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帰るべきトコロ①

 勇気を出せない私に代わって、真実を伝えてくれたことを感謝すべきかしら。今こそ懺悔をする時、ということなのね運命さま。そう覚悟を決めると、ルティスはゆっくりと立ち上がった。


「そうね、彼の言っていることは全て本当。ボクはいくつもの街を廃墟に変え、数多の命を奪ってきた邪悪な存在……。驚いた? それとも、幻滅してしまったかしら?」


 たとえそれが、自分の意思じゃなかったとしてもね。


* * *


 ラガン王国が、圧倒的武力を持って地上の国々を侵略したことも。肉体改造で病に打ち勝ったルティスが、兵の先頭に立って出撃を繰り返していたことも、全てが真実だった。

 だが、陣頭指揮を執っている最中、ルティスはたびたび意識を失うことがあった。

 次に意識が戻ったとき彼女が目にするものは、必ずといってよいほど、廃墟になった地上の都市だった。

 激しく燃え続ける街並み。逃げ惑う人々の声。それらが、自分の行動がもたらした結果なのは明白だった。どうして記憶がなくなるのか、という疑問が首をもたげた。自らの行いに戦慄しながらも、これは戦争なのだからしょうがないのだと、必死に自分を納得させた。

 しかし、何度も同じことが繰り返されるうちに彼女も気がついた。


 ──自分の中に眠っている、もう一人の少女の存在に。


 怒りや悲しみなど、強い衝動に突き動かされて精神が昂ぶると、もう一つの人格である『リリス』が表に現れてくるのだ。

 流石にこれは何かがおかしい。そう感じてリリスのことを父に相談したとき、彼が酷く驚いたことで確信に至った。自分らは、神官たちに騙されているんだと。おそらくあとひと月もしないうちに、リリスの魂に侵食されて、自分の存在が消え去ってしまうんだということを。

 その時になって初めて、『最終兵器』として完全体になるんだ、ということも。

 この話を聞き、協力を申し出てくれたのが兄であるバルティス。

 彼は魔族の遺伝子を組み込む実験に自ら志願すると、見事耐え切ってみせた。魔族と人間の中間体ともいえる、強大な力を手に入れた。

 こうして二人で、探し求める日々が始まった。自身の中にある魔族の魂を消し去る方法を。覚醒を、食い止める方法を。


* * *


「ああ、幻滅したな。もの凄い残念だよ」


 かぶりを振ったのち、リンが大きく息を吐き出した。


「ルティスがしていた行為についてもだが、真実を打ち明けてくれなかったことにだよ。……そうか、ようやく腑に落ちた。だから、自分が犯した罪を償うつもりで、全部一人で方を付けようなんて考えていたのか……。本当にバカだよお前は。そんな程度で壊れてしまうような信頼関係じゃないんだよ俺たちは!」


 リンの叫びが、ルティスの心を激しく揺さぶる。後ろめたさで、視線を合わせることができない。


「前にも言ったじゃないか? ……辛いことも悲しいことも、全部分かち合うからこそ、仲間なんだろ!」


 俯いて、唇をきつく噛み締めるルティスの背中に、オルハがそっと手を触れた。


「……あなたは辛かったのですね。抱えきれない程の、罪と後悔を抱えてきたのですね。それでも、逃げてはダメ。あなたが奪った命の数だけ、生きて償いをしなさい。それこそが、あなたがやるべきこと」


 一度解放して腕で、もう一度ルティスを抱きしめながらコノハが言った。「知ってたよ」と。


「え?」

「ルティスが嘘をついていることも、嘘をついている理由を話せずに苦しんでいることも、全部知っていた。でもね。そんなふうに、自分だけを責めなくても大丈夫なんだよ。……だって、私たち親友でしょ? あなたのことも、犯した罪も、全部まとめて私が許すから」


 その時、ルティスの視界が涙で滲んだ。


「ボクは、辛かったんです……。自分のした行為が恐ろしくなったんです。だから、自分の力も、記憶も、浮遊石の魔力も。全てを封印して無かったことにしようと思った。それが、運命から逃れるだけの愚かな行為だと知っていてなお。そうして逃げたんです」

「それなんだけどさ……」と思いついた風にシャンが言った。

「たとえ、『最終兵器』という存在だったとしても、ルティスは過去の罪を清算したいと考えている。そのことを問い質す者も、今はもういない。聖職者である私が言うべき台詞かどうかはわかりません。けれど、償うことができない罪なんて、実はそんなに多くないのです。破壊のために、二度と力を行使しないと誓うのであれば、それでいいのではないでしょうか?」

「ダメなんです」

「ダメ? どうして?」

「この体は、ボクの中に存在している魔族の少女と共有しているもの。確かにこれまでは、殆ど彼女に体を明け渡すこともなく、安定してその意識を抑え込めていました」


 ですが、とルティスは自らの胸に手を押し当てた。酷い頭痛と胸の痛みは増すばかりで、堪えながら話を続ける必要があった。


「彼女──リリスの影響力が、日に日に強くなっています。おそらくは、あと数日……いえ、それまで耐えられるかもわかりません。もうまもなく、ボクの心は飲み込まれて消滅してしまうでしょう。その時にこそ、最終兵器は真の意味で完全体になるのです」


「そんな……!」というコノハの悲鳴と、オルハの声が重なった。「……そう。だからあなたは、時間が無いと焦っていたのですね」


「日々リリスの魂が自己主張を強めるなかで、でも、覚醒を止める手段を見つけられず、浮遊石の魔力ごと封印して一時しのぎをしようと考えた。けれど、封印は五百年の時を経て完全に損なわれてしまった。もう、時間がないんです……!」

「……今思うと納得ですね。そういった事情を心得ていたからこそ、神官たちは積極的にルティスを取り戻そうとはしなかった。否、黙っていても覚醒は進むのだから、取り戻す必要がなかった」

「じゃあ、どうすればいいの!? それでもなにか方法があるんでしょ!? それを教えてよ、ルティス!」


 コノハの声が周囲に木霊した。ルティスは右手で、そっとコノハの手を握り締めた。もう一方の手は、浮遊石へと直接触れる。


「……そっか、終焉の言葉。それで魔族の魂は消えるのね?」


 ええ、とルティスは頷いた。そう。最初からこの方法しかなかった。

 それなのに……暖かいこの世界に、仲間たちの元に留まりたいという自分の未練が、決心を鈍らせていたんだ。体が疼くのよ。ねえ、そろそろいいでしょ? いい加減に私と交代してよ。そんな声が、身体(からだ)の内側から響いてくる。

 ──でも、それは無理ねリリス。私も、あなたも、この世界にサヨナラをする時が来たのよ。


「コノハ……。私の手、ちゃんと握っててね」


 私の心が、あの子の魂に負けないように!


「一緒に帰ろう! みんなが待っているあの街へ!」


 コノハの言葉に、ルティスも笑顔で応じた。


『何をごちゃごちゃと言っているのですか? ……実に不愉快極まりない。いい加減に、意気消沈して諦めてはどうですかね?』


 苛立った声を上げた魔族の瞳を、ルティスが真っ直ぐに睨みつけた。


「この国は滅びます。あなたが欲している力も手に入りません。もちろん、ボクが最終兵器として覚醒することだってありません!」

『……戯言を。この後におよんで何を仰る。気でも狂いましたか?』

「狂っていたのは、この国とあなたの方でしょう? ……残念ながら、あなたもたった一つだけ知らなかったことがあるみたいね」

『……なんですと?』

「魔族の少女と肉体を共有している身であり、また、神官の一人。そんなボクでも、この国の正統な王位継承者なのです」


 ──父から託された使命。今こそ果たすとき。


「ラガン王国の新たな王として、ここに宣言します。これが、ボクの王として最初で最後の仕事。五百年の永きにわたり燻り続けてきた歴史に、今こそ終止符を打つ時」


 ──もう、私は迷わない! 私には『帰るべきトコロ』があるんだから……!


「これは、父がボクに残してくれた最後の手段。ラガン王国の全てを終わらせるための、終焉の言葉よ」


 ルティスがコノハに目配せをすると、二人揃って声を張り上げた。


『すべてのものを、元ある姿へ!!』


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