後の祭り
「おばさんこんにちは~。悠真が退院したって先生に聞きました。帰ってますか?」
「優斗君こんにちは。悠真なら二階に上がって左の部屋よ」
「ありがとうおばさん」
「優斗君は無事で良かったわ、本当に」
ひょっこりキッチンから顔を出した悠真の母。
それに階段を登りかけていた優斗は、少し足を止めた。
「お父さんの事があったから、みんなそう話していたのよ」
「……」
何かを言おうとしたが、上手く気持ちを言葉に出来ず、とりあえず、一礼をしてから二階に上がった。
ドン。
「悠真、僕だよ優斗。入ってもいい?」
「遠慮しないで入れよ」
カチャリと開けて入れば、額にキズパットを貼った悠真が椅子に座ってこちらを向いた。
「よっ、元気だったか?」
「悠真……」
いつものようにニカッと笑った顔を見て、内股でヘタり込んだ優斗。
「血だらけだったから、僕……心配したんだよ」
「なんだ、額をちょっと縫っただけだぜ、これも直ぐに剥がすしな」
「治って本当に良かった」
涙を拭う優斗を見ないようにと背を向けた悠真。
「で、おっちゃんどうしてんだ?」
「あっ、ああ、抜け駆けはしていないよ、僕。悠真と一緒じゃないと、行かないから。それに自分だけ上手くなってもつまらないし」
「じゃあ、あれからおっちゃんに会ってないんか?」
「うん。本当は、一人じゃ怖くて……」
「なんだよ、臆病だな優斗は」
「ごめん」
「よし。今から行っておっちゃんに確かめよう」
言うやいなや、優斗の腕を掴んで引っ張った。
「危ないよ、悠真」
グイグイ引いて階段を下りてしまった二人。
「母ちゃん、ちょっと出掛けてくる」
キッチンで飲み物を用意していた母親は、驚いて止めに出てきたが、間一髪、靴を持って外に出てしまった。
「おじさんの家に本当に行くつもりなの?」
「この傷、跡が残るんだと」
「えっ? そうなの?」
「縫ったから、完全には消えないだろうって、医者が言っててさ」
「そっかぁ」
それきり黙ってしまう。
「だから、いつまでも怯えていたくねぇつうかさ……握ってた……何でもない」
自分だけ無傷だった後ろめたさもあって、優斗は、仕方なく従うしかなかったのだ。
それでも二人は、今度は先に畑に向かってから行こうと話し合った。
すると、おじさんはいつもと変わらず畑の草むしりをしていて、二人はホッとして駆け寄ったのだ。
「おじさん」
「おっちゃん、久しぶり」
そこには、繋ぎの作業着の上を脱いで、腰に巻き付けた格好をした四十代くらいの男が草を集めていた。
「二人とも無事で良かった。すまなかったね、留守をしている間に暴漢に合うなんてな」
「無事なんかじゃねぇつぅの! 見てくれよ、ここ、五針も縫ったんだぜ」
「悪いことしたな」
「おじさんが謝る事はないですよ」
「優斗は優しいな」
「俺だって優しくしてやったじゃん」
「そんなことあったか坊主」
「おっちゃんまた優斗だけ名前で呼んで、俺にだって悠真って名前があんのによ」
「なんだ、悪態をつきに来たのか二人して」
「違います」
「ちげーよ」
「確かめに来たんだろう」
ギクリとした。
「おじさんだって、警察から嫌って程話しを訊かれたからな」
「例えば?」
悠真の質問に畑の方を向いた。
「家が化け物屋敷だって言われて、正直、返答に困ったけどな」
「でも本当なんだよ。お風呂場にラジオがあって、それで……」
「あれは、あそこが一番電波が通るんだよ。だから、置いておいただけだぞ」
「えっ?」
「後、エアコンから血が吹き出たって、おじさんは、お前達を心配したぞ」
「ちげーよ、嘘じゃないって」
「あの日、用事があって出掛ける前に、エアコンにクリーナーをかけたからな。早く帰るつもりが遅くなっちまったから、二人にエアコンを使うなって言えなかったんだ」
「まさか」
「そんなだって……」
「で、玄関の梁に生首だろ。そんな物、ある訳ないだろうが。お前達、いったい何度家に遊びに来てるんだ?」
「いや、だって……」
「本当に見たのに……」
少年二人は、顔を見合わせて、お互いを確認し合う。
「それからな、せっかく来たところ悪いが、しばらくは、二人とも出禁だ」
これには、絶句してしまう二人。
「当たり前だろう。お前達の親に散々、頭を下げたんだぞ。おじさんは、もう疲れたんだ」
「ごめんなさいおじさん」
優斗が素直に謝れば、おじさんは、悲しそうな顔をして優斗の肩に手を置いた。
俺もと、悠真も負けじとおじさんの腰にしがみついてお願いしたが、こちらは、嫌そうに引きはがされた上に強い視線を向けられたのだった。
『どうして俺には恐い顔をするんだよ?』
本当に。ただそれだけを思って目を伏せた悠真だったが、視線は、ちぎられたタグに行ってしまった。
『悠真』
そこに心配して着いてでも来たのか、母親が迎えに現れて、結局、悠真はそれきりおじさんとは接点がなくなった。
が、数年後、優斗の母と再婚すると優斗から聞かされて、ようやく真実にたどり着くのだった。
「ラジオが言った名前は、優斗だったのか」