デュランベルク公爵邸への帰途
『アルバート。このような良縁に巡り会うとは最初にして最後かつ最高の親孝行だったぞ。達者でな』
『アル義兄さんの努力が報われたんだね。奇跡や運命なんて有り得ないと思っていたけど、こんなことがあると俺も信じたくなるよ。良かったね』
グランヴィス侯爵家を去るとき、父上とギルは満面の笑みでそう言っていた。
結局彼等にとって僕は『できそこないの落ちこぼれ』で、今回の件も『1億ルドの宝くじに当たった』程度にしか考えていないんだろうな。
「……どうした、アル。難しい顔をしているな」
「え、あ、いえ、ちょっとグランヴィス侯爵邸でのことを思い返していたんです」
ソフィの言葉に僕はハッとして頬を掻いた。僕達は今、王都のデュランベルク公爵邸に帰る魔動車に乗っている。
「そうか。それにしても……」
彼女はにこりと微笑むと、凄まじい威圧感を放ち始めた。
「申し訳ないが、奴等は想像以上の愚物だった。あのような者達の中でアルが育ったのは奇跡だ」
「全く同感です」
即座に反応して相槌を打ったのは、ソフィの隣に座るセシルだ。
「イルバノアの傲岸不遜な言動は見るに堪えませんでしたし、ギルバートなる者は口で兄を敬っていると言いながらも、内心ではずっと見下しておりました。あのような者達と一緒にずっと過ごされていたと思うと、アルバート殿の心中は察するに余りあります」
「あはは、二人にそう言ってもらえると少し心が軽くなります。でも、おかげでふっきれました」
「吹っ切れた?」
ソフィが首を傾げると、僕は威儀を正して正面に座る彼女とセシルを見据えた。
「僕は、いえ私アルバートは、今日限りをもってグランヴィス家と決別いたしました。今後はデュランベルク家に心からお仕えする所存です。改めてよろしくお願いします」
一礼すると、やや間があってから「ふふ」とソフィが笑みを溢した。
「そうか、そういうことならよかった。しかし、少々言葉が違うぞ」
「え、言葉が違う?」
あれ、ひょっとして失礼な言い方をしてしまったかな。
そう思っていると、ソフィはにこりと目を細めた。
「デュランベルク家に仕えるのではなく『夫として私を支える』であろう?」
「あ……⁉ そ、そうでしたね」
あくまで契約結婚だから『デュランベルク家』に仕えるって言ったんだけど、ソフィに『夫』という言葉を使われると胸がどきりとして勘違いしそうになる。
誤魔化すように苦笑していると、セシルが「あ、そうだ」と目つきを鋭くして口を尖らせた。
「ソフィ姉様、アルバート殿。いくら相思相愛を証明するためとはいえ『あれ』はやり過ぎだったんじゃありませんか」
あれ、というのはソフィと僕がしたキスのことだろう。で
きる限り思い出さないようにしていたのに、彼の言葉であの時の感覚が脳裏に蘇ってくる。
心なしか顔が火照ってきた。
意識しないようすればするほど、ソフィの口元に目がいってしまう。
おまけに、胸のどきどきまで激しくなってくる。
僕は煩悩を振り払うべく、慌てて頭を振るとセシルを見据えた。
「ま、まぁ、そうですね。あそこまでする必要は……」
「あったさ」
なかったと言おうとしたら、ソフィが被せてきた。
「貴族は体面や矜持を重要視するものだからな。あの場で私とアルがキスをしたからこそ、イルバノアとギルバートは私達の関係を認めざるを得なくなったのだ。いわゆる、既成事実というやつだな」
「では、ソフィ姉様はキスをしなければ二人は関係を認めなかったと?」
「多分、な」
ソフィはセシルの問い掛けに頷くと、「それに……」と続けた。
「グランヴィス侯爵家がカルドミア王国内における魔法の名家というのは、紛れもない事実だ。おそらく、あの二人にはエスタが調略を掛けているだろう。まぁ、その結果はわからんがな」
「なるほど。しかし、もしあの二人のうちどちらかがエスタの息が掛かっているのであれば、一つ合点がいきません」
「ほう。セシルは何に合点がいかないんだ?」
「……体面や矜持を重要視したとしても、ソフィ姉様とアルバート殿の結婚を認めればエスタの後継者としての法的根拠が危うくなります。どうして、強固な姿勢で反対しなかったのでしょう」
セシルの疑問はもっともだけど、あの二人の性格をよく知る僕からすればそこまで不可解なことではなかった。
「あの、それでしたら相手が『僕』だったからだと思います」
「アルバート殿だったから?」
彼が小首を傾げると、僕は自嘲気味に微笑んだ。
「ほら、僕は『できそこないの落ちこぼれ』ですから。むしろ、ソフィの足を引っ張ると思われたんじゃないでしょうか」
「あぁ、そういうことですか。申し訳ありません、意図せずアルバート殿を傷つけてしまったようですね」
「いえいえ、気にしないでください」
僕が笑顔で答えたところ、ソフィが「しかし、これは好機だ」と不敵に笑った。
「アルが魔力を扱えるようになったことを知っているのは、私とセシル。そして、アルだけだ。つまり……」
「あ……⁉ レオニダス王とエスタを出し抜けるということですね」
セシルが興奮気味に身を乗り出すと、彼女はこくりと頷いた。
「その通りだ。だが、そのためにはアルの協力が不可欠だ。お願いできるかな」
「はい、もちろんです。僕はソフィの夫となりますから。愛する妻のためなら、何でもやらせていただきます」
力強く答えると、ソフィとセシルがきょとんとしてしまった。
あれ、どうしたんだろう。
首を傾げるが、すぐに自分の発言を思い出して、僕は慌てて続けた。
「契約ですから。そういう契約結婚ですからね。それぐらいの意気込みということです」
「あ、あぁ、そういうことですね。心強いです、アルバート殿」
セシルが合点がいった様子で相槌を打つと、ソフィがやれやれと肩を竦めた。
「私は残念だぞ」
彼女はそう言うと、自らの口元を触りながら不敵に微笑んだ。
「初めてのキスを捧げたというのに、アルの心を射止めることができなかったということだからな」
「な……⁉」
脳裏にあの時のキスが鮮明に映し出され、僕は困惑してたじろいだ。
でも、車内は狭くて逃げる場所もない。
顔の火照りを感じた僕は両手で顔を覆うと、気恥ずかしさのあまりに俯いた。
「そ、それは、申し訳ないというか。光栄すぎると申しますか。でも、僕も初めてだったので、その……」
「ほう、アルも初めてだったのか」
「あ、いや、えっと……」
困惑していると、セシルの深いため息が聞こえてきた。
「ソフィ姉様、もうそれぐらいにしてください。アルバート殿が困っているではありませんか」
「ふふ、すまん。可愛くて、ついな」
彼女はそう言って咳払いをすると、真顔に戻った。
「アル、屋敷に戻ったら魔力水晶にもう一度魔力を込めてほしい。お願いできるか?」
「え、魔力水晶にですか」
「そうだ、明日はレオニダス王を説き伏せにいくからな。さすがに玉座の間で魔力水晶を爆発させるわけにはいかんだろう」
「あ、確かにそれはそうですね」
カルドミア王国の最高権力者であるレオニダス王と玉座の間で謁見中、魔力水晶を爆発させたら最悪反逆者扱いだ。
それはとんでもない大騒ぎになるだろう……そう思って僕はハッとした。
「って、ちょっと待ってください。僕もレオニダス王に謁見するんですか⁉」
「何をいっているんだ、アル。君が私の夫になるには王の許可を得る必要があるんだから当たり前だろう」
「いや、僕、一度も陛下と謁見したことないんですけど……」
高位貴族でも王と謁見する機会に恵まれるのは稀だ。
さすが王族に次ぐというデュランベルク公爵家。
謁見を、まるで近所の人に会いに行くかのように軽く言うんだなぁ。
「アルバート殿、レオニダス王はそんな大した方じゃありませんよ。利害さえ絡まなければ、気の良いおじさんというところでしょうか」
「いや、化けの皮を被ったあの手の輩は『狸爺』と言った方がいいだろうな」
「はは、確かに。ソフィ姉様、上手いこと言いますね」
「そうだろう?」
ソフィとセシルの楽しそうな笑い声が車内に響きわたるなか、僕は心の中で『本当に大丈夫だろうか?』とちょっと不安になった。
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