常連客の宝物
カラン…と店の扉が開く。
おや、おかしいな。確かに今ドアベルは鳴り、扉は開いたはずなのに。視線を向けるもお客様の顔が見えない。
どうやら店員たちも気付いていないようだ。
だが私は、笑みを浮かべて待つ。
実は、これはとある彼女のご来店の合図だからだ。
「こんにちは、いらっしゃい。
どうぞ、お好きな席に座ってくださいな」
「おじさん、あの新しいお茶をひとつお願いします」
途端に目の前に現れる、桃色の髪。そこから覗くのは天然鉱石のような深い青い瞳。手元には金色の飾りが光る。
「今日はお休みですか、姫様」
「うん、だから来たんだ」
笑うその顔は、昔の常連客を思い出す。
青い瞳の彼女と、桃色の髪の彼をだ。
彼女と同じように、いつもふらりと現れていた二人。初めて二人が姿を見せた時は、驚いたものだ。懐かしい。
「もう十年なんだね……」
店内に飾っていた花を眺めた彼女は、ぽつりと呟いた。
今年十八歳となった彼女。赤ん坊の頃から知っている彼女は、ここ数ヶ月で一段と綺麗になったと思う。彼女から多くは語られないが、時折見せる笑顔には、鮮やかな色が加わったような気がするのだ。
叶うものなら、十年前に、命を落としたあの常連客二人に、見せたい。
「さて、お待たせしたね。新しい豆の茶になります」
「わあ……やっぱりこの香り、好き」
目を輝かせてカップを覗き込む姿は、幼い頃から変わらない明るい笑顔だ。これからも変わらずにいてほしいと、心から願う。
『今日は私たちの宝物も一緒に来たのよ』
『この子もゆくゆくは、この店の常連客になってほしいんです』
二人に抱かれた小さな赤子。
『貴方の火魔法は、とても素敵よ』
『もしも、私たちが先に立つ事があれば、その時は君の火で燃やしてくれないか』
眠る子の側で告された、二人の想い。
十年経った今も、こうして茶を用意する度に、火を着けて消す度に、鮮明に思い出す。
おじさん、と声を掛けられてはっと顔を上げた。
「今日はもう一杯貰おうと思うの。
あとね、相談したいことがあるの」
常連客のあの二人が残した宝物。
ずっと私が大切に預かっているからな。
「もちろんです。どんなことでしょうか、姫様」
彼女に笑いかけると、私は再び目の前で火を着けた。