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最終兵器の正体

 青い瞳の少年──バルティスは、音もなく一行の前に降り立った。

 気のせいだろうか、とルティスは思う。まるで路肩の石でも見るみたいに彼の眼差しは冷たく、浮かべた笑みもどこか素っ気ない。優しかったころの兄の面影はまったくなかった。


『久しぶりですね、アデリシア』


 兄が、自分のことをファーストネームである『アデリシア』と呼んだことに、困惑が益々強くなる。何かを掛け違えているような、釈然としない思いがルティスの心にのしかかる。


「破壊の力を止めるために、魔族と戦っていたんじゃないの!? ディルクスを倒したら、それで終わりになるんじゃないの!?」


 ルティスが感じている疑問を代弁するように、コノハが怒りの感情をぶちまけた。


『そうでしょうね。……彼の目的ならば、仰る通りだと思います』


 自らの胸に手を添え少年は愉悦の笑みを浮かべた。まるで、そこに何かがあるかのように。


『しかし、残念無念。私の目的は違うのです。私が欲しているものは、圧倒的な破壊の力』

「どういう意味なの?」

『そこにいる小娘が、余計な封印を施してくれたばかりに、私は五百年もの長い間待たされる羽目に陥ったのです。あ~実に不愉快』

「……」


 少年が話している内容が、手持ちの情報とうまく合致しない。戸惑いをかかえてみんなが押し黙るなか、少年はぞっとするような冷たい視線をルティスに注いだ。おかしい。あなたは誰なの? とルティスは心中で思う。そもそも、ラガン王国の機能と自分の記憶に封印を施したのは、他ならぬ私と兄の二人なのに。


「圧倒的な破壊の力……ね。最終兵器とやらのことを言っているんだろうけれど、残念だったな。俺たちの目的は、そいつの覚醒を止めることなんだ」

「そうそう!! 私たちの目が黒いうちは、アンタの好き勝手になんてさせないんだからね!」


 抜刀し、切っ先を少年の方にリンが向ける。コノハも両手で杖をしっかり握り直すと、いつでも詠唱を始められるよう集中力を高めて行く。他の二人も、武器を構えながら、少年との距離を慎重に測った。

 四人の動きを目で追いながら、少年は突如として下品な声で笑い出した。狂気をはらんだ声音に気圧されて、リンたち四人の動きが止まる。違和感が、心中で更に澱みとなる。やはり何かがおかしいと、ルティスは感じた疑問をそのまま言葉にした。「あなたは、誰なの?」と。


『くっくっく……。ようやく理解しましたか? そう、あなた達は、……一つ……二つ。思い違いをしている』

「……思い違い?」


 オルハが矢をつがえながら質問した。みんなが困惑している様子を、少年は満足そうに眺めた。


『まず、一つめ』


 そう言って彼は指を折る。


『そこの椅子に腰掛けたまま息絶えている方が、あなたの兄、バルティスなのですよ』

「そんなバカな!?」


 全員の視線が、魔族──ディルクスの亡骸へと集中した。その姿は、ディルクス大佐と名乗っていた魔族のもので間違いないだろうし、目の前で邪悪な笑みを浮かべている少年だって、ルティスの兄であるバルティスで相違ない。今おかれているこの状況が、たとえどれだけ信じ難かったとしても。


『これは滑稽ですね。どうやら、まだ私の本当の能力に気づいていないようです』

「もっとわかりやすく説明してください!」


 ルティスが憤りのこもった叫びをあげる。


『私が持っている能力は、他人の姿を模倣することなどではありません。対象となった人物と私の魂を、完全に入れ替えてしまう、といった方が適切でしょうか。わかりやすく言いましょう──この「肉体」は、間違いなくバルティスの物ですが、入っている魂は魔族である私のもの』

「どういうこと? じゃあ、兄さんの魂は……」

『そこに座っている、用済みの肉体の中にありますよ。ああ、ひょっとしたらもう、地獄に落ちた後かもしれませんが?』

「兄さん……そんな……。もう一度だけ、話がしたかったのに……」


 ははは、と乾いた嘲笑をバルティス──いや、ディルクスといったほうが適切だろう──が上げると、膝から崩れ落ちるようにルティスがへたりこんだ。慌ててコノハが抱きとめる。


『そして、私の魂──というか本体は、むしろこの宝石なのです』


 ディルクスが左手首を晒すと、深紅の宝石が露わになった。それを見て、慌ててルティスが魔族の亡骸に視線を向ける。


「あっ……。ない、ディルクスの手首にあったはずの宝石が」

『あなたは、自分と同じように実験によって私がこの宝石を体に埋めこんだ、とでも思っていたのでしょうが、それ自体が勘違い。実験によって追加したのは浮遊石から放出される魔力を受け取る力のみであり、私の魂は元よりこの中に存在している』

「じゃあ……、姿を模倣しているわけではなく、宝石の中に入っている魂ごと、対象の肉体に乗り移ってきた、ということなの?」


 信じられない、といった顔でコノハが訊ねると、『ご明察』と魔族がほくそ笑んだ。

 全然知らなかった、とルティスが歯噛みする。

 宝石。

 魂。

 ──あ。思い至ることがあって左手首の宝石に視線を落とすと、空色だったはずのそれは、真っ黒に変色したうえ熱を帯び始めていた。


『イメージとしては、憑依する能力に近いでしょうか? この力を発動させるトリガーとなるのは、現在器となっている体が致命傷を負ったとき。そして、魂を交換する対象となるのが、致命傷を与えた相手。もう、お分かりでしょうか? ……彼が圧倒的な力を持って、私を止めようとしたところまでは良かった。いささか行儀は悪かったですけどね』


 しかし、と魔族は自分の胸に手を置いた。下卑た笑いとともに。


『少々詰めが甘かった。一撃で心臓を貫くものですから? あっさりと能力を発動できました。こうして宝石ごと移動して彼の肉体を乗っ取った私は、使い古しの肉体を抱えてここまでやって来た、というわけです。迂闊、じつに迂闊。無知であったことこそが、バルティスの敗因です』


 状況を理解したことで、ディルクスに向けられていたリンの刀が、力なく下ろされる。


『そう、賢明な判断です。もし、あなたの刃が私の心臓を貫けば、次はあなたが私の器となるだけのこと。久々の女の体も、まあ、悪くはないですが?』


 どうしましょうか? という意味の視線をオルハがリンに投げ掛けるが、彼女はなにも答えられない。端的に言って、思いつく方法、手段がなかった。


『そして、思い違いの二つめ』


 憎悪の視線が自分に注がれていることに、魔族は恍惚とした表情を浮かべていた。


『ラガンの最終兵器とやらが、この場所に眠っていると勘違いしているようですねえ』

「違うっていうの? もしかして、最終兵器なんてものは存在しない?」


 コノハの推測を、魔族は笑い飛ばした。


『そう思いたくなるのも当然でしょうか? ですが、ちゃんとありますとも。ほら、直ぐそこに居るじゃありませんか? もう、二十日ほども前から、あなた方のすぐ側にあったじゃありませんか』


 魔族の視線が向いている先を目で追って、思わずコノハは息を呑んだ。


「嘘でしょ……? だって、それじゃあ」

『そうでしょう? ラガン王国第一王女、アデリシア・ルティス・フィンブレイド。またの名を──』


 ──ラガンの最終兵器。


 リンの、シャンの、オルハの──全員の視線が、コノハの腕の中で震えているルティスに集中した。


「貴様……!」

『おやおや、怖い顔をなさるのですね。むしろ私は、あなたの命の恩人でもあるはずなのに』

「なんだそれ、どういう意味だ?」


 わけがわからない、とばかりにリンが叫んだ。


『順序立てて説明しましょう。話の発端は、五百年前までさかのぼります』


 そうして魔族ディルクスは、ゆっくりと語り始めた。


* * *


 時は今から五百年前。

 城下街を一望できるラガン王城の一室で、当時の王ブルークと、神官の一人ディルクスが会話をしていた。


「魔族の遺伝子との融合実験を、娘に試せだと?」

『左様でございます。このままではあなたの可愛い愛娘も、季節が変わる頃には病にその身を蝕まれて命を落とすでしょう。悪くない、選択肢だと思いますが?』


 それは、紛れもない事実だった。国民の多くが罹患し今なお衰えを見せない死の病が、ついに彼の娘であるアデリシアにも襲い掛かったのだ。魔法や錬金術で生成した薬品による治療も一切効果がなく、近日は、強い発熱が続いていた。


「しかし、今までただの一人も実験に耐えられた者はいないではないか! お前にそそのかされて禁断の手法に手をだしたものの、結果は散々だ!」


 ここまで数十人の患者に魔族の遺伝子を組み込む実験を行ってきたが、全て失敗に終わっていた。死期を早めるだけの愚作だという反発の声も、内部で強まり始めていた。

 確率的に見ても、成功の目は無い。


『そうですね。そこで提案なのですが、あなたが秘密裏に進めている「あの計画」と一緒に行うのはどうでしょう』

「最終兵器化計画のことか?」


 何故知っている? とでもいいたげに、ブルーク王は驚きで目を見開いた。


『その通り。悪くない提案だと思うのですが?』

「馬鹿げている。あれは純粋に兵器として最高の物を造ろうという計画だ。ベースとしてヒトを用いるなど言語道断。当初の予定通り、クローン体で完成させる」

『ですが、そのクローン体とやらも、ヒトとしての意思を持たない失敗作ばかり量産しているではありませんか』

「ぐ……それは」


 ラガン王国の技術力を持ってしても、ヒトと類似──ようは、自我を持ったクローン体の生成には成功していなかった。特定の行動パターンを反芻するだけの、いわば人型の人形を造るのが精々だった。


『ですが、ベースとして高い潜在能力を持っているあなたの娘を使えば、この問題は一度に解決する。魔族の遺伝子に耐えられなくなる可能性も、あなたが開発した魔力増幅宝石(チップ)を融合すれば解決するでしょう。たとえ肉体が滅びようとも、それに勝る回復力があれば補える』


* * *


『こうしてまんまと実験は成功した。驚いたことにあなたの肉体は、宝石からの魔力供給に頼ることなく、ごく普通に魔族の遺伝子との融合に耐え切ってみせたのですが』


 子を思う親というのは、時として盲目になってしまうものなのだろうな、とコノハは思う。なるほど。これこそが、先ほど国王の声が言っていた後悔の中身なんだ。


「そうか、ようやく全部わかった」


 自分が思うより低い声が出たことに、ルティスは驚いた。だが、構うもんかとそのまま次の言葉を吐き出した。


「私はてっきり、魔族の遺伝子を組み込まれたことによって、自分の中に魔族の魂が宿ったのだと思っていた」

「魔族の魂!?」とコノハが息を呑む。

「滑稽なものね。それすらも全部勘違いだったなんて。最初から仕込んでいたのね? 左手に埋め込まれた宝石の中に、リリスの魂を」

『そういうことです』とディルクスが頷く。『娘可愛さにまんまと計画に乗ったバカな国王のおかげで、思惑通り、リリスの魂をあなたの中に宿すことに成功した。ただひとつ誤算だったのは、あなたの魂が、リリスに打ち勝ってしまったことなのですが』


 ──……もう休みなさい、アデリシア。


 その時、ルティスの心の中で、今までよりハッキリと彼女の声が聞こえた。


「ふざけないで!!」


 突然叫び声をあげたルティスに驚き、コノハは思わず抱きしめていた手を解いた。


『最強の魔族とラガンの王族、そして錬金術と魔法の全てを結集させた、最高傑作』


 高笑いを続けるディルクス。


『国王の命に従い地上の王国を次々と焼き尽くし、人々に畏怖の念をもってラガンの最終兵器と呼ばれた存在。それこそが──その娘の正体なのですよ』


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