニダス王の表情がみるみる険しくなっていく。
あの書類の束は、おそらく父上にサインしてもらった書類だろう。
それとなく見れば、父上とギルの顔色が真っ青になっている。
あの様子から察するに、ソフィ達がここまで早く動くとは計算外だったのかもしれないなぁ。
「……ところで、陛下」
目を皿にして書類を読み進めるレオニダス王に向け、ソフィがおもむろに切り出した。
「ちなみに当家はすでに支度金もグランヴィス家に納めております」
「なに、昨日の今日で支度金もだと⁉ 一体、いくら納めたというのだ」
驚きの声を上げ、書類から視線を上げたレオニダス王。
ソフィは彼に向かって歩き出し、懐から一枚の紙を取りだした。
「一億ルド、現金一括払いをいたしました。これはその受領書です」
「な……⁉」
目を丸くするレオニダス王。
そして、室内にいる貴族達からは驚愕の声が上がった。
貴族とは体面や矜持を何よりも重要視している。
一億ルドという巨額の支度金を現金一括払いしているのにも関わらず、結婚を認めない……そんな前例を作ってしまえば、貴族同士の結婚に必要な支度金は最低でも一億ルド以上となるだろう。
なお、一般的な貴族の支度金となれば数百万ルド程度だ。
高位貴族同士であれば一千万程度だろう。知る限りでは、支度金で一億ルドを用意するなんて聞いたことがない。
侯爵家や裕福な伯爵家といった大貴族ならぽんと払えるかもしれないけど、一般的な貴族が簡単に用立てられる金額じゃない。
もし、ここまでお膳立てされた僕とソフィの結婚をレオニダス王が認めないとなれば、貴族同士の結婚における条件が非常に厳しくなってしまうはずだ。
貴族達がざわつくなか、レオニダス王はため息をはいて玉座の背もたれに体を預けた。
これで、僕とソフィの結婚を認めてくれたかな。
どきどきしながら見つめていると、レオニダス王はふっと口元を緩めた。
「なるほど、ソフィアの並々ならぬ想いは承知した。アルバートの血筋に問題ないことも認めよう。しかし、彼は魔族を退けるだけの実力を持っているのかな」
レオニダス王は僕を見やると、勝ち誇ったように笑った。
「グランヴィス侯爵家の嫡男が『できそこないの落ちこぼれ』という噂は、余の耳にも届いておる。もちろん、噂を鵜呑みにするつもりはないが真意は確かめる必要があろう。イルバノア、どうなのだ」
彼が名を呼んで鋭い眼差しを向けると、父のイルバノアが貴族達の中から一歩前に出て来た。
「……身内の恥を晒すことになりますが噂は事実でございます」
父上は会釈すると、僕達をちらりと一瞥する。
僅かに見えた彼の横顔は勝ち誇って、ほくそ笑んでいるように見えた。
貴族達からは失笑が漏れ聞こえ、鼻で笑う息づかいも聞こえてくる。
ライアスやギルも嘲笑すような笑みをうかべているようだ。
エレノアは無表情のまま、こちらを見つめている。
「ほう。ならば詳細を話せ」
「畏まりました」
レオニダス王の言葉に頷くと、父上は水を得た魚のように僕が『できそこないの落ちこぼれ』であることを大声で語り出した。
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