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侍たちの隠れ里

 行動指針を決めた後の彼女らは迅速だ。

 次の日の朝、朝露が晩夏の日射しに消えぬうちに、ルティスを加えた五人はブレストを経つことになった。目的地であるレイド村は、ゆっくり歩いて二日強の場所に存在している、人口精々数百人程度の農村である。

 もっとも、極々平凡な農村にしか見えないレイドであるが、本来の姿は、異国の地を発祥としている独自の剣術を伝承している集団──(サムライ)たちの隠れ里なのである。

 故郷への凱旋に胸を弾ませるリン。もちろん彼女は翼があるのだから飛んでいった方が余程早いのだが、足並みを乱しても意味がないので徒歩である。足が痛いの疲れたのと不平を並べるコノハを無視して行軍は続く。

 彼女が愚痴をいうのはいつものこと。むろん、誰も取り合わない。

 村が近づくにつれて、街道沿いの景色も平地より林地の方が多くなってくる。レイド村が、人里離れた場所にある証左である。懐かしいなあ、あいつさえ居なければ、俺だってもっと頻繁に里帰りしたいんだけどな、とリンは思う。歩みを進めているうちに懐かしい景観が増えてくると、彼女の胸中にも郷愁の念がわきあがる。


 そして、出発から三日目となる昼下がり。一行はレイド村の入り口まで到達した。

 ここまで道中、なんの問題も起こらなかった。

 国家間によっては緊張状態にあるとはいえ、戦時中ではないのでこれがむしろ普通である。第一、女性ばかりとは言え、一目で冒険者とわかる武装集団に襲撃をかける物好きな盗賊などいない。返り討ちに遭うのが関の山、なのだから。

 村の外周を囲むように、外部からの侵入者を阻む塀が設けられていた。高さ二メートルほどの簡易的なものとはいえ、あると無いとでは雲泥の差。備えあれば憂いなしである。

 村の正門として設置されているのは両開きの木製扉。そんな正門の脇には、二名の見張りが立てられていた。規模こそ小さくとも、しっかりと警備体制が敷かれているあたりに、普通の農村とは違うんだぞ、という仰々しい雰囲気が垣間見える。


「これはリン殿、お勤めご苦労様です」

「……や、ども、お疲れ様。できればなんだけど、そっと通させてもらえないだろうか」


 村ではすっかり顔馴染みの彼女。門番の一人から歓迎の挨拶をされるが、リンは小さく手を振り素っ気無く応える。

 リンの反応が予測と違ったのか彼らは不思議そうな表情を浮かべたが、面々の素性と目的を確認したのち、一行を村の中へと招き入れた。

 冒険者を志し村を旅立ってから、もう二年になる。当時と比較しても村の様子に大きな変化がないことを、リンは内心で嬉しく思う。変わりがないということは、大きな問題も起きていない、ということなのだ。

 左手側に広がっているのは、一面の田園風景。飛び交うトンボの群れが、すっかり黄金色に染まった稲穂の上に屈折した影を落とす。今年も稲の育成状況は良さそうだ。懐かしい思い出が蘇ってくると、心地よい安堵感を覚える。

 だが、次の瞬間、右手側視界の隅に、リンは動く影を認めた。


 ──くそ……奴だ。もうきやがったはええよ。


 心中でリンは、こっそり悪態をついた。

 その不審な影は、右手側に広がっている林の中を滑るように移動している。影は気づかれないように──というか、既にリンを始めとして何人かは気づいているのだが──こちらとの距離を計りながら併走している。だが、突然木々の陰から飛び出すと、リンたちの──もとい、リンに向かって一直線に駆けて来た。


「え、なんか変な人が近づいてきましたけど? あの、リンさん、危ない!?」

 怪しい影の接近に気づいたルティスが緊迫した声をあげるが、

「ああ、問題ありませんよ。これはいつもの一幕です」

 シャンの抑揚のない声がそれと重なった。

「え、でも」


 いやむしろ、気に留めた様子がないのは、なにもシャンだけではない。コノハとオルハに至っては注意を向けることすらなく、山間の景観がどうとか談笑を続けている。

 ルティスは困惑した表情で、接近してきた影の正体を見極めようと注視する。それは、黒い衣服に身を包んだ長身の男だ。上背があって体格がよく、短く刈り揃えられた黒髪は癖毛なのかツンツンと逆立っている。

 男はリンとの距離をひと息に詰めると、右手に握り締めていた木剣を渾身の力で彼女に向け振るった。

 その攻撃を、視線を正面に向けたまま、リンは刀の鞘を立てて防いだ。がぎぃぃぃん! という鈍い音が周囲に鳴り響く。

 ふむ、というリンの呟きが落ちる。

 ぎりぎりぎり……と数刻のあいだ(つば)迫り合いが続いたのち、男は後方に一旦下がって距離を取った。

 が、間髪入れずに男は逆方向から再び打ち込んでくる。

 弧線を描く木刀。

 なおもリンは刀を抜くことなく鞘で受け止めると、今度は力任せに押し返した。


「なるほど。さらに出来るようになったな、リン」


 多少よろけるも、男の顔に浮かぶは不敵な笑み。

 一方でリンは無表情。

 争う二人を他所にどんどん先に行ってしまう三人との間でオロオロし続けるのはルティス。

 なんともシュールな光景が展開されるなか、二人の攻防? はなおも続く。


「だが、こいつならどうかな!?」


 数回木剣と刀の鞘が衝突したあと男が繰り出したのは、ぶぅんという壮絶な音とともに放たれた最上段からの斬撃。しかし振り下ろされたその軌道も、リンは軽くサイドステップをすることで難なくかわす。


「だいたい、足元がお留守なんだよ」


 呟きとともに、リンは軽く右足を差し出した。

 突っ込んできた男は哀れ、勢いを殺しきれずリンの足に引っ掛かると、そのまま盛大に地面の上に転がった。「ぐえ」と言う断末魔の叫びをあげて。

 もう、いいよな?

 こんだけ付き合ってやったし、もう大丈夫だよな?


「うぜぇぇぇぇぇぇっ! 俺を見かけたら取りあえず勝負を挑んでくるのを止めろ!? 毎度毎度懲りない奴だな!?」


 いまだ地べたに横たわったままの、黒髪の青年に向けてリンが怒声を上げた。

 この青年の名前はタケル。リンがレイド村に住んでいた頃からの幼馴染であり、また、侍衆を束ねている村長の孫でもある。しかしどういう訳か幼少期よりリンの事を過剰なまでにライバル視しており、事あるごとに彼女に対して勝負を挑んでくるのだ。

 ──無論、一方的に。

 決して剣術の才能が無いわけではない。恵まれた体格から推測される通り腕力もあるし、太刀筋も速くて鋭い。ただ、武器を力任せに振るう癖が強く、リンに言わせると足元を中心として隙が大きい。体幹をもっと鍛えろ! とリンは言いたい。そんなわけで二人の通算成績は……まあ、敢えて言うまい。


「茶番は終わりましたか?」

「……喧嘩するほど仲がいいって言いますしね~」

「うるせぇ! 断じて仲良くなんかねぇわ!!」


 ようやく足を止めたシャンとオルハの茶化す声を、リンが全力で否定した。完全に唾が飛ぶ勢い。汚いなあ、と眉をひそめるコノハ。


「しょうがないだろ! 俺は被害者なのになんで非難されるんだ!?」


 一方、そんな三人のやり取りもどこ吹く風。タケルはすっくと立ち上がって衣服の裾についていた泥汚れを手でぱんぱんと払うと、背筋をぴんと伸ばしてオルハに手を差し伸べた。


「これはこれは、お恥ずかしい姿を見せてしまいましたねお嬢さん。このように何もない長閑(のどか)な農村ではありますが、ゆっくりして行ってください。この私がご案内してさしあげましょう」

「……あらあら~」


 何も考えてなさそうな柔和な笑みを浮かべ、オルハはタケルの手を取った。彼女は本音を隠して様々考えている時と、本当に何も考えていない時の二通りがある。元来無表情なので本心を読み解くのは骨が折れるが、おそらく今は後者だろうな、とリンが肩をすくめる。気楽なもんだ。


「それにしてもどういう風の吹き回しだ、リン。お前先月も来たばかりじゃないか。もしかして、俺の顔を見たくな──」

「そんなことは断じてないから心配するな。ちょいとばかり野暮用があってね。師匠に接見したいんだが、今屋敷にご在宅か?」


 いきなり殴りかかってくるんじゃなくて、そういうやり取りから入るもんだろう普通は、という不満をなんとか抑え、リンはそう返した。


「なるほど、目的は爺か。いや、居るはずだぞ。そうそう用事がある訳でもねぇしよ」

「そっか。ならいいんだけど」


 レイド村の村長がテッサイなのである。彼は村長であると同時に、侍たちを束ねている長の役割を兼任している。またテッサイは、リンが師匠としてお世話になった人物でもあるため、一人前の冒険者となった現在でも彼女はまったく頭が上がらない。

 テッサイは侍たちの長であるだけに、剣士としての実力も人並み外れている。そのわりに不可解なのはタケルの実力か。血筋すら疑ってしまうなんともいえない残念さが、長年に渡ってリンが疑問に感じていることのひとつだった。


「それはさておき、さあさあマドモアゼル。どうぞこちらへ」


 タケルは優雅にオルハをエスコートして、一行を案内するように歩き始める。オルハがヒートストロークに加入したのは半年ほど前のこと。そういえば、タケルとオルハは対面してまだ日が浅かったな、となんとも妙な彼の反応を見てリンは思う。

 頭痛い、とこめかみ付近を押さえ歩いていると、タケルが突然振り返った。


「な……なんだよ?」


 真っ直ぐにこちらを見据える瞳。久しく見せたことの無い彼の真剣な表情に、予期せずリンの胸が高鳴った。


「今日の勝負だが、引き分けという事にしておこうか」

「どのあたりがだ!? 俺は刀を鞘から抜いてすらないわ!」


 思わず躓きそうになるリン。しかし彼女は気づかなかった。タケルが自分の他に、もう一人の人物を注視していたことに。

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