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戦公女の婿取り ~婚約破棄された僕だけど、戦公女の異名を持つ公爵令嬢に婿入り(契約結婚)することになりました~  作者: MIZUNA
第一章

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相思相愛の証明

「ん……んん⁉」


「な……⁉」


父上、ギル、セシルの目が点となって唖然と僕達を見つめている。


ハッとして目を瞬くも、ソフィは動じずに皆の面前でのキスを止めようとしない。


それどころか、僕の体を逃がさないと言わんばかりに背中に手を回して強く抱きしめてくる。


顔が火照り、耳まで熱くなってくるが、ここまでやったのに変な素振りを見せては僕とソフィの関係が『演技』だと見抜かれてしまう。


このキスは、いわば彼女の決意だ。


ここで僕が怯んでは全てが水泡……覚悟を決めるんだ、アルバート。



僕はソフィと契約結婚すると決めたし、夫婦を演じるために必要とあれば『キス』もする場合もあるって契約書にもあったじゃないか。


そう、これは契約なんだ。


緊張と気恥ずかしさ、驚愕と困惑でぐるぐるする脳内を必死に整理した僕が導き出した答えは彼女の行いに素直に応えることだった。


「ん……」


僕は目を瞑って、ソフィの背中に手を回していく。


彼女の体がびくりと震えたような気がしたその時、彼女がにやりと笑ったような、そんな気配を感じた。


「ん……? んん……⁉」


流れに身を委ね、覚悟を決めたことをソフィは察知したらしい。


彼女のキスは激しさを増し、いわゆる噂に聞く『大人のキス』というものに変わっていく。


「あ、姉上、アルバート殿。いくらなんでもやり過ぎでございます」


セシルの声が室内に轟くと、ソフィはキスを止めてすっと顔を離して舌なめずりしながら口元を緩めた。


「ふふ、アルすまない。つい悪乗りしてしまったようだ」


「い、いえ。僕も応じましたから気にしないでください」


僕は肩で息をしながら全身から汗が噴き出し、顔から足先まで沸騰しそうな熱さだ。


多分、顔どころか耳まで真っ赤だろう。


足の力が抜けてしまって僕がソファーに倒れるように腰を下ろすと、ソフィは呆気に取られている二人に視線を向けた。


「さて、イルバノア殿、ギルバート殿。これで私とアルが相思相愛であると認めてもらえるかな?」


「あ、あぁ。そうだな……」


「あはは……ソフィア殿はご噂に違わず、実に豪胆なお方のようですね」


父上が困惑気味に頷くと、ギルは苦笑しながら頬を掻いた。


「ギルバート殿がどのような噂を聞いたのかは存じぬが、私はこう見えて情熱的なんだよ」


ソフィは不敵に笑って自らの席に戻って腰を下ろすと、足を組んで肩を竦めた。


父上は咳払いをして威儀を正すと、目付きを鋭くして眼光を光らせる。


「それは存じ上げませんでしたな。いいでしょう、アルバートとソフィア殿が相思相愛であることは理解しました。しかし、まだ本題を聞いておりませんな。改めてご用件を伺いましょう」


「私の要件はただ一つですよ、イルバノア殿」


彼女はそう言うと、にこりと微笑んだ。


「アルバート・グランヴィス殿を私の夫として、デュランベルク家に婿入りさせていただきたい」


「なるほど、それは良いお話ですな」


父上がにやりと笑った。


僕が思いがけず『とんでもない逆玉』になったと喜んでいるんだろう。


「しかし、ソフィア殿のご実家は失礼ながら不安定な状況でしょう。そのようなところに大切な息子を婿入りさせるというのは些か不憫ですな」


父上が言わんとしていることは『アルバートを婿入りさせたら、グランヴィス家もデュランベルク家のお家騒動に巻き込まれるじゃないか。その点をどうするつもりだ』ということだろう。


それにしても、ついさっきまで『できそこないの落ちこぼれ』と言っていたのに、今更になって僕のことを『大切な息子』か。


面の皮が厚い人だ。


こんな人に認められたいと思っていたなんて、浅はかな自分が心底嫌になる。


内心、悔しくて情けなくて震えていると、セシルが「ご安心ください」と切り出した。


「姉上に婿入りしたとなれば、アルバート殿の名は『アルバート・デュランベルク』となります。立場も姉上の夫となるのですから、相応のものとなりましょう。決して不自由はさせません」


彼の言葉を要約すると『ソフィアに婿入りした時点で、僕とグランヴィス家の法的な縁は切れる。表向きは何があっても知らぬ存ぜぬを通せるから、デュランベルクのお家騒動には巻き込まれない』ということだ。


「ほう、それは有り難いお話ですな」


「当家としても姉上が無理なお願いをしていることは承知しております。従いまして、多額の支度金を用意させていただきたいと考えております」


「多額の支度金、ですか。失礼ながら、どの程度をお考えかな?」


父上が身を乗り出すと、セシルは目を細めて切り出した。


「……五千万ルドで如何でしょうか」


「なるほど、確かに破格の金額ですな。しかし、アルバートは後継者から外しましたが、大切な息子であることは変わりありません。親として悩むところですな」


父上はゆっくりとソファーの背もたれに体を預けた。


要約すれば『天下のデュランベルク公爵家だろう。もっと金を出せ』ということである。


ぐっと口元を噛んでいると、ソフィが「これは大変失礼した」と切り出した。


「イルバノア殿の親心を鑑みれば、当然のご指摘でしょう。誠意が足りず申し訳ありません」


ソフィは会釈すると、真っ二つに粉砕された机を見やった。


「この机の修理代と合わせて支度金は一億ルドにいたしましょう」


「一億ルド、ですか。はは、これはとても光栄なお話だ」


父上が口元を緩めると、今まで黙っていたギルが目を潤ませながら感極まった様子で口を開いた。


「アル義兄さん、素晴らしい人に巡り会えて良かったね。運命の出会いって、本当にあったんだ。俺はいま、とても感動しているよ」


「……ありがとう。ギルバート」


お礼を告げると、彼は父上に視線を向けた。


「父上、アル義兄さんの将来を考えればソフィア殿に婿入りさせたほうが良いかと存じます」


「そうだな。アルバート、念のために尋ねるが、お前は本当にこれで良いんだな?」


父上は心配するような素振りで尋ねてきたが、真意は違う。


『デュランベルクへの婿入りを選んだのはお前自身の選択で、今後一切グランヴィス家はお前と関わりを持たない』ということである。


「はい、もちろんです。全て承知の上でございます」


「そうか。ならば、私の口から言うことはない」


父上がにやりと頷くと、ギルバートが拍手を始めた。


「アル義兄さん、おめでとう。本当に良かったね。ソフィア殿、どうかアル義兄さんのことをよろしくお願いします」


「あぁ、当然だとも」


ソフィが相槌を打つと、セシルは咳払いをした。


「それでは駆け足で大変申し訳ありませんが、私達は数日後には王都を発たねばなりません。つきましては書類に目を通していただき、サインをいただきたく存じます」


彼は自らの横に置いていたスーツケースを膝の上に置いて蓋を開けると、中にあった書類を取り出した。


でも、父上は書類を見るなり、眉間に皺を寄せて訝しんだ。


「貴殿達が急を要していることは理解している。しかし、セシル殿。失礼だが一億ルドの支度金はどうなるのかね」


「その件につきましてもご安心ください。恐れながら、外で待たせている兵士を呼んでもよろしいでしょうか」


「あぁ、構わんよ」


すべてを察したのか、父上の眉毛がぴくりと動いた。


セシルは会釈すると部屋の扉を開けて廊下に「お前達、入ってくれ」と声を発した。


程なく、男性二人と女性一人の兵士がそこそこ大きなスーツケースを持って入室してくる。


「お前達、蓋を開けて中身をお見せしろ」


「畏まりました」


兵士達はセシルの指示に従い、丁寧にスーツケースを開けてその中身を父上とギルバートに披露した。


ケースの中身は一億ルドが詰まった札束の山である。


ちなみにこの札束は、ここに来る前に立ち寄ったカルドミア銀行でソフィが用立てたものだ。


実はお金を下ろすときにも一騒動があっている。


ソフィが銀行に訪れて『一億ルド用意しろ』と伝えたところ、銀行側の偉そうな人が『デュランベルク公爵家名義のお金を引き出す場合、本来であればエスタ殿の許可も必要です。今回は特別な手配をしますので、その代わりに使用用途を教えてほしいのですが……』と出し渋ったのだ。


すると、ソフィが切れた。


『愚か者め、私個人名義の口座があるであろう。王国一の銀行が聞いて呆れる。預けているデュランベルク公爵家名義の資金をすべて別の銀行に移し替えてもよいのだぞ』


『た、大変失礼をいたしました。すぐに用意いたします』


偉そうな銀行員は青ざめ、瞬く間にお金を用意してくれたのだ。


なお、銀行でその後の対応は頭取らしい人に変わった。


彼がソフィにこっそり耳打ちした言葉が今でも耳を離れない。


『部下の行員が大変失礼をいたしました。恐れながらデュランベルク公爵家様の資金を別銀行に移動されると、最悪カルドミア銀行が潰れてしまいます。どうかお許しいただきたく存じます』


『わかっているとも、頭取。私も本気で言ったわけではない。ただ、本気になりかねない発言であったことは忘れないでくれ』


『……肝に銘じておきます』


王国一のカルドミア銀行が潰れる。


一体、どれだけの金額を銀行に預けているんだろうかと、僕が愕然としたのは言うまでもない。


このようなやり取りを経て、スーツケースにしまわれた大金を前に父上とギルは目を輝かせ、ご満悦な様子で笑った。


「ほう、素晴らしい段取りだ」


「本当だね、父上。アル義兄さんは本当に良い人をみつけたんだね」


でも、この大金はソフィア曰く『一億ルドは大金だ。しかし、この程度の金額でグランヴィス侯爵家とアルの縁を切れるなら安いものだ』と言っていた。


「では、アルバート殿の婿入り承諾と一億ルドを受領した書類にサインをお願いできますか」


「わかった。任せたまえ」


セシルが改めて書類を差し出すと、父上はご機嫌な様子で書類を受け取って執務机に移動してサインを書いていく。


その様子にソフィアとセシルがほくそ笑んでいた気がして、僕は背筋がぞっとして薄ら寒くなる。


だけど、父上とギルは一億ルドに夢中で気付くことはなかった。






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