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リンの憂鬱

 屋敷の縁側にリンは一人佇み、考えを纏めるように冷たい夜風に当たっていた。視界の先に広がるのは、青白い月明かりに照らされた庭園と夜空。満月が近いのだろう、と真円から多少かけている月を見上げる。雲は月を僅かに覆う程度にしか浮かんでおらず、無数の星が瞬きを見せていた。

 寝酒として準備したワインのグラスをそっと傾け、口に含んだ。真っ白な月の中心点に過去の自分の姿を思い描き、相も変わらず意志薄弱なんだよな、と思わず苦い顔になる。


重要な物事を決めるのが、リンは苦手だった。苦手というよりは、避けている、とでもいうべきか。だからなにか厄介事が起こると、責任を自分一人で背負い込むのが嫌で、必ず誰かに意見をうかがってしまうのだ。

 強い人。

 優しい人。

 頼れる人。

 まわりの人たちがリンに抱いているイメージを纏めると、おおよそこんなところだろう。でも、全然違うんだよなあ、と彼女は自嘲する。

 本当の自分はそれとは真逆で、肝心なところで一歩を踏み出すことができない優柔不断な性格なんだ。強いだなんて、お門違いもいいところ。

 リンがこういったトラウマを抱えるようになったのは、十年ほど前に起こったとある事件が元凶。


 彼女の両親は、各地を転々としながら生計を立てている行商人だった。

 仕事柄、特定の街に長期間滞在する習慣が殆ど無く、全ての財産を荷馬車に乗せてたびたび移動を繰り返していた。出費を抑えるため、ろくに護衛すらつけず。

 ──だから、なのだろう。彼らの情報を嗅ぎ付けたとある盗賊一味に、襲撃される結果を生んだ。

 忘れもしない忌まわしいあの日。それはあっと言う間の出来事であり、実にあっけないもんだった。

 見張りの冒険者二人が遠方から弓で射抜かれると、続けて襲撃してきた数人の盗賊により、何事かと顔をだしたリンの両親も殺害されてしまう。両親は天翼族なので人間よりも、確かに体は大きい。だが戦闘経験のない素人では、たいした抵抗などできようはずもなかった。

 馬車の中に残っていたリンは、積荷の陰に隠れ一人で震えていた。だがその時、偶然、荷物の中にあった剣に彼女の手が触れる。

そこからの先の事を、リンは良く覚えていない。気が付いたとき足元には二人の盗賊の亡骸が転がっていて、彼女の手には、血痕が付着したままの剣が握り締められていた。

 盗賊の残党はほうほうの体で逃げ出したのだろう。荷物は強奪されることもなく、手付かずの状態で残されていた。

 金品を狙い、強奪にすら至らなかったというただそれだけの犯罪行為が、瞬く間に六人もの命を奪った。

 人がもつ欲望と、怨嗟の感情が生み出した凄惨な事件。その果てに残されたものは、なにもなかった。


 いっさい。

 微塵も。


 天涯孤独の身となったリンを保護したのは、たまたま近くを通りかかった老人──テッサイ。

 そのままレイド村に連れていかれたリンは、護身用としてテッサイの元で剣術を学んだ。元々彼女には素養があったのだろう。毎日必死に修練をするうちに努力は実を結び、確かな技術となって身に付いた。

 ……だが、いくら剣技を鍛えたところで、人の血をみると忌まわしい惨劇の映像がリンの脳裏に蘇る。あの日の記憶は暗い影となって、ずっと心の奥底で澱んでいて、ことあるごとに彼女の心を蝕んでいた。

 肝心なところで剣先が鈍る。

 同じように、決心も。

 弱い心が表に出るこの癖は、今日(こんにち)に至っても抜けていない。


怪物(モンスター)が相手であれば、問題ないんだけどなあ」


 強くなんてない、とリンは心中で呟く。

 自分がした事が原因となって何かを失う事。誰かが傷ついてしまう事を、俺は極度に恐れているんだ。

 不覚にも視界が滲み始めたことに気が付き、慌てて目元を拭う。誰かに見られていただろうか、と視線を巡らしてみたが、幸い誰もいなかった。

 戦士としての技能だけでじゃダメだ。俺は、精神的にも一本立ちしないといけない、とリンは月を見上げ思う。

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