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第四話 待望のお客さま

 ぼくが地球の未来について頭を悩ませながら帰宅すると、自宅の駐車場に見慣れない車が停まっているのをみつけた。

 県外ナンバーだ。もしかして?


 はやる気持ちを抑えつつ、ぼくは玄関の扉を開ける。

 男物のスニーカーが隅に揃えておいてある。ナイキだ。これを愛用している人に心当たりがある。

 ぼくは靴を脱ぎ棄て、転がるようにリビングに飛び込んだ。


 白いTシャツの上に重ね着している赤いタンクトップが、目に鮮やかに映った。NBLのユニフォームのレプリカだ。

 バスケをやっていないのに愛用しているのは、ファッショナブルだから? 次に服を買うときの参考にしよう。

 白いジーンズをはいた細身の人はソファーに座り、キッチンでコーヒーを淹れている母さんと楽しそうに話している。リビングが明るい笑い声で満たされていた。


 北島(きたじま)ワタル。ぼくの兄さんだ。


「お帰りなさい、兄さん」

 ぼくはドキドキしながら挨拶をした。声がうまく出ているだろうか。どうしてこんなに緊張しているんだろう。

「ハヤト、お帰り。そしてただいま。久しぶりだな。元気にしてたかい?」

 ぼくの姿を見たワタル兄さんは、立ち上がって出迎えてくれた。


「うわっ」

「ん? どうかしたかい?」

「う、うん、なんでもないよ」

 自分では二年のうちにかなり背が伸びたと思っていたのに、並んでみると兄さんの肩くらいしかない。もしかして一八○センチ越えてるの?

 まあいいや。ぼくはまだ中学生。大学生の兄さんはもう伸びないだろう。追い越す日はきっと来るさ。


「駐車場の車、兄さんの?」

「そうだよ。免許を取ったから、今年は長距離ドライブに挑戦したのさ。昨日の朝に家を出て、途中で関西にいる友だちに泊めてもらってね。で、今朝早く出発したんだ。でもさすがに疲れたよ。次からは余程のことでない限り飛行機でくるよ」

 兄さんは手のひらを上に向けて、アメリカ人のように肩をすくめて苦笑いをする。


 乗ってきたのは家にあるセカンドカーらしい。

 父さんの経済力のおかげで、兄さんは都会でいろいろなものに囲まれて恵まれた生活をしている。

 でも決して甘やかされたお坊ちゃんではないのが、ぼくが尊敬している点だ。きっとぼくの知らないところで、兄さんなりの苦労をしているのだろう。

 それが解っていても、同じ兄弟なのに境遇の差に戸惑い、どうしても複雑な気分になる。


 両親が離婚したとき、ぼくは幼稚園に上がる前だった。だから父さんのことはほとんど記憶にない。

 兄さんは父さんに、ぼくは母さんに引き取られた。

 当時小学生だった兄さんは母さんのことも覚えていたので、毎年夏休みに会いに来ることになったらしい。でもぼくは父さんに会いたいとは思えなかった。


小学校に上がった年、一度だけ東京の家に行った。父さんも兄さんも喜んで迎えてくれた。

でも兄さんはまだしも、父さんとの会話は知らないおじさんと話すみたいで、どうしてもなじめなかった。

 兄さんがいてくれたから一週間過ごせたけれど、いなかったらどうなっていただろう。

 あのときの父さんの、困ったような悲しい顔は、幼いながらどうやって受け止めたらいいか解らなかった。


 それから二年ほどして父さんは再婚し、ぼくがあの家に行く理由はなくなった。あそこにぼくの居場所はない。

 でもここには兄さんの居場所がある。毎年来るのが家族みんなの楽しみだ。


 けれど素直にそう思えるようになるまでには、時間がかかった。


 都会でいろんなものに囲まれて暮らす父さんと兄さん。それに引き換え母さんは、おばあちゃんと一緒に小さな旅館を経営していて、毎日働き詰めだ。

 家族三人が食べていくのには困らない程度には流行っているけど、ぜいたくできる生活じゃない。


 離婚の訳は知らない。でも苦労している母さんを見ると、そんな境遇に追いやった父さんを恨んだ時期があった。

 そしてそれは、毎年やってくる兄さんに向けられた。運命が少し違っていたら、向こうで暮らしていたのがぼくだったかもしれない。

 幼かったぼくは複雑な感情を抱いていた。


 今は兄さんに対するわだかまりはない。だってぼくのあこがれであり、目標だからね。

 あの日、ぼくが目指す道を教えてくれたから。


「母さんから聞いたけど、散々な成績だったらしいな」

 兄さんが右の眉毛だけあげて、小さく笑う。その横で、母さんは鼻歌を歌いながらアイスコーヒーをテーブルにおいた。

 ええ? ぼくはオレンジジュース? 子供扱いしてさ。

 たしかにコーヒーは苦手だけど。


「母さん、成績のことを兄さんにバラしたな」

「いいじゃないの。ワタルも心配してるのよ」

 悪びれず答える母さんにちょっと腹を立てていると、兄さんがコーヒーを片手に会話に加わる。

「ハヤトさえよければ、こっちにいるあいだ、家庭教師をするよ」

「本当?」

 難関国立に通う大学生が家庭教師なら、塾に行かずにすむ。成績も上がるかもしれないし、もちろん部活もできる。


「でもおれは厳しいよ。お盆が過ぎたら帰るから、それまでは猛特訓するぞ」

「ワタル先生、よろしくお願いします」

 ぺこりと頭を下げると、兄さんは柔らかい笑みを浮かべた。

 さわやかだなあ。これは間違いなく、女子にモテるに違いない。麻衣と両思いになれるよう、恋愛も指導してもらおう。


「母さんはそろそろ旅館に戻るね」

「おれも行くよ。おばあちゃんにも一休みしてもらわなきゃ」

 ふたりはぼくを残して旅館に行ってしまった。

 ちぇ、兄さんにギターを聴いてもらいたかったのに。


 ぼくは、地球のためにできることという課題はすっかり忘れたままで、部屋に戻った。

 まず初めにギターをチューニングしておこう。兄さんが旅館から戻ったら一緒に弾けるようにね。



   ☆  ☆  ☆



 その日からぼくの生活は、夏休みとは思えないほどのハードスケジュールになった。

 午前中は軽音部でバンドの練習、帰宅してお昼ご飯をすませたら兄さんに勉強を教えてもらう。

 おやつのあと兄さんは旅館に手伝いに行き、その間ぼくは渡された課題をこなす。できなかった問題は夕飯後に丁寧に教えてもらう。

 解けない問題は確実になくしてしまわないとね。


 正直なところ、兄さんの特訓はきつい。悩んでいても助言をしてくれず、こちらが「ここが解らない」というまで見ている。

 でもおかげで苦手なところがはっきりして、問題も徐々に解けるようになった。

 短期間で宿題のテキストが簡単に思えてきて、あっという間に完了した。もともと計画的に進めていたっていうのもあるけど。

 ぼくはこれでもしっかりしているんだ。


 次は学力アップのための特訓だ。中堅レベルの問題集を渡され、短時間に集中して取り組む。

 疲労感が半端ないけど頑張れるのは、解く時間と休憩時間がいいバランスで入っているからだろう。


 難しい問題が解けるようになると、勉強も面白くなる。

 でも兄さんがいうには、成績が上がるまで三カ月から半年くらいかかるらしい。てことは二学期の中間テストには間に合わないか。それでもいいや。成績が上がるなら。


 今も必死で数学の問題を解いている。勉強が楽しいものだって思えたのは初めてだ。兄さんは偉大だ。

 これで少しは麻衣の受ける高校に近づけるかもしれないぞ。


「兄さん、家庭教師のバイトでもやってるの?」

「どうしたんだ? 急に」

「教え方がうまいから」

「おや、嬉しいこと言ってくれるな。これでも教育学部だからね」


 そのタイミングだ。兄さんのスマホにメッセージが届いたのは。

 発信者を確認したとたん、兄さんが顔をほころばせる。そして届いた写真に書かれていた問題をあっという間に解き、簡単な解説を書き込んで返信した。

「カノジョ?」

 あの嬉しそうな反応は、きっとそうに違いない。

「そうじゃないよ」

「ふーん。でもカノジョ、いるんでしょ?」

「そうだな……。前はいたけど、別の大学に進学したせいで結局別れてしまったよ」

 え? 学校が別だとそんなことになるの? 両思いじゃないぼくは立場が弱い。


「なに深刻な顔をしてるんだ? もしかして密かに想っている子がいるのかい?」

 兄さん、相変わらず鋭いな。ぼくはスマホを出して麻衣の写真を見せ、事情を話した。

「かわいい子だね。そうか初恋の人か。今度会わせてくれる?」

「うん。いいよ。かわいいだけじゃなくてしっかりしてるし、とってもいい子なんだ」

 本当に会ってもらいたい。


 でも待てよ。

 兄さんはさわやか系だし、麻衣は魅力的だし、お互いが一目惚れしたらどうしよう。ぼくは一生後悔することになるぞ。

 などとありえないことを心配しても時間の無駄だ。


 そんなことより、早く作文の宿題を考えなくちゃ。

 地球のためのヒーローって、どうやったらなれるのかな。英嗣(ヒデ)に「方向が間違っている」と呆れられたけれど、ありきたりの作文は書きたくない。

 あえてその路線にこだわってみるのも面白そうだ。



   ☆  ☆  ☆



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