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失われた空中庭園①

 結論からいうと、全員が無事だった。いち早くコノハに追いついたルティスが彼女の首根っこを捕まえ、そのルティスを背後からリンが支えた。

 縺れ合うようにして五人は無理やり滑空の体勢に移り、草地の上に転げ落ちるような恰好にこそなったものの、大した怪我もなく着地した。


「もしかして、空を飛べるにもかかわらず、神官の奴らが飛行船の建造を進めていた理由って、これもあるのかな」


 首根っこを強く引かれたことで、軽く噎せ返りながらコノハが呟く。


「どうでしょうね」

「ルティスは肝心なところが、抜けてるよね~……」


 二度、三度咳きこんだ後で、コノハはふらふらと立ち上がった。

 五人が降り立った場所は、ラガン王国の外周付近のようだった。


 頭上に見えるのは、青味が強くなってきた明け方の空。視界一面に広がった草地の先に見えるのは、石造りの建物が連なり、通路が迷路状になった街並み。街の中心部には巨大な王城が聳え、街の外周は、鬱そうとした森に囲まれている。そこから伸びた蔦や枝が複雑に絡み合いながら、外壁や建物のそこかしこを侵食していた。

 永い月日の経過を感じさせる幻想的な光景に、一同から感嘆の声が漏れた。


「目的地は、街の頂きに聳えている王城です。ここから少し距離がありますが、徒歩で向かいましょう」


 脅威となる存在の数も強さも把握できていない今、不用意に動き回って的になるのを避ける必要がある。それもそうだな、と頷いて、一行は歩きは歩き始める。

 しばらく歩いたのち、街の内部にルティスらは足を踏み入れた。

 五百年振りとなる王都の姿。だが、当時を懐かしむには、いささか街の景観は変わりすぎていた。長いあいだ風雨に晒され続けたことにより、連なる石作りの建物は所々が崩れ、白かったであろう外壁も風化が進みくすんだ色になっている。故郷への凱旋にしては、随分と味気ないものね、とルティスの胸中に寄る辺ない気持ちが駆け抜ける。

 視界の先、王城の近くにある小高い丘が見えた。あの場所は、ルティスがかつて兄を一緒によく登った場所だった。都市そのものが空の上にあったため、晴天時には突き抜けるような星空が見えたことを思い出す。

 あの丘で、兄と色々な話をした。内容は、大半がどうでも良い日常のことだったと記憶しているが、自分たち兄妹が普通のヒトではなくなった後も、よく語らっていたものだ。

 今でも、あの場所は当時のままだろうか。

 あの時と同じような満点の星空は、今でも見えるのだろうか。

 しかし、兄と語り合う日はこの先きっとこない。根拠があるわけでもないが、そんな予感めいた覚悟がルティスの胸中で芽生えた。


 その時、隣にやってきたコノハが、ルティスの指先を握った。

 自分は、よほど辛い顔でもしていたのだろうか。

 それでも今は、コノハの好意に甘えることを自分に許そうと思う。

 ルティスがコノハの手をしっかりと握り返したとき、彼女は異変を感じとった。


「どうやら、お迎えのようですね」


 残念そうなルティスの声が響くと同時に、一行の下に影が落ちる。みなが視線を上げると、悠然と上空を通過する魔物の姿が見えた。

 灰褐色の体躯。一対の分厚い翼に悪魔を思わせる顔立ち。耳を(つんざ)く咆哮が大気を震わせた。その数十体。


守護兵(ガーディアン)か。襲ってこないよな?」


 油断なく刀の柄に手を掛けたリンの予測を嘲笑うように、魔物の群れが急降下を始める。


「……というわけにもいかないようだな」

「そのようですね」


 ルティスが宝石をかざしても止まらないところを見るに、突然変異体か何かだろうか。


「……やるしかないようですね」とオルハが弓に矢をつがえると、背を合わせてコノハも詠唱を始める。「肩慣らしには丁度いいかな?」


 ルティスを護るように五人は背を向けあい輪になると、各々迎撃体勢を整えた。


「こんなところで怪我なんてしないでくださいよ。余計な魔力を使いたくないですからね」


 襲ってきた魔物のかぎ爪を障壁の魔法で弾きながら、シャンは反撃の拳を魔物の腹部に叩き込んだ。


「言われなくても。俺を誰だと思ってやがる……!」


 リンの構えた刀が複雑な軌跡を描く。左腕を狙うと見せかけての鮮やかな切り返しが、魔物の顎を切り裂いた。

 直後、魔物の背後に出現した炎の矢が、その翼を貫いた。

 コノハの魔法に撃たれて一体。降下してくる途中をオルハが放った矢に射抜かれてさらに一体。


「倍の数の魔物に襲われるなんて、モテモテじゃない私たち」


 コノハの杖から撃ち出された電撃(ライトニング)の魔法が虚空を切り裂き、合わせて二体の魔物が焼け焦げた。

 地面に落ち、なおうごめく一体には、オルハの放った矢が追撃で刺さる。


 その後もリンの太刀とシャンの拳が立て続けに魔物を屠り、力を温存しているルティスを除いた四人が目一杯躍動すると、戦闘はものの十分ほどで終了した。


「すいません。ボクが力を出し切れないばかりに」


 申し訳なさそうな声で呟いたルティスに、リンが軽口で応じた。


「なあに、いいってことよ。力を温存するのにも、何か理由があるんだろ?」

「そうです。この先に待ち構えているであろう決戦に備えて、ボクの魔力を無駄に浪費させるわけにはいかないのです」


 この場所に飛んでくるまでの間に、ヒートストロークの面々にルティスがしたお願い。それは、ラガン王城の最深部にたどり着くまで、極力魔力を使いたくないというものだった。一行は少し驚いた顔を見せたが、二つ返事で彼女の願いを了承した。

 最深部にたどり着くまでに、いったい誰が立ちはだかるのか。危惧しているとおりそれは兄なのか、それはルティスにもわからない。だが、最後の戦いにおいて、()()()()()()()()()()で戦わねばならないであろうことは確実。ゆえに、ここで無駄に使うわけにはいかなかった。


「じゃあ、行きましょうか」


 ルティスの言葉に(いざな)われ、一行はラガンの王都を進む。やがて彼女らの眼前に、王城の姿が見えてくる。地上で見られるもの、例えばエストリアの王都にある城と比較すると幾分かこじんまりとしてみえるそれは、しかし、五百年という月日の経過を感じさせぬほど壁に痛みが少なく堅牢に見えた。


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