対峙(神官×少年)
エストリア王国とルール=ディール聖王国の国境付近。ラガン王国の大地まで十数キロという地点を、飛行船が航行していた。
そんな、飛行船の船外で対峙していたのは二人の男性。
一人は、月明かりによく映える青い髪と、同色の瞳を持った少年。
背中に生えた暗褐色の翼を優雅に広げた彼を、じっとねめつけていたのはディルクス大佐だ。
『やはり来ましたかバルティス。むしろ、少々遅すぎるくらいでは?』
「久しぶり、と言うべきですかねディルクス。いえ……今の名は、ディルクス大佐でしたか。容姿以外は、五百年前と変わりないようで何よりです」
それは、少年らしい高く澄んだ声だった。丁寧な物言いが、逆に慇懃無礼な印象を相手に伝える。
『久しぶり、でしたかなあ? あなたが飛行船を爆破してから、一月足らずだと記憶しておりますが。生憎と私は忙しい身ゆえ、邪魔をしないで頂けるとありがたいのだが』
少年の出方をうかがうように、一定の距離を保ったままディルクスが言う。
「心配しなくても用事なら直ぐに済むよ。まず一つ目──妹をお前たちには絶対渡さない」
『渡さない?』とディルクスは鼻で笑った。『これはなんとも滑稽だ。あの娘なら放っておいても、間も無く『こちら側』に来る存在でしょうに』
だがしかし、動じることなくバルティスは続ける。
「二つ目。国王を欺き、邪悪な研究を推進させたお前を……、僕は絶対に許さない!」
言い終えるや否や、バルティスは腰から漆黒の刃を持つ長剣を抜くと、一直線にディルクスに襲い掛かった。
『所詮は妹の劣化品にすぎぬお前に、何ができる──』
っと、話している途中で襲ってくるとは、相変わらず無礼な方だ。バルティスが横薙ぎに振るった剣を体を捻って躱すと、ディルクスは横方向に滑るように飛んで逃れた。
だが、バルティスは即座に向きを変えると、今度は斜め上段より剣を振るった。だがその追撃も、ヒラリと上空に逃れることでバルティスは回避する。
少年の背後にまわり、ガラ空きの背中を見つめてディルクスは勝利を確信する。
両手に大鎌を召喚すると、最上段から渾身の一撃を振り下ろした。少年の、脳天を目掛けて。
捕らえたか! とそう思ったのも束の間、鎌による斬撃は、少年の体をすり抜け空を切った。
しまった。これは残像――!
慌てて周囲を警戒した刹那、ディルクスは信じられないものを見た。
……それは、彼の左胸を背後から貫いている、漆黒の刃だった。
第三章 ──「少女の決意と魔族の影」




