ふたり目の悪夢
『機動戦艦から始まる、現代の錬金術師』は不定期更新です。
──小田原桐生邸。
東京郊外にある、すこしだけ豪華な屋敷。
俺の身体の家族は、妻と二人の息子のみ。
その二人の息子は成人して独立したので、実家にあまり顔を出すことはない。
まあ、二人とも家庭を持っているし、俺の中の桐生の記憶では、息子たちの嫁には、桐生は嫌われているらしいからなあ。
妻は昨年他界したので、今はこの屋敷には俺と、居候の天草翔太郎のみ。
「……これでよし。屋敷の名義変更はこれで完了だ、土地も屋敷も全て、適正価格で俺がお前に売ったことになったから、あとは好きにすればいい」
「はぁ。それで、ここをアジトにしてどうするつもりだ? まだあんたは、俺を信用していないんだろう?」
「まあな。だが、敵に回すのも危険なことは理解している。ここの元主人の小田原桐生は、屋敷と土地を売買して、キャンピングカーでのどかな日本一周の旅に出る、そういう筋書きで行方不明になる」
そのためのお膳立てを、ここ数週間で行った。
大型のキャンピングカーも購入し、支払いも全て終わらせてある。
明日には納車になるから、それで郊外に向かったあとで、小田原桐生の体を再構成して、元の有川義光に戻るだけだ。
正直、他人の体なんて気持ち悪いだけだからな。
「それで、ナノマシンとやらの回収は終わったのか?」
「先日、外で息子たちに会ってきたよ。握手する時にナノマシンを俺の体に移したから、もうあいつらには用事はないさ。一番バイオナノマシンを蓄積できる女性体……元妻は死去してしまったらしいから、実に残念だよ」
「怖っ‼︎ 人の感情を持ち合わせていないのかよ……」
人の感情?
そりゃあ生きてるんだからあるさ。
でも、会ったことのない赤の他人に感情移入するほど、俺はお人好しじゃない。
「それよりも、天草はこれからどうするつもりだ?」
「この屋敷を改造するさ。俺のチート能力はかなり凶悪だからさ。まずは、手下を一人用意してみるわ」
──ブゥン
広い居間全体を、巨大な魔法陣が包み込む。
「これは……なんだ?」
「魔法だよ、ま、ほ、う。あのクソ異世界転生システムに頼ることなく、俺が、独自に作り出した『異世界から人材や物資を召喚する』術式だよ。そら、もう姿を現し始めたぞ」
慌てて魔法陣の中を見ると、そこには一人の全裸の女性が倒れている。
身体のあちこちが傷だらけ、拷問か何かを受けた跡もあるし、何よりも、手足の傷が目立つ。
「エグいな。手足の腱を切断したのかよ」
「そうらしいな。どら、おまえ、俺の言葉が聞こえるか?」
天草が女に近寄ると、しゃがみ込んで話しかけている。
相手が日本人ならわかるかもしれないが、どう見ても金髪だから外国人だよなぁ。
本当に異世界から召喚したのか?
非常識にも程があるだろうが。
「あ、あ、あ……」
「喉も潰されたか。まあいい、おまえ、俺と契約しろ。元の肉体も、力も、全てを戻してやるから。まあ、契約しなかったら、傀儡にでも改造するだけだけどさ」
うわ、こいつは本当にエグい性格だな。
人間、ここまで変わるとは怖すぎるな。
そして、天草の言葉を聞いて、女性は静かに頷いている。
「契約、だな」
ゆっくりと女性の手を取ると、天草はがっちりと握手。
──キィィィィィン
すると、握手した手が光り輝くと、女性の傷がだんだんと消えていく。
「これが魔法かよ。全く、常識的にあり得ないだろうが」
そう思うしかない。
この世界には、宇宙人の襲来はあっても、魔法使いなんて存在しないからな。
いや、俺も完全状態ならナノマシンを使って魔法のようなものはできるかもしれないが。
そんな事を考えているうちに、女性はゆっくりと座ると、右手で何もない空間から衣服を取り出した。
「へぇ、アイテムBOX持ちかよ」
「むかしから、これだけは持っていたからね。この体に転生したのも、これで五度目だし」
「はぁ、五度目の転生? あんたも大概な人生だな。それで、名前はなんていうんだ?」
「アルファ。この身体の時の名前は、始まりの魔女アルファって呼ばれているわね。まあ、あんたのおかげで、記憶が全て戻ったから、自分が何者かも思い出したけどさ」
はぁ。
訳のわからない話を始めたから、俺はお茶でも飲んでくるわ。
ここの家はお前のものなんだから、好きにすればいいよ。
◯ ◯ ◯ ◯ ◯
──スターゲイザー中枢、ラボシステム
「ふむ。これは精神術式の崩壊による、意識化への逃避状態ですね」
『ピッピッ……ベネディクトの意見に同意。アクシアのデータベースともリンクしましたから、診断に間違いはないかと思われます」
メディカルポットの中の三船千鶴子を助けるために、エルフのハイプリースト『ベネディクト』に来てもらった。
そして長い儀式の末に出た結論は、これである。
「やべぇ、専門分野じゃないから分からんわ。それってやばいのか?」
「まあ、一言で言うと危険な状態ですね。彼女は、自分が作り出した術式の崩壊により、現実世界に帰ってこれなくなっています。いや、それだけならいいのですが、どんどんと意識を心の奥底に沈めていますね」
「つまり?」
「急がないと、彼女は自分の心の中の迷宮を彷徨うことになり、出てこれなくなります」
うーん。
自分が作った迷宮なら、出てこれるんじゃないかなぁと思うのは、俺だけか?
「はっはっはっ。拙者にはわからない世界でござるが。自分の迷宮なら出てこれるのではないでござるか?」
「ナイスだ朔夜。俺もそう思ったんだ……が……って、なんでお前がここにいる?」
「護衛のシフト当番でござる。今日から一週間は、拙者がミサキさまの護衛当番でござるからなぁ」
それで、影から出てきたのかよ。
しかし、さっきの質問だけど、本当にどうしてなんだろうなぁ。
「普通なら、心の迷宮など作る必要はないのですよ。精神魔法系の基礎部分の説明ですが、迷宮化した心の壁を作り出す時は、外敵が身を守る時というのが相場ですから」
「外敵? 何処にそんなのが?」
「ええ。ですから、彼女自身に何かが起こっている可能性があるのですよ。残念ですが、私では彼女の心の中に潜り込む魔法はありません。私ができるのは、ここまでですね」
「あとは、俺たちが呼びかけて彼女に希望を与え続けるとか?」
心の戦いだっていうのなら、俺たちが応援したら少しは良くなるか?
「そうですねぇ。まあ、体にダメージが来ていないからまだ安心ですよ。深い精神潜行は、時として精神のダメージが肉体にフィードバックすることもありますから」
「ヴァン・ティアン、事細かに彼女を見ていてくれるか」
『ピッピッ……了解です』
あとは、本当に話しかけて語りかけて、呼んであげることしかできないのかよ。
………
……
…
──三船千鶴子の精神世界
モゾッ、モゾッ
アルファの作り出した小さな鏡。
そこから、じんわりと粘性の高い液体が滲み出している。
それが鏡の外側まで流れていくと、やがて一つになって鏡の拡張を始める。
『この調子なら、明日には繋がるわね……さて、逃げていった兎さんは、何処まで潜っていったのかしら』
荒廃した未来から、アルファは過去の千鶴子へと干渉を続ける。
もっと効率良く、もっと手っ取り早くミサキを手に入れるために。
そのために、千鶴子を支配し、傀儡として操るために。
いつもお読み頂き、ありがとうございます。
誤字脱字は都度修正しますので。 その他気になった部分も逐次直していきますが、ストーリー自体は変わりませんので。











