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神様募集中

作者: 村崎羯諦

「神様募集中の求人ですか? いえ、何かの比喩でもなんでもなくて、本当に神様を募集しているんです。ほら、こういうご時世でしょう? 神様業界も人手不足が深刻で困ってるんですよ」


 オフィスビルの一室。目の前に座った面接官が僕の質問にそう答える。求人雑誌に掲載されていた神様募集中という冗談みたいな求人情報。面白半分で面接を申し込んだはいいものの、まさかその内容が本物だとは思いもしなかった。もしかして危ない団体かと怪しむ僕に、北見と名乗った面接官が言葉を続ける。


「神様って言っても、桂木さんが想像しているような全知全能の存在のことじゃないですよ。ほら八百万の神っていうように、世の中にはあらゆるものに神様が宿ってるじゃないですか。募集しているのはそういう類の神様なんです。でもですね、時代とともに物は増え続けてますし、神様の供給がどうしても追いつかないんですよ。だから、たくさんいる神様のなかでも比較的重要じゃない……っと失礼、重要じゃない神様はいませんものね。何というか、専門的な技能が必要とされない神様に限って、最近人間による派遣事業が認められるようになったんです。だから、そこまで怪しむ必要はありませんよ」

「でも、神様ってそう簡単になれるものじゃない気がするんですが……」

「そこは我々が神様派遣会社としてきちんとマニュアルを用意してますから。何かトラブルがあっても、会社が契約している弁護士が対処しますしね」


 面接官が理路整然とした口調で説明を続ける。それを聞いているうちに、それだけ仕組みが整っているならありなのかもしれないと思い始める。元々仕事を探していたのは事実だし、マニュアル通りにやるだけだったら楽そうな感じがする。僕は少しだけ乗り気になって、時給について尋ねてみた。面接官は担当する神様によって時給が異なるんですと断りを入れた上で、現在空いている神様とその時給が一覧化された資料を僕に見せてくれた。しかし、僕は細かい字で書かれた資料を確認しながら、あれと小首を傾げる。


「どうかされました?」

「いや、何というか、思ってたよりもずっと安いんだなぁと。神様って言われたものだから、もっとお金が稼げるのかと」

「ああ、そのことですね。もちろん派遣会社の管理費が差し引かれているという事情はあるんですが、正直そこまで大変な仕事ではないので、その分給与が低いんです。でも、お金を稼ぎたいのであれば、複数の神様を兼任することもできますよ。実際、この前契約社員として採用された方も、二つ、三つ神様を担当してますし」


 僕はその説明を聞きながら、資料に一覧化された色々な神様を確認していく。思ったよりも稼げないということがわかって少しだけ気落ちしたが、それでも楽そうなバイトだということに間違いはなさそうだった。僕は資料をパラパラとめくりながら、質問を続ける。


「まあ、正直高いに越したことはないんですけど、仕方ないですからね……。ちなみになんですけど……この中で、一番楽な神様ってどれですかね?」

「うーん、そうですね。今空いてるやつだと、交差点の神様とか楽ですよ。急に欠勤になったバイトの代わりにヘルプで担当したことがあるんですが、トラブルも何もなく、ただただ座ってるだけでしたから」


 僕はその話を聞き、ここで働く決意を決めた。面接官も僕の意志を汲み取ったのか、可能であれば明日からでも仕事に入ってほしいと言ってくる。僕はよろしくお願いしますと頭を下げ、その場で契約社員として雇用契約を結ぶことが決まった。準備しなければならない書類や手続きについて簡単な説明を受けた後で、さっそく明日に神様の研修があるのでそれに参加して欲しいと言われる。さらに希望なら、研修が終わった午後に交差点の神様の仕事が入っているので、すぐに神様としての仕事を始めることも可能だと教えてくれた。もちろん僕はその申し出を快諾した。それから、面接官から簡単な業務紹介資料をもらい、そのまま帰路につく。


 次の日。再びオフィスビルを訪れると、そこには僕と同じように神様研修を受けるために集まった何人もの人々が集まっていた。僕は部屋の端っこに座り、社員らしき人間による簡単な講義を受けた。二、三時間ほどで講義は終わり、参加者がそれぞれ別室へ呼ばれ始める。僕の名前が呼ばれて、指定されたブースへ入ると、そこには昨日僕の面接を担当してくれた北見さんが座っていた。


「それでは少々遠いですが、桂木さんはこの現場へ行ってください。新しい国道の着工に当たって地鎮祭が行われるそうなので、神様が必要になっているようです。国道の神様や交通安全の神様を担当している社員がすでに現場入りしてますので、現場に行ったらうちの会社の紋章をつけた人を探してください。それからは彼が指示を出すと思いますので」

「はあ」

「そうそう。電車移動があると思うんですが、その際、電子マネーではなくて切符を購入してくださいね。後で交通費精算を行う必要があるので」


 僕は現場の資料を渡され、そのままオフィスビルを出る。そこから電車とバスに2時間ほど揺られ、現場に到着する。そこには建設会社の人間や地元の政治家らしき人達が集まっていて、どこか厳かな雰囲気が漂っていた。僕はあたりを見渡し、腕に会社の腕章をはめた人間を見つけ、声をかける。規模の大きい行事だからか、神様の数は多い。時間潰しがてら周りにいた人たちに何の神様を担当しているのかを聞いてみると、横断歩道の神様だったり、信号機の神様だったり色んな神様がいて、また自分が登録している会社とは別の会社から派遣されていた神様も多かった。


「神様を呼ぶ側もさ、信仰心から俺たちを呼んでるわけじゃないのよ。お金もないから、本当は神様を呼んでまでしてこういうことはやりたくないわけ。でも、昔からの風習だから、やらなかったら色んな人からバッシングされるだろ? だから、形式的に、それもできるだけ安上がりにやりたいっていう需要があるってわけよ。そういう背景で神様派遣会社ができたんだよな」


 待機中に仲良くなった派遣会社の社員が僕にそう教えてくれる。真面目にやってたら正社員への登用もあるから頑張れよ、と社員が僕の背中をぽんぽんと叩いた。正社員になる気はさらさらなかったが、そうなんですねと愛想笑いをしながら相槌を打つ。


 そして全ての準備が整い、僕たち神様が祭場に呼ばれる。神様はたくさんいるし、僕が担当している交差点の神様は数合わせに呼ばれているみたいなもので、基本的なやりとりは社員である国道の神様が卒なくこなしてくれた。やったことと言えば、一度だけ神主らしき人が僕の前で深々とお礼をしたタイミングで、決められた言葉を呟いたくらい。地鎮祭はつつがなく進められ、そのまま何事もなく神様としての初めての仕事は終わった。


 業務内容は聞いていた通りに簡単。ずっと座っているだけで腰が痛くなるくらいで、頭を使ったり、身体を動かしたりする必要はない。まさに理想的な仕事だし、これこそ自分が探し求めいた仕事だと思った。しかし、意気揚々と仕事を受け続けているうちに、少しずつ少しずつこの仕事に対する不満を覚えていく。まず第一に、ただただ退屈でやりがいがなく、そしてこの仕事を続けていても何の専門的な技術も身につかないこと。だけど、別に仕事なんてそんなものだって割り切ることはできる。それ以上に僕が不満を覚えていたのは、給与面でのことだった。


「あのですね、移動時間は実際に仕事をしてないわけですから、時給は発生しません。社会の常識ですよ?」

「いえ、そこももちろん不満ではあるんですけど……問題は時給ですよ。確かに楽な仕事ではあると思うんですけど、拘束時間が長い割に時給は最低賃金ギリギリじゃないですか」

「時給は需要と供給のバランスで決まりますから、どうにもなりません。それに、やってる業務内容からしてみても、最低賃金を支払ってもらえてるだけでもありがたいと思わなくちゃ」

「それに給与明細を見たんですけど、この諸々引かれてる雑費もよくわからないです。社食費とか待機施設の管理費とか……現地集合ばっかりの仕事なのにおかしくないですか?」

「まあ、それは皆さんの共有財産みたいなものですから。でも、そうやって色々と意見を言ってくれるのはありがたいので、こちらでも検討してみますね」


 三ヶ月に一回の1on1ミーティング。僕の質問に対し、北見さんが淡々と答える。それでも僕が食い下がると、北見さんはそうですねぇと資料をペラペラとめくりながら、何かを考え込むしぐさをとる。


「じゃあ、今やってる神様だけじゃなくて、他の神様も担当してみます? 近い現場で呼ばれるような神様を兼任していたら、ちょっとは効率的に稼げますし」

「それでも今空いてる神様ってどれも時給自体は安いですよね? だったら、拘束時間が増えるだけで1時間あたりの稼げるお金が変わらないので正直やりたくないです。もっと単価の高い神様ってないんですか?」


 単価の高い神様。その言葉に北見さんがピクリと反応した。それからちらりと僕へ視線を送った後で、単価が高いだけというのであればこういうのがありますよとファイルを開きながら応えてくれた。


「この神様なんですけどね、担当していた社員が自己都合で辞職して、ちょうど空いてるんですよ」


 面接官がファイルを開き、右上に書かれていた一行を指刺した。僕は身体を乗り出し、指が刺された場所に書かれている言葉を読む。そこにはこんな言葉が書かれていた。


『謝罪の神様』



*****



 僕が謝罪の神様として初出勤することになったのは、打診を受けてから二日後のことだった。本社ビルの一室で待機を命じられていた僕が読書で暇を潰していると、血相を変えた社員が部屋に飛び込んできて、どこどこでトラブルが発生したため、すぐに移動をお願いしますと命じられた。具体的な場所を社員に教えてもらい、僕はそのまま現地へ向かった。数十分で到着した金属溶接工場では、すでに怒号が飛び交っていて、会社から派遣されたと思しき数名の神様と社員が対応にあたっていた。


「どういうことだ! こっちは高い金を払ってるのに、こんなポンコツな神様を寄越すなんてどういう神経してんだ!! 土下座しろ!! 土下座!!」

「はい、ですが、謝罪は謝罪担当の神様が来てからでないと……」


 激昂するクライアントを社員が必死になだめていて、その後ろで何かしらの問題を起こしたであろう派遣の神様が居心地悪そうに身体を動かしている。詳しい事情は聞いていないが、派遣された神様が段取りを間違えてしまったとかそういうところだろう。やらしてしまった彼らが悪いのだけれど、そもそもスズメの涙ほどしかお金をもらっていない彼らにそこまで重たい責任を背負わせるのも酷だと思った。そして謝罪の神様としてやってきた僕の姿を見て、社員がほっと胸を撫で下ろす。それから、社員はクライアントに謝罪の神様が到着したことを告げ、僕が二人の間に割って入る。僕は二人を交互に見比べた後で、あらかじめ教えてもらっていた言葉を一言一句間違えることなく、口にした。


「それでは私が謝罪の神様として、こちらにいる金属加工技術の神様による謝罪に立ち会わせていただきます。それでは……どうぞ」


 僕が促すと同時に金属加工技術の神様を担当している社員が膝を床につき、そして大声で謝罪の言葉を口にする。


「申し訳ございませんでしたぁああ!!」


 僕は彼の謝罪の横で、マニュアル通りに祝詞を呟き続ける。神様による謝罪に立ち合い、その謝罪に対して権威付けを行う。これが謝罪を司る神様の役割だった。それでも、クライアントは怒りが収まらないのか、思いつく限りの罵詈雑言を金属加工の神様にぶつけ続ける。現場はまさに地獄絵図で、前任者が退職した本当の理由についても何となく察することができた。しかし、僕は平静を保ったまま自分の仕事を続ける。祝詞を呟き続け、そして喚き散らし続けるクライアントと土下座する神様をどこか醒めた目で観察していた。


「お前ら、神様一人呼ぶのに、こっちは〇〇万円を払ってんだぞ! わかってんのか!!」


 僕は祝詞を呟きながら、クライアントが思わず漏らす情報に耳をそばだてた。そして、クライアントが支払ったと主張している金額をもとにこっそりと裏で計算を行う。現場に派遣された神様の数と派遣の神様がもらっているであろう時給、そして社員からこっそり聞いたことのある月収を頭の中に思い浮かべた。そして、僕たちを派遣している会社がどれだけの割合の金額を差っ引いているのかを知った時、もうこの仕事はやめようと決心がつく。そのタイミングで、僕が発する祝詞に覆い被さるように、クライアントの怒鳴り声が工場の中に響き渡った。



*****



 現場での仕事を終え会社に戻った僕は、北見さんを見つけて、この仕事を辞めたいという意志を伝えた。引き止められるかなと思ったけれど、北見さんは色々と察して、あっけなくOKしてくれる。会社側で後任者が見つけるまでの間、最長でも二週間ほどはシフトに入ることを調整した上で、僕は色々とお世話になりましたと北見さんにお礼を言った。


「あ、そうそう。前から聞きたかったんですけど、一ついいですか?」

「何でしょう?」


 帰り際、僕は北見さんに前から思っていた疑問をぶつけてみる。


「この会社って神様の成り手不足だから、内勤の社員も最低でも一つは神様を担当してるって聞いたことがあるんですよ。北見さんって何の神様を担当してたんですか?」


 僕がそう尋ねると、北見さんは資料を整理しながら顔をあげ、あっさりと自分が担当している神様を教えてくれた。


「ああ、私の担当は中抜きの神様です」


 適任ですねという言葉をぐっと飲み込み、意外でしたと僕は愛想笑いをする。それから僕は辞めて正解だったと思いながら、神様派遣会社のあるオフィスから立ち去るのだった。

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