運命に抗う刻(とき)
テッドと自分の記憶にどうして食い違いが生じているのか。レンの持病のことを知らないだなんて、何故そんな与太話を彼はしたのか。何度考えても答えは見つからず、迷宮に入り込みそうになった思考を止め、シャンは布団の中にもぐりこんだ。
夜中に何度も目が覚めてしまうような寝苦しい夜を超え、そうして向かえた翌日の午前中は、普段と違って慌ただしいものになった。
眠い目をこすりながら、シャンが弟の部屋に入ったとき、既に違和感はあった。体調が良い日であればベッドに半身を起こしていることも多い弟が、まだ布団を被って横になっていた。
そればかりでない。気のせいだろうか、布団を被っているレンの背中が、小刻みに震えているように見えた。
胸騒ぎを感じてベッドの側まで駆け寄ったシャンは、弟の額に手を当て愕然となる。
「熱い……!」
平気だよ、と主張するレンだったが、その顔は明らかに紅潮し、自分の体温と比べるまでもなく熱い。かなりの熱がでているようだ。
なぜ──と思考を巡らしてすぐ、シャンは自分の愚かさに気がついた。
昨日、外に連れ出したせいだ。きっと、冷たい秋の風に当たりすぎたのが祟ったんだ。全部、私の責任じゃないか……!
* * *
レンの体勢を仰向けに変え、氷水で冷やしたタオルを額に載せる。だが程なくしてタオルは生温くなってしまった。
これは思っていたより酷い熱かもしれない。焦燥が募っていくにつれ、背筋に悪寒が走り、冷たい汗まで滲んでくる。
「どうかしら? 少し落ち着いてきた?」
新しい氷枕を手に、フレイが部屋の中に入ってきた。レンの枕を替えたあと、窓から晴天の空を見上げて天候を確認したのち、窓を少しだけ開けて換気を行った。
「……すいません。私が少し、無理をさせてしまったのでしょう。実に迂闊でした」
「そんなに思いつめないで。発熱による倦怠感が強くでているようだけど、顔色はそこまで悪くないから、何日か寝て休めば大丈夫でしょう」
フレイは掛け布団の位置を少し正し、額のタオルをもう一度交換しながら言った。
「ところでシャン。今日はなにか用事があったんじゃないの? ……後なら私がついているから、大丈夫ですよ」
柱時計に目をやり、シャンは時刻を確認する。既に時間は正午に迫っており、リリアンに告げられた呼び出し時刻まであと少し。そろそろ家を出ないと間に合わない。それに、隣国の要人だって来るのだから、まさか遅刻していくわけにもいくまい。
「はい、すみません。レンのこと、宜しくお願いします」
控えめに頭を下げると、レンが声をかけてきた。
「ごめんね、お姉ちゃん。いつも迷惑ばかりかけて」
苦しそうな表情。絞り出すような声。
「無理に話さなくていい。なるべく、早く戻るから」
弟の言葉を制止するようにそれだけを告げると、そのまま家を飛び出した。
鈴蘭亭に向かう足は、自然と早足になっていく。焦りの感情ばかりが増幅されていくなか、弟になに一つしてやれない自分に歯噛みした。
* * *
冒険者の店鈴蘭亭を出たヒートストロークの面々は、リリアンに案内されて神殿に向かった。神殿の二階部分。細長い廊下を進んだ最奥にある部屋が、会議室らしい。
「リリアン・ウィンスレットです。『ヒートストローク』のメンバーを連れてきました」
リリアンに続いて入った部屋は、二十畳ほどの大きさ。
シャンたちを出迎えた客人は全部で四名。彼らが既に着席して待機していたのもそうだが、あまりにもそうそうたる顔ぶれであることに、一行の誰もが緊張した顔になる。
先ず上座に席をとっていたのが、リアンヌ・ヘンリー。
隣国、ルール=ディールの女王にして、最高司祭としての立場にもある人物。プラチナブロンドの長い髪。整った輪郭線におさまる瞳は切れ長。まだ二十五歳とは思えぬ落ち着いた佇まいだ。
彼女の右隣に座っているのはテッド・シモンズ。昨日とはまったく違い、純白の神官衣に身を包んでいる。
この二人だけでも十分驚きに値するのだが、リアンヌの左隣に座っている人物を見て一行はさらに驚いた。
「国王が来ているなんて聞いてねーぞ」
リンが隣のリリアンに耳打ちをすると、彼女はちろりと舌を出した。
「ん。そうやったかいな~?」
それは、このエストリア王国の国王、ラヴィア・フィン・エストリアその人である。席についてこそいないが、彼の護衛を務める近衛騎士も、数名、部屋の隅で待機していた。
四人目はルティス。やや緊張した面持ちで、机の上に視線を落としている。そんなルティスの向かい側の席にリリアンがよいしょ、と座り、ルティスの隣にシャン、コノハ。相対する席に、リンとオルハの順で席を取った。
全員が着席したのを確認したのち、ラヴィア王が起立して話し始める。
「先ずは、先日『禁忌の場所』なる地に赴き、貴重な情報をもたらしてくれたことに感謝する」
国王自ら深々と頭を下げたことに、萎縮してリンたちも頭を下げる。
「調査報告ができるまでに長い時間を要してしまったこと、大変申し訳なく思っている。こんなことをいうと言い訳になってしまうが、情報を受け取った神殿が調査を開始した時点で、幾つかの問題点が発生したのが要因だ」
「問題点、ですか」とリンが反芻すると、「うむ」とラヴィアが頷いた。
「遺跡に纏わる情報がそもそも少なかったこと。また、限られた情報の中に、幾つもの改竄箇所が見られたことが主たる要因だ。そのため、情報の精査に物凄く時間がかかってしまった」
軽く一礼して国王が着席すると、彼の発言を引き継ぐように、テッドが口を開いた。
「調査報告については、僕の方から説明していきましょう。先ず、そこにいる少女ルティスの手首に嵌められたチップ、および、遺跡の扉に描かれていた紋章についてですが、現在から五百年前までこの地に栄えていた王国、『ラガン』のものであると判明しました」
「ラガン」
と再びリンが反芻する。
一方でシャンは、ちりっ……という電流が走るような痛みを即頭部に感じた。同時に、『ラガン』という名前を初めて聞くはずなのに、初めてじゃないような違和感の雲が胸中に広がっていく。
なぜだ? どこかでその名前を聞いた気がする。シャンは自らの額に手を添えた。
ラガン王国。
優れた知力を持った民と、偉大な魔法文明によって、数百年もの永きにわたり栄華を極めた、天空都市の名称である。
偉大なる王と『四人の神官』たちによって統治されていたこの国は、強大な魔力を封じ込めた『浮遊石』を発明することにより、王城と城下街までを浮遊させることに成功したのだという。
ラガンの軍事力は強力無比であり、地上に存在していた多くの国が、侵略行動によって焦土に変えられ、支配下に置かれていった。それなのに、ラガンの繁栄は長く続かなかった。
ある時、民の間で疫病が蔓延し始めたのだ。天空都市という閉鎖空間の中で生活していた彼らにとって、これはまさに天災といえた。優秀な能力を持っていた彼らでも、疫病に対して有効な手を講じることができなかった。やがてひとつの打開策が見付かったものの、これはまさに禁断の手法。
そのため、おおいに民の間で議論を呼ぶ結果を生んだ。こうして国を二つに別つ戦乱にまで発展し、王国はあっと言う間に内部から崩壊してしまう。かくして生き残った僅かな民も、国を捨て地上に降りる事でラガン王国は事実上の滅亡を迎えた。
しかし、主を失ってなお、その天空都市は大空の何処かを彷徨っている。
テッドの話を要約すると、こんな感じだった。
これらの情報は、大半が遺跡で見た情報と同じだな、とリンも思う。だが──。
「はーい!」
コノハが元気に挙手をする。
「遺跡の壁画には、災厄が起こった、と記述が添えられてあったの。それはつまり、疫病のことを指している、という認識でいいのかな? それから、禁断の手法というのは?」
敬語を使えよ、とシャンは思わず眉根を寄せたが、テッドは特に気に留めた様子もなくこう返答した。
「正直なところ、わかりません。先ほどもラヴィア王が触れましたが、ラガン王国に関する文献資料は現存している数が少ないのも然ることながら、非常に多くの改竄箇所が見られるためです」
テッドの発言を補完するように、リアンヌが続けて推論をのべる。
「それなのに、禁忌の場所には貴重な歴史資料も同時に残していた。これら二つの事象は、どこか相反しているようにすら思えます。そこで、ここからは私の推論となりますが──。王国の存在を後世に残したい人々と、隠したい人々。その双方が存在していたのではないかと」
──魔族を造っていた事実を、隠そうとしていたんだよ。
その時不意に、シャンの頭の中で声が響く。今は亡き、父親の声で。
ちょいと今回から、主人公キャラの中の人(TRPGにおける担当プレイヤーさん)の情報を語っていこうかな、と思います。
本人の許可? 取るわけないでしょう笑。
さて記念すべき一回目は、リン役プレイヤーであるM君です。
社会人になってから友人の友人というかたち知り合った彼を端的に表現すると、面倒見の良い体育会系お兄さんでしょうか。
(もうすでにおじさんかも笑)
自分でPCを組み立ててしまうほどパソコンに精通していたり漫画好きというオタクめいた一面と、兎に角人を集めてパーティをするのが大好き! という人並みはずれた社交性とを併せ持った人物です。
たくさんお世話になりました。(ぺこり)
リンは結構優柔不断な一面を持ったキャラクターとして描いていますが、彼のプレイスタイルは、率先して情報収集を行い、義を重んじて行動するといったところでしょうか。
基本的に合理主義者である私と意見対立した一幕もありました。いわゆるロールプレイなので険悪になったわけでは勿論ありませんが、今でも強く心に残っているエピソードです。