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第10話 陛下は指輪を贈りたい

 天気の良い昼下がり。

室内の公務を片付けたフェルナン陛下と私は、二人で城下町に出かけていた。

 残念ながらデートではない。城下町をお忍びで視察するために、デートのような雰囲気を醸し出しているだけだ。


 正体がバレないように、フェルナン陛下は護衛の騎士という設定の衣装に身を包んでいる。国民全員に素顔を知られている陛下は、髪型を七三分けに、そして眼鏡をかけるという圧倒的「陽」のイメージを半減させるスタイルだ。

 しかし、まあ、どんな見た目でもフェルナン陛下はかっこいいので、眼福であることには変わりない。もちろん、網膜映写機にその御姿は刻ませていただいた。


 一方、私はというと。


「い……、いかがですか。私、貴族の娘っぽいでしょうか。……いや~、私男なので流行りのドレスやアクセサリーなんて分からないんですけど、ちょっと頑張って選んでみたというか……」


 普段のミニスカの騎士装束や、夜会の時にもドレスは着たものの、自分でコーディネートするというのは、こっ恥ずかしくてたまらない。

 入学した年から男女共学になった騎士学校でさえ、私はスカートの制服を選ばなかったのだ。男を演じていると、「自分で」女性ものを選ぶということが、軽く拷問なのである。


 そんな精神状態の中で私が選んだものは、瞳の色に合わせたグリーンを基調にした爽やかなドレスに、同じ色の宝石の付いたチョーカーとイヤリング、そして上品なデザインの日傘。華美過ぎず、地味過ぎずの路線をいったつもりだ。


(アルヴァロは男設定だし、あまりガチめな服だと引かれるかもしれない。でも、ダサショボい装いは、隣を歩く陛下に不快な思いをさせてしまうかもしれないし、これくらいのラインが最適解だと思うんだけど……)


 ドキドキしながら、チラッとフェルナン陛下の表情を伺うと――。


「うぅ……。俺のボディアーマーが……。絶対領域が……!」


 陛下、めちゃくちゃ悔しそうな顔でこっちを見てた。

 どんだけ好きなんだ、あの恰好!


「陛下。私はいいですけど、そのリアクションを他のご令嬢に対して取ってはいけませんからね!」

「大丈夫だ。どうせ、どの令嬢とも関わる気はない」

「もうっ。お見合いくらいしてみたらどうですか。会って話すだけですよ。普段、私としているじゃないですか」


 女体化設定の私に普通に接しているのだから、おそらく女性嫌いも治りつつあるに違いない。私はそう思ってフェルナン陛下に見合いを勧めたのだが、彼はたいそうムッとした顔で――。


「俺とのデート中に他の令嬢だとか、見合いだとか言うのはやめろ。今日、俺とアルヴァロは恋人(設定)なんだぞ」


 恋人(設定)なんだぞ……、なんだぞ……、なんだぞ……。


 私の脳内でエコーする破壊力抜群のワード。

 思わず、「は……、はい……」ともじもじとした態度で応えてしまう。


(危ない、危ない……。従者の私がドキドキしても意味ないんだってば)


 これはフェルナン陛下の仕事のための役作りなんだから……と、必死に自分に言い聞かせ、平静を保つ。

 お忍びデート設定なのだから、それっぽく振る舞うにとどめなければ。


「どこに連れて行ってくださるんですか、陛下?」

「そうだな。プランには入れていなかったが、まずは衣装店だな!」

「ミニスカニーハイブーツを履かされる気配……!」


 この陛下、女嫌いのくせに趣味の癖が強いな。



 そしてフェルナン陛下は、衣装店の次に私を装飾店に連れて来てくれた。

 といっても、キラキラジュエリーな雰囲気の店ではなく、主に魔法が刻まれた装飾アイテム品が売られている場所だ。


 どうやらフェルナン陛下は、私の【女体化の呪い】を解くためのアイテムを探すため、ここをデートスポットに選んでくれたらしい。


(いや、でも呪われてないんだよな……)


 フェルナン陛下が大真面目に店主の説明を聴いている姿を見ていると、私はなんだか申し訳ない気持ちになってしまう。


 私が「買ってもらうとしても、安いキーホルダーにしとこ……」、などと思っていると――。


「アルヴァロ! この指輪には、退魔の印が刻まれているそうだ。ちょっと試着させてもらおう!」

「えっ」


 フェルナン陛下は私の手を強引に取ると、キラキラと輝く指輪を近づけてきた。


 それは印が刻まれているなんて硬派な代物ではなくて、ダイヤモンドの指輪――高級エンゲージリングに見えて仕方がない見た目をしているではないか。


「いやいやいや! これはダメでしょう!」

「何故だ? 退魔の印だぞ?」

「どこに?」

「内側にイニシャル的な感じで」


 エンゲージリング感しかない!

 いくらお忍びデート設定とはいえ、指輪はダメだ。


「隙ありッ!」


 フェルナン陛下の凛々しい声が店内に響く。

 そして戸惑っていた私の隙を突き、フェルナン陛下はこちらの指に退魔の指輪を強引に嵌めてしまう。


「あ、あぁ……!」


 私は、指輪が輝く自分の指に視線を落とす。


(……右中指ィッ!)


 左薬指じゃないのかよ、そりゃそうかと、今度は私のツッコミが私の心の中に響く。


「右の中指に付ける指輪には、邪気払いの意味がありますもんね……」

「よく知っていたな。俺は今しがた店主殿に聞いたばかりだ!」


 フェルナン陛下がドヤ顔で胸を張り、店のカウンターで女性店主がにっこりと微笑む。

 誰にも罪はない。ラブコメ展開を期待してしまった私が悪い。


「私に指輪はもったいないです。いつか大切な方に贈って差し上げてください」


 私が笑顔を返すと、女性店主は意外そうな顔をして口を開いた。


「お二人は、許婚がいるにもかかわらず長年護衛騎士に想いを寄せていた貴族令嬢なぜかミニスカートと、ダメだと分かっていても主への愛が抑えきれなくなってしまった護衛騎士では⁉ てっきり恋仲かと思っていたのですが」


 こちらの作った設定通りだが、考察力というか妄想力がすごいご婦人だな! ということには触れず。


「身分違いの恋ほど難しいものはありません。私は遠くから(できれば近くで)想うだけで十分なんです」


 思わず本音を口にしてしまった。


 私は、フェルナン陛下のお傍で片想いをしているだけでいい。

 男であっても女であっても、従者としてお守りできればそれでいい。


 片想い十年選手は伊達じゃないのだ。


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