第8話 百合の間に挟まるべからず
「ヴィオラ様!?」
ヴィオラ様はずしっと私に馬乗りになると、なんとドレスを脱ぎ始めたのだ。薄暗い部屋の灯りにさらけ出され、女の私でもドキドキしてしまうほどの白く美しい玉の肌が現れる。思わずガン見してしまうが、これは私のせいじゃない。
「なぜ脱がれて……」
「あなたがわたくしを襲ったことにするのですわ! 女体化したとはいえ、中身は男! わたくしの色香に耐え切れず、無理矢理押し倒してしまったという噂が社交界に広まれば、陛下はあなたを解雇せざるを得ませんから!」
自信満々のヴィオラ様は、上半身下着姿で色っぽく微笑む。
なるほど、なかなかに良策かもしれない。私の性別、表向きは男だもんなと納得した。
だが、しかし。
「この状況はどう見ても、ヴィオラ様が私を襲っているようにしか……」
「え……。はわわっ!」
そう言われて、ヴィオラ様はようやく現状を客観視できたらしい。数秒遅れて素っ頓狂な声を上げると、急に挙動不審になり、目が右へ左へと泳ぎまくっている。
「ち、ちが……っ! 皆、高貴なわたしくしの発言を信じますから!! たとえあなたのドレスがビリビリで、わたくしが上に乗っている状態だとしても!!」
「自分でもまずいと思ってらっしゃるんじゃないですか」
せめて八つ裂きになったのが私のドレスじゃなかったら……と、同情したくなってしまうほど、ヴィオラ様はうろたえ、最早半泣きだ。
体を張って、ずさんな「従者社会的抹殺計画」を実行するほどだ。ヴィオラ様は、きっと公爵家のために必死だったのだろう。
その気持ちは想像するとなんだか気の毒になってしまい、私はますます彼女のみぞおちを殴って気絶させる気にはなれなかった。
「ヴィオラ様。私、この事は他言致しませんので、もうこれで解散しませんか? そろそろ戻らないと、陛下が心配されますので」
「いいえ! あなた、今からでもわたくしを押し倒しなさい! 億越えのドレスも破ってかまいませんから!」
「いや、しませんよ!」
「男なのに意気地無しですわね!」
事を穏便に収めようと私が笑顔で提案するも、ヴィオラ様は諦めない。
そして、その努力の方向性間違ってますよ、と私が言いたくなった時だった。
「アルヴァロ! ここにいるんだろう!?」
ドーーンッ!
部屋の外からフェルナン陛下が私を案じる声がすると同時に、鍵の掛かっていたドアが勢いよく蹴破られたのだ。
「生きてるか!? アルヴァ……ろ……」
フェルナン陛下の金色の瞳が揺れた。
ご令嬢に馬乗りされ、下着姿でベッドに押し倒されている私を見て。
「へ、陛下! 助け――」
「すまん! 百合の間に挟まることは死罪だものな! 失礼する!!」
蹴り破られ破損したドアをわざわざはめ直し、フェルナン陛下は大慌で姿を消した。
「いや、待てーーーいっ! そんな法律ないわーーーっ!」
私がツッコミを入れても、フェルナン陛下が戻って来る気配はない。
まさか、襲い襲われではなく、百合認定されてしまうなんて。
「ヴィオラ様、陛下がなんかすまません……。女体化した私とあなたが百合展開とか、そんな噂が立たないよう、後でしぼっときますんで……」
なんだか気まずくなってしまい、私はやれやれとため息を吐き出した。
しかし、さぁ、これでようやくヴィオラ様もどいてくださるかなと思いきや。
「百合……? わたくし、今ユリユリしておりますの……?」
ヴィオラ様の様子がおかしい。
青く澄んだ瞳がキラキラと輝き、指を胸の前でもじもじさせ、頬は美しい薔薇色だ。いや、薔薇とか百合とか花だらけだが、とりあえずヴィオラ様の様子がおかしい。
「今思い出しました……。わたくし幼い頃、お父様の蔵書を覗いてしまいましたの……。女の子たちが仲睦まじくしている日常系の素敵な書物でした……。お父様はそれを『百合』と呼んでいて……。『至高。しかし険しい夢なり』と悲しそうに申しておりました……」
「な、なんかヒース公爵のとんでもない秘密を知ってしまったような……」
私が気まずい苦笑いを浮かべ、ヴィオラ様の下から抜け出そうともそもそとしていると。
「いやん♡ 今は動かないでくださいまし♡」
ヴィオラ様が可愛い悲鳴を上げ、私はギョッと目を剥いた。まるで私が下で何かしたみたいなリアクションはやめてほしい。
「ヴィオラ様、あの、解散しましょう! 何か起こる前に!」
あせあせと私が慌てて彼女の腰を掴んでベッドの下に下ろそうとすると、またヴィオラ様は「きゃんっ」とセクシー&キュートに叫ぶではないか。どうやら私は、ヴィオラ様は新しい扉を開けてしまったらしい。
「わたくし、お家のために陛下のお心を射止めようと必死に努力して参りましたの……。けれど、いつもなぜが虚しくて……。でも今、その理由がようやく分かりました」
「うわぁぁぁ……、これ以上言わないで……」
「わたくし、百合が好きなのですわ!」
(ひぇぇぇっ‼)
ヴィオラ様の両手が、私の肩をがしっと押さえて放さない。青い瞳の中にハートが見える気がして、私は思わず震え上がってしまった。
おそらくヴィオラ様の心の底には、幼い頃に見た百合の書物への感動がずっと眠っていたのだろう。公爵令嬢である彼女は、フェルナン陛下と結婚するようにと親から淑女教育を受けながらも、その胸には百合への憧れがくすぶり続けていて――。
「――なんて分かったところで、どうしろと⁉ 私は女体化してますけど、男ですからね!」
本当は女だが、男推しするしかない。貞操の危機だから。
けれど、ヴィオラ様はにっこにこだった。
「元は男性でも、今は女の子ですもの。一生呪いが解けない可能性もありますし、これはもう、9割9分女の子ですわ。国王付き護衛騎士の身分なら悪くありませんし。それに百合はお父様の夢ですもの。きっとお喜びになられますわ」
「お父様の夢は、娘を国母にすることじゃなかったんですか⁉」
「より険しい夢の方が燃えますわ! ね、アルヴァロちゃん!」
「ちゃん、やめろ!」
話していても埒が明かない。取り敢えずヴィオラ様を落ち着かせなければと思った私は、体を起こし、彼女の耳元でこう囁いた。
男装時のちょっとハスキーな声色で。少しだけ色っぽく――。
「まずはお友達から始めよう。私から誘いに行くから待っていて。可憐で情熱的なヴィオラちゃん……」
「は……はわわぁぁ~~!!」
私の百合のカリスマ口撃を食らったヴィオラ様は、幸せそうに気絶してくれた。うまくいって良かった。男を演じるために、様々な属性の研究をしていた甲斐がある。
そして私はベッドにヴィオラ様を綺麗に横たえると、ひとまず安堵しながら毛布を体に巻き付けて部屋を後にしたのだった。