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人知れず造られた僕の為の剣  作者: つくも せんぺい
2/5

前編 ~黒炭の三人~

開いてくださりありがとうございます。

前編、お楽しみいただければ幸いです。

「ピノ、お待たせ。出来た」


 その呼びかけに、僕は閉じていた目を開いた。眠れていたのかは分からない。ずっと耳に、君の槌の音が聞こえていた気もするから。


 今夜は、僕らが迎える最後の夜だ。

 星空は見えない。

 今は部屋の中ってことと、目の前の君の炎のせいだけれど、すぐ外もアイツのギラギラした光でどうせ星なんて見えやしない。

 大地の夜景が、星空のよりも美しいと誰かが言ったけど、その人は昔話を信じているだけだと僕は思っている。


 でも、これから僕が向かう戦いは、星空を取り戻すなんて感動的でロマン溢れるものなんかじゃなくて、ただ自分達がうるおう為に、奪って奪って、一つの命を終わらせる。ただの略奪だ。

 いや、命は三つかな。上手くいけば、だけれど。


「ありがとう、テレジー」


 君が造り上げたのは、そんな略奪の為の、僕が振るう武器だった。僕より頭一つ分は大きい、太く無骨な、柱のようなそれ。君は地面に突き立て、左腕で支えながら僕に渡した。

 もっとも、もう君の右腕は無くなって、深紅の炎をしたたらせているんだけれど。

 キィっと石床と金属の擦れる音。

 重いだけなのか、片腕で支えきれていないのかは分からない。けどその小鳥のような武器の鳴き声は、嗚呼、君が造った物なんだねと、僕を納得させた。





 黒炭の民(ねんりょう)

 テレジーと僕は、そう呼ばれる種族の生き残り。

 黒髪、黒目という以外はそこら辺の人と見た目に変わりはない。ただ僕らの断面は黒く、身体は石のように硬く丈夫だ。そして血液の代わりに炎が体内を巡る、一人ひとりが、《《一つだけ特殊な力》》を持ち生まれながらも、国の使い捨て(ねんりょう)にされた種族。


 大昔はもっと居たらしいけど、僕はテレジーと、もう一人の友達しか知らない。

 多分、最後の三人。

 大きな国に仕えていて、その国に富を与えることを使命とした種族だったらしいけど、僕たち三人になってからは声も掛からなくなった。

 忘れられたのかなと、そう暢気に話していたら、君は首を振った。


「違う、国は死にかけてるだけ。《《くじら》》に呑み込まれかけてるだけ」


 ふーんと、それくらいの感想しかなかった。このまま君と静かに過ごすのも良いなって思っていたから。でも君はそんな僕に、瞳に炎の意志を宿して断じた。


「ダメ、ピノは名前を残すの。わたしがくじらを殺す獲物ぶきを造るから、国を救う英雄に。《《二つ持ち》》のピノが」

「国を救いたいの?」

「違う。怒るよ」

「もう怒ってるよ」


 今日に至るまで、何度かしたやり取り。本気なのはすぐ分かった。いままで君が引いてきたどの設計図よりも大きく、そして不格好な武器が描かれていたから。


「僕にしか使えないね」

「当たり前。これはピノの為だけの剣」

「うん、でもこれを造ったら君は……」

「いいの。きっとあなたも来てくれるから」


 そしてテレジーは造り上げた。その身体を代償ねんりょうに。





「時間がない。聞いて、ピノ」

「うん」


 そう返事をしながら、僕はテレジーから武器を受取る。僕の膂力チカラなら片手で使える。問題ない。

 もう一方で、君のことを支えようとするけれど、


「聞いて」


 と、君は首を横に振る。炎が滴る肩口から少ししかない右腕が、ボロッと崩れる。あっと思わず声が漏れるけど、テレジーは表情一つ変えない。そんなことに構うほど時間はないのだと、こちらを見つめている。

 最後の時間。それは僕も君も分かっていた。


「これはピノの為の剣。だけど、最初は釣り竿、次は杭、最後は花火になる。剣の芯に、わたしの腕が入ってる。それを通して、ピノの着火チカラが通しやすくなる。そう造った」

「うん」

「釣り竿の針は一回だけ。《《返し》》の展開にはわたしの心臓を、使って。……お願い」

「……」

「お願い、ピノ」

「……うん」


 そう説明するテレジーの身体は、無くなった右腕のところから少しずつ崩れ続けていた。滴るだけだった炎が、胸のあたりから噴き出すように上がる。その炎の勢いが、顔まで延び、僕が好きだった君の顔を隠す。

 剣を左手に持ち替えて、炎に構わず右手で頬に触れると、今度は君はそれを遮らなかった。

 僕の手に左手を重ね、じっとこちらに顔向けた君は、ふっと笑う。見えなくても、口元が上がるのが伝わってくる。


「最後の花火、手元の装填口、分かる?」

「……うん」

「そこにはピノが」


 そう告げる君は、うつむいた。申し訳なさそうに。でもそれが嬉しかった。

 一緒に来て。そういう意味だから。


「そう言ってくれるの?」

「……一人は、嫌」

「ありがとう」

「ん」


 僕はそっと武器を置き、君の左腕を君の背中に回す。

 もう、君はそんなに残っていない。


「ねぇピノ」

「なに?」

「《《パンプス》》、連れてこないでね」

「最後にそれ?」


 僕はちょっと拗ねたように言う。君はハッキリと、フフッと笑った。


「うそ。好きよ、ピノ」


 僕も。そう言おうとして、君は居なくなった。煌々と輝く心臓を遺して。

 僕はその炎を見つめ、剣の先端部作られた《《釣り針》》の装填口にそれを収めた。三角錐状で、まだ《《返し》》はない。蓋を閉じると、白熱することもなく収まった剣を確認し、


「さすがテレジーだ」


 そう、一人呟いた。


 それから僕は、二人で過ごした家に火を放った。もう戻らない。もう、君は居ないから。

 寂しいけれど、涙は出ない。僕は《《泣けない》》から。

 最後に僕は、赤く燃え上がる家を振り返った。工房でもあり、二人の家。


「行ってきます」


 テレジー。君はもう居ないけど、君が造った僕の為の剣を掲げ、また君に会いに逝くよ。





 家の火はもう離れて、空は薄暗い。

 でもまだ夜も深いはずなのに、視界はハッキリと確保できている。

 とは言っても、僕たちの家は目的の場所よりも少し離れていて、並木道がまだ残っている。その木々がらギラギラとしたくじらが遠くで輝くのを少しだけど遮ってくれていた。


 道らしい道じゃない。国から外れて暮らした僕たちが過ごした時間、歩んだ時間が道たらしめただけの、踏み固めた土と僕の膂力チカラで邪魔な木を抜いて造った道だ。

 その真ん中に、サイドカーを取り付けた二輪動力車をとめて、パンプス(友達)は立っていた。


「よぉ、もう行くのか? ピノ」


「やぁ、来ると思ってたよ。パンプス」


 彼がここに居ることに驚きはない。パンプスもまた、黒炭の民(ねんりょう)の生き残りの一人だから。よく家にも来ていた。ただ彼だけは、僕とエレジーと違いその速力チカラを重宝され、伝令や運び屋としての役割を担うこともある。僕たち種族の特性が両足に色濃く表れていて、両足が真っ黒だ。

 まぁ、仕事に関してはそう言ってたのは本人だけで、手紙なんて見たことがないけど。

 エレジーはパンプスの走力を、《《逃げ足》》と言ってよくケンカをしていた。


「乗れよ、行こうぜ?」


「……いや、君は連れて行かない」


 パンプスがついて来ようとするのは分かっていた。友達だから。

 でも、一緒には行けない。


「なんでだよ」


「これは僕と、テレジー……二人だけの戦いだから」


 そう、僕は斜めに背負った剣を見せる。とは言っても、剣は僕より大きくて、気づいていただろうけど。パンプスはその剣を見ると、テレジーが何を成したのか気づき、押し黙った。


「そうか……アイツ、一人で死んじまったのか。なら、なおのこと俺もお前と――!」


 少し間を開けて、パンプスはぽつりと呟き、潤んだ視線で僕を睨んだ。その瞳に、彼の気持ちが嬉しくもあり、腹立たしくもある。彼の言葉を詰まらせるくらいに、僕も睨み返していたんだろう。



「テレジーは先に待ってくれているだけ。それに、まだ彼女のこころはここに居る」


 そう静かに告げる。



「それに、君がついてきたって足手まといだ」


 そう、突き放す。


「俺にはこの脚がある」


「君のは《《逃げ足》》だろう?」


 歩み寄るパンプスを、さらにそう言って突き放す。彼はもまた、その言葉に僕を睨み返していた。テレジーとケンカの引き金になっていた言葉。

 懐かしむほどの時間は経っていないけど、思わず笑ってしまう。彼にはどう映っているだろうか? 挑発しているように見えているなら、儲けものだ。


「……訂正しろ」


「はは、どうして? 事実じゃないか」


「そうか……よっ!」


 そう言った瞬間、目の前に黒い脚が迫っていた。パンプスの速力チカラ、そこから繰り出される瞬撃の蹴り。避けられはしない。剣を盾にするように構え、その一撃を受け止める。


 ちょうど僕の顔面にくるところで、猛烈な速さで振り抜かれたようとした黒足。受け止めた剣は、乾いた甲高い音を立て火花を散らした。足首を剣に引っ掛けるようにして空中でバランスを保ち、彼はもう片足で剣を踏みつけるように蹴る。


 そのまま剣ごと僕を倒す為に体重をかけてくるけど、でも僕には軽い。そのまま振り払うように弾くと、パンプスは高く跳躍し、大きく離れたところに着地した。

 彼はこちらを睨んでいる。僕は無視して剣の受け止めた箇所を確認すると、黒く擦れた傷が、剣に色を付けていた。


「うん、これでいい。ごめんねテレジー。足跡くらいは連れて行ってあげたくてさ」


 パンプスには聞こえないくらいの呟き。僕は剣を地面にそっと置き、彼に向き直り声を張った。


「相手はくじらだ! 君じゃあ足手まといだよ、パンプス! それにね、君には頼みたいことがある」


「ハッ! なんだよ? 死にに行くダチを放っておけるほど、お人好しじゃないんでね。ここで止めるか、二人で行くかだな!」


 パンプスは怒っているのか、僕の言葉が届いていないように見えた。離れているとはいえ、真夜中のこの辺境で声が届かないとは思えない。


「すぐについて来てくださいって言いたくなるさ……」


 彼はそれだけ静かに告げると、真横に跳び、一本の木に《《着地》》する。それから周りの木々をロープのようにしならせ素早く跳び渡り、四方八方へ繰り返す。出所を分からなくして、僕を翻弄ほんろうしようとしているんだろう。

 確かに、目で追える速さじゃない。速度が力というだけはある。


 でも僕は、パンプスがどうやって攻撃してくるのかが分かった。だって彼が繰り出したのは、さっきと同じ動きだったから。

 今度は顔の右側面に向けて振り抜かれようとする右足首を、左手で掴む。停止したパンプスの目には涙が浮かんでいた。

 相変わらず、同じくらいの歳なのに、泣き虫で駄々っ子のようだ。話しも聞かないはずだ。


 僕を倒すには硬い胴体じゃなく、頭を揺らす方が確実だ。でも、後ろからそれが出来るほど、彼は非情にはなれない。やることも直線的で、単純。やっぱりパンプスは戦いに向いていない。


 それが嬉しくもあり、寂しくもあったけど、多分戦う僕なんかよりも大事な役割が友達にはあるから、テレジーのためにも、君は置いていく。


 そう改めて自身に誓い、僕は力任せにパンプスを地面にたたきつけた。

 鈍い音と、ひゅっと絞り出される呼吸音が静かな空間に響き、身じろぎひとつしなくなったパンプスを見下ろす。


「もう分かったでしょ?」

「……」


 僕の声に、パンプスは覚醒し、視線だけこちらに向けた。何も言ってこない。やり過ぎたかな?

 そんなことを考えながら、彼を抱え、二輪動力車のサイドカーに放り投げる。僕は剣を背負いなおし、力任せに後ろから押した。

 運転なんてできない。


「まったく。乗れよとか言ってたのにさ」


 そう僕は笑った。





「ピノ、変わるぞ」


 しばらく押していると、サイドカーで呻いていたパンプスが起き上がった。


「連れて行かないよ?」

「分かってるよ、乗せるだけだ。頼み、あるんだろ?」

「そうだね」


 僕が空いたサイドカーに乗ると、剣の重さで深く沈んだけれど、なんとか走れた。

 走りが安定したところで、僕は切り出す。


「あのさ、このテレジーが造った剣、最後に花火の機構が入っているんだ」

「花火?」

「そう。多分これは、戦う為じゃなくて知らせる為の花火。だからくじらを倒して花火が上がったら、パンプス、君がくじらを国に運んで、僕とテレジーのことを伝えてほしい。名を遺してと、彼女が言ったから」

「……」

「君が三人で一番お喋りだったから、きっと大丈夫さ」

「なんだよ、それ」


 また、パンプスは瞳を潤ませていた。まったく泣き虫なんだから。でも、こういう彼の優しさが、僕とテレジーの時間に潤いをくれたのだと思える。


 目的地まではまだ少し時間があり、ぽつりぽつりと二人で話した。剣に見えないけど使い方分かるのか、本当に一緒に行かなくていいのか、くじらなんてどうやって戦うんだと、歩いていくつもりだったとか何考えてるんだとパンプスは心配ばかりしていたけど、


「テレジーがそう望んだから、大丈夫だよ」


 なんとかする。それだけ答えた。

 呆れたように彼は笑って、頑張れよとだけ寂しそうに言ってくれた。それが嬉しい。


「ねぇ、パンプス」

「なんだ?」

「寝ていい?」

「お前! 親友との最後の時間にそんなこと言うのかよ」


 サイドカーで揺られて、僕はあくびをひとつした。さっきまで目は閉じていたけど、テレジーの音に聴き入っていて、やっぱり眠れてなかったみたいだ。


「親友だって? 君だから良いじゃない。それに夜明けにくじらとの戦いが終わってたら、それからは嫌ってほど僕らの話をしないといけないよ? あの時が最後のゆっくりした時間だったとか思うかも。それか、僕とテレジーの為に歌くらい考えたら?」

「なんだそれ、歌えるかよ」

「まぁ、子守唄がわりにいいじゃないか」


 そう目を閉じると、わき腹に彼の足が飛んできて蹴られた。事故になったらどうするんだよと笑いながら、身構えていない身体は心地の良い痛みを受け入れる。

 そのまま目を閉じると、しばらくして、掠れたヘタクソな歌が聞こえてきた。また、泣いているのかも知れない。


 ──ねぇ、パンプス。


 僕は彼に、声には出さないけれど告げる。


 ──僕はね、君こそ《《二つ持ち》》の英雄だと思うんだ。

 黒炭の民(ねんりょう)は泣けない。その身に流れる炎のせいで、悲しくても涙は流れない。

 だから君のそのみっともなくて綺麗な涙は、僕たち種族の中で唯一ただひとつで、速力なんて霞むほどの、君の特別なんだ。黒足のお陰なのかも知れないけどさ。

 君が生きていれば、僕なんかよりずっとすごい英雄になれる。だから、君の足跡だけを連れて、僕は逝くよ。



 その後は頼んだからね、親友パンプス


 

 心地よい振動と掠れ声の歌に、僕はしばらく微睡まどろんだ。





読んでいただきありがとうございます。

最期まで読んで頂ければ嬉しいです。

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