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対峙(神官×少女)

 砂丘のように緩やかに傾斜した丘陵地の真ん中で、二人の女性が対峙していた。彼女らは双方、背中に大きな翼を持っている。しかし、その色は対照的だった。

 一人はフレイ。彼女の翼は、夜の闇を連想させる暗褐色。

 もう一方はルティス。こちらは対照的に、透き通るような純白の翼。

 二人は十メートルほどの距離を維持したまま、一歩も動くことなくにらみ合いを続けていた。


『久しぶりね、アデリシア。私が張った結界を破るだけで息が上がってしまうなんて、あなたらしくもない。五百年もの間眠っているうちに、随分と力が衰えてしまったのではなくて?』

「アデリシア……。なるほど、やはりそれが、ボクの本当の名前で相違ないのですね?」

『へえ……』


 フレイは琥珀色の瞳を眇め、じっとルティスの姿を見つめる。


『翼を発現できている程なのだから、記憶も全て戻っているかと思ったのに、とんだ検討違いだったようね。それじゃあ、息もあがるわけだわ』

「ええ、残念ながら。でも、なんだか不思議なものね。記憶は戻っていなくても、あなたの顔や声には少しだけ憶えがある」

『ふうん』とフレイがほくそ笑む。『私の印象、どんな感じに記憶しているのか、是非聞いてみたいものだわ』

「……あんまり昔と変わっていないのかしら。その陰湿なやり口とか、下品な口調とか、相変わらず大嫌いだわって、心の中のボクが言ってます」

『戯言を!!』


 フレイの口から短い旋律が紡がれると、周辺の大気が唸りを上げた。直後発生した真空の刃が、ルティスを切り刻もうと次々飛来する。

 襲ってくるであろう痛みに備えルティスが目を閉じたその時、二人の間に割って入った人影が、ルティスを庇って立ちはだかった。

 真空の刃は庇った女性──リンの全身を四方から襲う。鎧から露出している衣服や肌が切り刻まれ、赤い飛沫が激しく散った。


 ──が、「障壁(シールド)!」


 効力を発揮したのは一つ目のみ。二つ目以降の刃は、シャンが行使した障壁の魔法に全弾はじき返された。

 追いついて来た一行の姿を認識し、魔族が憎悪の視線を向ける。なんという醜悪な顔。それがたとえ偽りの姿であったとしても、優しかった養母の面影が完全に失われていることを再認識し、シャンは強い喪失感を覚えた。


連撃(ダブルショット)!」


 お返しとばかりにオルハが放った二本の矢が、立て続けにフレイに襲い掛かる。しかし魔族はバックステップを刻んで、辛くもこの攻撃を回避する。


火球(ファイアボール)!」


 続けて放たれたコノハの魔法も、体内の抵抗力を高めることでフレイは耐えきってみせる。この程度なの、と口元を歪めたフレイであったが、爆発の煙が霧散した瞬間を狙い突っ込んで来たリンの姿に、堪らず腰の剣を抜いた。

 辺りに激しく響いた金属音。

 鍔迫り合う刃と刃。


『不意打ちとは、行儀が悪いのね』

「アンタに言われる筋合いねーだろ」


 二度、三度と剣戟が交わされ、その間隙を縫って放たれたフレイの魔法が、何度もルティスの体を切り刻む。だが、不死身ともいえる治癒力を持っている彼女に致命傷を負わせられない時点で、戦いの雌雄は決していたも同然だった。

 オルハの放つ弓矢が。

 コノハが撃ち込み続ける炎の矢が。次第に魔族の体力を削ってゆく。


 力を使い果たしたのだろう、両手をついてしゃがみこんだフレイ。トドメを刺そうとリンが刀を振りかぶったその時、オルハが鋭く叫んだ。


「……いけない! 離れて!」


 魔族の体から放出される魔力が急速に高まったことに、危険を察知したリンも飛び退いて離れる。


「なんだよ、これ」


 大気がピリピリと振動する。

 大気の震えに呼応して、大地までもが揺れ始める。

 異変を感じ取った鳥たちが、一斉に森の中から飛び立つ音が聞こえた。


『あんまり調子に乗らないことね』


 憎悪に満ちた瞳で一行を睨みつけるフレイ。

 コノハとオルハも、リンを中心にして一所(ひとところ)に集まった。一方でルティスは、翼を羽ばたかせて虚空に逃れる。彼女なら、まあ耐えられるだろう。そう判断したシャンは、三人の前に進みでると障壁(シールド)の魔法を展開した。


「たぶん、自爆するつもりだよあいつ。とんでもない魔力量だもん。まずいよ、これじゃこの辺り一帯が吹き飛んでしまうよ!」


 悲鳴じみたコノハの声。

 それが誇張表現ではないことを、この場に居る全ての者が感じていた。私の魔法で防ぎきれるだろうか、とシャンの心にも緊張が走る。

 全身全霊の力をこめて障壁を展開するも、視線は自然と地面に落ちる。

 だがしかし、待てど暮らせど、予期していた爆発は襲ってこない。

 どういうことだ? と疑問に感じてシャンが顔を上げると、予想外の光景が眼前に広がっていた。

 ドサリという音とともに、胸から血を流し倒れこむフレイ。その隣に佇んでいたのは、仮面で表情を隠した金髪の成人男性。彼がフレイにトドメを刺したのは明白だった。

 だがしかし、彼が自分たちの味方ではないことを瞬時に全員が理解した。彼の背中には、フレイと同じ蝙蝠の翼が生えていたのだから。


「また魔族かよ……」


 リンの口から呪詛の言葉が漏れ、障壁を展開したままシャンも歯噛みした。これじゃ、フレイが卒倒しても、事態はまったく好転しちゃいない。それにこの男──おそらくフレイ以上の上位魔族だ。

 魔族から放たれるおぞましいまでの魔力が、ぴりぴりと大気を震わせた。


「いつのまに」とコノハが呟けば、「……本当に力のある者こそ、気配を上手に隠すものです」とオルハが補足した。


『ふっふっふ。これは失礼しましたね。彼女には、もっとじっくり機を窺うようにと伝えておいたはずなのですが、少々焦ってしまったようで。私からも、非礼をお詫びいたしましょう』


 フレイの亡骸に唾を吐き捨て、苛立ち混じりの声で魔族の男が言う。


『愚か者め、素直に敗北を認めればいいものを。ここら一帯を吹き飛ばすつもりなのか。そんなことをしたところで、我々にメリットなど何一つ存在しないだろうが』

「あなたもその女の仲間なのですね? 目的はいったいなんなのですか?」


 上空から降りてきたルティスが魔族の男を睨みつけると、彼は仮面の下から見える口元を歪めた。


『他ならぬ、あなたの口からそんな言葉がでてくるとは、なんとも滑稽ですね』

「それはいったい、どういう意味なのですか……?」

『まあ、いいでしょう』と言って魔族は虚空を仰いだ。『ひとつ教えて差し上げましょう』


 もったいぶりやがって、と障壁の魔法をようやく解除しながら、シャンは苦々しく思う。


『ラガン王国を統治していた、四人の神官の話。もう聞いているのだろう?』

「ああ、知っている」


 魔族の声に、リンが眉根を寄せて答える。


『信じ難い話かもしれないが、四人の神官たちは今もなお生きている。いや、五百年前に一度身を滅ぼされたが、魔界で肉体を修復したあと再び戻ってきた、とでも言うべきか』

「ちょっと待てよ」と震えた声でリンが言う。「それじゃあ……、四人の神官の正体っていうのは」

『ほう、なかなか察しがいいようだ。そう、魔族なんだよ。そして構成メンバーの中に居るのが俺であり、この女、フレイだ。もっとも? 四人のうちの一人は、いまだ眠ったままだ、とすら言えるが』


 知らねーよ、そんなもん。三人も居たら十分だ、とリンは悪態をつきたくなった。


「戯言を、と言いたいところだけど、こうして今、姿を見せられている以上、強ち嘘でもなさそうだ。それで? 五百年生き永らえている神官様とやらの目的は何なんだよ?」


 ふふん、とほくそ笑み、魔族の男は一拍置いた。


『ラガンの最終兵器を復活させること。そして復活のカギを握っているのが、その少女なのだよ』


 魔族の男がルティスに指を突きつけると、彼女がキっと睨み返した。やはり最終兵器なんて物騒な物があるんだ、とシャンは思う。

 状況を上手く理解できず、みなが押し黙るなか、叫びを上げたのはコノハだった。


「嘘だよそんなの! ルティスはこんなに優しい女の子なのに、そんな恐ろしい運命なんて背負っているはずがないよ!」


 ははは、と魔族の男が嘲るように大きな声で笑う。


『本気で言っているのか? なら何故、ディルガライス帝国はその娘を飛行船で運んでいた? 何故、その娘の手首に宝石が嵌っている? 何故──』

「うるさい、黙れ!!」


 コノハは激昂すると、魔族に向かって火球の魔法を撃ち込んだ。最大火力の魔法が炸裂し、巻き起こった炎を襲ってきた熱風に全員がたまらず顔を背ける。

 爆煙が霧散して消え去った時、しかし、魔族二人の姿は掻き消すように無くなってしまっていた。

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