再会
力なく垂れている魔族の四肢を確認しながら、これは、とオルハが息を呑んだ。
「……死んでいますね。左胸から背中にかけて、貫通した傷があります。おそらくこれが致命傷でしょう」
「貫通してんのか」
リンの声にオルハが頷いた。魔族の亡骸を観察しながら、更に続ける。
「……ええ。傷を作った人物は、かなり腕力があるのでしょう。この角度からでは、普通は骨で遮られてしまいますからね。……それと、椅子の座面や床などといった周辺を観察してみても、血痕が殆ど見られません。これは不自然です。彼は別の場所で殺害されたのち、この場所まで運ばれてきた可能性がありますね」
「魔族の亡骸を抱えてラガン王城の最深部まで運ぶ? そんな芸当は俺にだって難しいぞ。それにこいつ、あの時の魔族だよな?」
確認を求めるようにリンが周囲を見渡すと、全員が首肯した。仮面をつけていたためその顔までは確認できていないが、髪の色や背格好から見ても、彼女らがフレイと対峙したあの日、眼前に姿を現した魔族であるのは間違いない。
「やっぱり、コイツがディルクスなんだな」
「そういうことですね。もっとも、この姿自体が模写なのでしょうし、真実の姿というものは『ない』に等しいのかもしれませんが」
やはり、当時とはまったく姿が違うのね、と思いながら、ルティスはディルクスが持っていた『姿写し』の能力について考えをめぐらせる。
五百年前、ディルクスだけは倒しきれずに取り逃している。ラガン王国の魔力を封印した理由のひとつが、私同様、宝石から供給される魔力への依存度が高い彼の能力を制限するためでもあった。それでも彼は、何度か姿を変え、名前を変え、歴史の陰に隠れて生き延びてきた、ということなのだろうか。
「ところで、この装置は何なんです?」
椅子の背後に置いてある、金属製の箱にシャンが目を向ける。
「これは、三日前の夜に発射された、熱線砲の発射制御装置です。五百年前、ラガン王国が侵略国家として恐れられていた時代に、地上の街をいくつも焦土に変えていった、忌まわしい兵器の正体」
「ちょっと待って! あんな恐ろしいまでの破壊力を持った光線が、何度も地上を襲ったというの!?」
悲痛な叫び声を、コノハが上げた
「残念ながら」
「でも、弾丸は人の命だってこの間言ってたじゃない! それだと──」
「その認識で合っていますよ。この椅子にヒトを座らせ装置と連結することで、生命力を吸い上げエネルギーに変換し発射したということです。タイミングが悪かったといいますか、疫病の流行があった関係上、余命幾ばくもないヒトを調達すること自体は当時容易かったですからね」
「たとえ死ぬと分かっている人間だったとしても、そんなのダメだよ!!」
コノハの叫びに、ルティスが鎮痛な笑みで応えた。
「コノハは優しいのですね。でも、それが普通の感性でしょうか。だからこそ、私の父も苦悩していたのです」
「そうか。これこそが、先ほど国王の映像が言っていた『間違い』の正体」
リンが思案げに言うと、ええ、と彼女の言葉に同意を示し、ルティスはなお説明を続けた。
「こんな忌まわしい兵器が開発された背景にあるのは、ラガンが人間の遺伝子からクローンを生成する研究を行っていたことと無関係ではありません」
「……確かに、クローンであれば、理論上無尽蔵に生成することも可能ですね」
「ええ」とオルハの声に自嘲気味にルティスは呟く。「エネルギー源がクローン体であっても、熱線砲は凄まじい威力を捻出します。ですが、この兵器の本当に忌まわしいところは、生贄として捧げた者の魂の強さに応じて、何倍にも威力を増幅させる点でしょうか」
なるほど。私の力ですら受け止められなかったのも、今なら頷けるわ、とルティスは思う。
「魔族の命と引き換えに、あの威力を叩き出したという訳か。恐ろしい兵器だな……。ということは、ラガンの最終兵器の正体って、実はこれのことなんじゃないのか?」
椅子に繋がれたままの魔族と発射装置とを、交互に眺め、リンが思案顔になる。
「……いいえ、違うのですよ。それはもっと恐ろしい物なのです。ボクも、いまだ目にしたことはありませんが」
「でもさあ、ここはラガンの最深部だろう? ここまで来てなお、『最終兵器』とやらを拝めないのはおかしいんじゃないのか?」
リンが向けてきた訝しむような視線から逃れるように、ルティスは顔を背けた。その時不意に、彼女の左胸を襲う鈍痛。心臓のあたりに手を添えて、ルティスは波立つ心を宥める。まだよ、もう少しだけ待って──リリス。
ルティスの対応が気にかかりつつも、嘆息とともにリンは質問を変えた。
「ところで、魔族であるディルクスを殺害し、この場所に運ぶことができるのって、ルティスを含めて二人しかいないんじゃないの。そもそもの話」
瀕死の魔族を抱え、ラガン王城の最深部まで運ぶ。そんな芸当をやってのけるのはたとえルティスでさえ骨が折れるだろう。この事実は、一人の犯人像を、みんなの心中で浮き彫りにさせていた。
「ええ、その通りなのです。並み居る守護兵の群れを突破し、この場所まで到達できるのは、四人の神官と王族のみなのですから」
私たちは、神官たちが実行に移した忌々しい計画を止めるために、当時戦っていた。そうだと信じていた。でも……違ったの? あなたの目的は、ただ、破壊の力を独占することにあったの?
わからないよ、全然。
「なんでよ! どうしてなの!? 教えてよ、兄さん!」
『……我が国の最深部にようこそ。待ちくたびれてしまいましたよ』
不意に頭上から掛けられた、聞き覚えのある声。いったいいつからそこに居たのか。振り仰ぐと、中空に浮遊している少年の姿が見えた。
一対の漆黒の翼。青い瞳と頭髪。それは、満月が綺麗だったあの夜以来となる、兄妹の再会だった。




