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懺悔②

「四人の神官の構成メンバーは、先ず、ボクこと『アデリシア』。若手の魔族『ザウート』。ヒトの記憶を操作・上書きする能力を持つ魔族『フレイ』。そして最後に、他人の姿を模写する能力を持つ魔族『ディルクス』の四名です」

「ディルクス。やっぱりそいつも魔族だったんだ。異常なまでの知識量を持った飛行船の考案者だったっけ。それも今思うと、納得できる話だね」


 コノハの呟きに、ルティスが神妙な面持ちで頷いた。


「はい。まさか当時と同じ名前で活動しているとは思わなかったので、最初は偶然の一致かと思ったのですが」

「でも、そいつは飛行船の事故で亡くなったんじゃないの?」

「……どうでしょうね。そこまではなんとも言えません」

「消去法的に言うと、あの金髪の魔族がディルクスってことになるよね?」


 シャンの自宅の外で遭遇した、金髪の魔族のことをコノハは想起していた。


「そうでしょうね」

「そうでしょうね?」とシャンが反芻する。「随分と曖昧なんですね」

「先ほども言ったように、彼は他人の姿を模写する能力を持っていますからね。五百年前は、女性の姿をしていたんです、と言えば、理解してもらえますか?」


 ははは、と苦笑をもらし、コノハの顔が渋くなる。流石にあの時の魔族が、女性であるとは到底思えない。


「ただし、これだけはハッキリ言えます。ラガン王国の中心部にアクセスできるのは、四人の神官および王族の人間のみ。そして、ラガン王国を動かすことが可能なのは、王族の人間だけということです」


 えーと、と言いながらコノハが天井を見上げた。ない頭で一生懸命考えているのだろう。眉間に深いしわが寄る。


「フレイとザウートは倒したんだから、残っているのは、行方不明のディルクスとルティスの兄さんのみ」

「とはいえ、王国を動かせるのが王族だけというのなら、おのずと答えは出ているんじゃ?」


 さも当然、と言わんばかりにシャンがしたり顔で口を挟むと、コノハの顔が益々渋くなる。頭に浮かんだ推論を、そのままルティスにぶつけるのは酷すぎる。


「……いずれにしても、ディルクスとやらが生きているかどうかすらわからないんじゃ、悩んでも埒があかないでしょう」


 オルハがそう総括すると、全員が押し黙った。


「とりあえず、『どちらなのか』については置いておこう。では、そいつの目的とはなんだ?」


 リンが質問を重ねると、ルティスの返答は先ほどよりも時間を要した。


「正直、計りかねています」

「だが、目的が破壊の力を入手することにあるのは確かなんじゃ? それこそ、何度か話題にあがっている、『最終兵器』とやらの存在を含めて」

「……ええ、それはたぶん」


 なんとも歯切れの悪い回答だな、とリンは思う。最終兵器の正体が判然としないから、こんな反応になるのか。それとも、兄が関わっている可能性が高いから、動揺が表にでているだけなのか。


「それで、俺たちは、何をすればいい?」

「え?」

「まさかとは思うが、一人ですべて成し遂げようとしていたわけではないよな?」

「……」


 返す言葉を失ったルティスの様子を見て、呆れたような表情をリンが浮かべた。


「……図星なのか。本当にお前は、出会ったころとなんにも変わっていないんだな。……では、少し質問を変えよう。ルティスは何をしたい? それを成し遂げるために、どうすれば良いと考えている?」

「ボクは、ラガンの王族としての務めを果たさなくてはなりません。天空都市を動かしている人物とその目的を確かめて、これ以上の惨劇が起こらないよう、食い止めなければならないのです」


 その時ルティスの脳裏に、リンに言われた台詞が蘇ってくる。


 ──ルティスの正体が何であっても受け入れる。差し延べられた手は握る。君が迷惑だと感じたなら、俺の手を振り払えばそれでいい。だが、その瞬間まで俺たちは……仲間なんだ。


 ええ、そうだったわね、とルティスは思う。

 ……救いを求めたい。手を差し出したい。全てを、みんなに語ってしまいたい。いつかは話さねばならないと思っているが、今はまだその勇気がないのだ。

 いつの間にやら弱くなったもんね、とルティスは自嘲する。微温湯に浸かりすぎたのかしら。私が何れ、純粋な魔族になってしまうかもしれないと知ったとき、優しい彼女らが苦悩することはルティスにもわかっていた。だが、そんな彼女らの強さが、他人を守るためにこそ発揮されることも同時に知っている。弱いのは、むしろ自分だけなのだ──。

 ルティスの焦りや不安を見透かしたかのように、オルハが口を開いた。


「……それより、気のせいかしら。あなたは少々焦っているように見えるのだけれども?」

「そうです!」


 次の瞬間、ルティスの瞳から迷いの色がさっと溶け出して消えた。


「最終兵器が動き出すまで、もう時間がないのです!」

『なんだって!?』


 全員の叫び声が、綺麗にハモった。


「ボクが目覚めると同時に、最終兵器もまた活動を始めるための準備に入っています。……猶予はおそらく、ボクが目覚めた日から数えて三十日。その間に止めなければ、自動的に活動を開始してしまう。あれがいったん動き出したら、ラガン以外の土地に住んでいる全ての人々を根絶やしにするまで活動を止めないでしょう」

「それは事実なのですか?」


 シャンが苦悶の表情を浮かべる。


「はい。浮遊石から供給される魔力によって、最終兵器は今も着々と力を蓄えている最中なのです。猶予が三十日というのは、ボクが封印を施した当時の情報から導き出した推測です」

「なんという……。君が王国の機能を『封印』した背景にあるのが、これなのか」

「そうですね。魔族たちの言いなりになって、あんな物を作ってしまったのが、わが国の、そして父の過ち。もう一度封印して問題を先送りしても意味がない。今度こそボクは、ケジメをつけないといけないんです」

「なるほど……。それにしても、三十日ですか。なら」と暫しシャンが考え込む。「まだ十日ほどある計算ですね。充分とは言えないかもしれませんが、目的地は目と鼻の先。まあ、なんとかなるでしょう」

「はい……」


 安堵の声を上げたシャンだったが、ルティスの返答はやや沈んで聞こえた。さて、どうだろう。そんな懸念を覚えながら、リンが最終確認をする。


「それで、覚醒を止める方法はあるのかい?」

「はい。ラガンの王城内部に潜入し、王国の機能を完全に停止させます。そうしてしまえば、ラガン王国の魔法文明が造りだした存在である最終兵器は、活動を停止するのです」

「了解! じゃあ、明日にでも出発するとしようか。王国に皆で乗り込んで機能を止める。それから、ルティス。今晩だけはしっかり休むんだ。気持ちが急ぐのもわかるが、焦っては上手くいくものもいかなくなってしまう」

「でもそれでは、みんなに迷惑を掛けてしまいます。これは、ボクが解決すべき問題──」

「……迷惑なんかじゃないのよ? そう思ってる人なんて、ここには一人だっていない。だからこそ、こうしてみんなで、あなたの話を聞いているのだから」


 オルハの優しさが、ルティスの弱い心を浮き彫りにする。

 魔族の遺伝子を埋め込まれたあの日から、ルティスの中にもうひとつの魂が宿った。

 彼女の名は──リリス。

 魂も半分。

 心も半分。

 全てが中途半端。もしかすると私は、最初から心を持った人形でしかないのかもしれない。そんなほの暗い感情がルティスの中で渦を巻く。


「でも……ボクは部分的にとはいえ魔族です。人の心を半分だけ持つ半端者。これ以上、みんなを巻き込むわけには──」

「ん、どうして? むしろここでおりろと言われるほうが、私としては辛いんだけど?」

「え……?」


 小首を傾げたコノハの緊張感のない声に、思わず拍子抜けしてしまう。ルティスの口から、間の抜けた声がもれた。


「最も大事なのはルティスの心でしょう。魔族とか人間だとかそんなもんはむしろどうでも良い。ルティスは邪悪化しそうになったレンを助けてくれた。熱線砲による攻撃を、命を張って防ごうとした。半分とはいえ魔族である事実も、包み隠さず告白してくれた。これだけの物を貰っておきながら、今、救いを求めているあなたの手を、どうして払いのけられるんですか?」


 照れくさそうに、後頭部をかきむしったシャンの言葉をリンが引き継ぐ。


「それに、俺たちだって、君と同じで半端者さ。俺はこう見えて心はガラスのように繊細で弱いし、シャンは見た目どおり頑固で皮肉屋だし、オルハは肝心なところで空気が読めないし、コノハにいたっては単なる馬鹿だ」

「……ちょっと待って! 私だけ、なんか酷いんじゃないの!?」


 コノハの抗議の声があがる。だが無視してリンは続けた。


「だからさ。半端者は半端者同士、支えあって行けばいいんじゃないの?」


 自分が魔族の遺伝子を組み込まれた存在だと知ってなお、受け入れてくれる。そんな仲間たちの声に、ルティスは胸が詰まる思いだった。いいのだろうか。こんな安易に縋ってしまって。でも、と彼女は思う。まだ私は消えたくない。

 消えたくないんだ……!

 ゴメンね、リリス。私はまだ、あなたに体を渡すわけにはいかない。私はこの世界に未練を残しているから。大好きな仲間たちとの関係を、まだ、失いたくないから。


「……ありがとう、みんな」


 ルティスはそれだけを言った。視界が少し、涙で滲んだ。


 出発は翌朝六時とリンが取り纏め、話し合いはここでお開きとなった。


「ふー。緊張が解けたら、お腹がすいたよ!」


 コノハがお腹を擦りながら言うと、みんなの顔に幾ばくかの笑顔が戻る。

 退室していく彼女らの背中を、ルティスは静かに見送った。

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