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第一章エピローグ~その頃帝都では~

 ディルガライス帝国の首都カーザス。

 エストリア王国の南方、山間にあるこの都市は、巨大な石壁で周囲を覆われており、さながら城塞都市のような様相を呈している。

 そんな帝都カーザスの中心に聳える王城の一室。そこで、二人の男が会話をしていた。

 一人は金色の髪を短めに切りそろえ、端正な顔立ちをした青年。ディルガライス帝国の支配者である、皇帝ルイ・カージニスその人である。

 もう一人は、文官のような出で立ちをした中年の男。


「……それで、例の不始末の件はどうなっている」


 不始末……ねぇ。この若き皇帝の視点で見るならば、そうなるんだろうさ、と中年の男は鼻じろむ。不満そうな表情を一瞬浮かべたが、即座に取り繕った笑顔と差し替えた。


「エストリア王国との国境付近上空で起こった事故は、実に不運なものでした」


 ですが、と男は続ける。


「ご安心ください。そこで落とした少女の回収は既に終わっておりますし、事後の報告についても、エストリア始め近隣諸国に済ませてあります。大丈夫。余計な詮索をされることはないかと」

「ふむ。ならば良いのだが。我々の計画は、秘密裏に進めなければならない。我々がラガン王国の力を手に入れようとしていること。そして、我々の真の目的である、四人の神官たちが造り上げたという未知の『最終兵器』の存在だけは、絶対に悟られてはならぬ」

「御意に」


 だが、と皇帝は視線を窓の外に広がる暮れ行く空から男に移した。


「本当に大丈夫なのであろうな? 本当にこのまま時が満ちれば、ラガン王国の機能は覚醒するのであろうな?」

「それはもう……ご安心を。王国の封印なら少女自らに解かせましたし、最終兵器については、少女の眼が覚めた瞬間から覚醒に向けてのカウントダウンが始まっていますゆえ」

「ならばいいのだが。ところで」と皇帝がいぶかしむように目を細めた。「翼を持った魔物に襲撃されたということであったが、被害状況はどうか? かなり酷い状態だと聞き及んでおるが?」

「は……。船底のあたりを少々。詳しい修理状況についてはのちほど」


 気づかれている? と男の額に脂汗が滲んだ。


「むろん、その魔物を撃退したのであろうな?」

「……いえ、それが」

「ははは」と皇帝ルイが高笑いをする。「……ディルクス。大佐の名が泣いておるぞ」

「……」

「飛行船と少女のお守ひとつ満足にできぬとは情けない。そうは思わぬか? ディルクス」

「御意に……」

「まあ、よかろう。同じ失敗は許されんぞ。……引き続き宜しく頼む」

「はっ」


 男──ディルクスは形ばかりの敬礼を送り、了解した旨を示した。


 去っていくルイ皇帝の背中を見送った後、彼は考えた。

 失われた大地を発見し、少年と少女を回収したところまでは順調だった。

 ……しかし。

 少年の方――バルティスの意識が突然戻り、飛行船を爆破して脱出するという暴挙に出たのは想定外。これは確かに不運でした。

 それでも、と彼はほくそ笑む。

 少女の方からこちらの手のうちに転がり込んでくるとは、意外でありました。


「女狐め。なかなか運を持っているようだな」


 これでとりあえず、計画通りに事が運びそうだ。バルティスの奴めが何を企んでいるのかは気になるが……なあに。放っておいても向こうからちょっかいを出してくるだろう。このまま状況を見守っているだけで、約束された勝利か。


「……後は、あのお方が覚醒すればすべてはお終い」


 ディルガライス帝国の大佐ディルクスは、満足そうに口元を歪めた。


* * *


 港街ブレストの西端に位置する診療所。カーテンを締め切り照明も灯していない薄暗い一室にいたのは、神殿専属医師であるリオーネ。


「はい。概ね調査は完了しています。現在のところ確認されている、ラガン王国の民の血を引く個体の数は九十八。そのうち、レベル三以上の適合性を見せた個体は九体です。その中でも特に力の強い個体は三。……ええ。もちろん、今現在わかっている範囲です」

 ジジ、と返信の念話が挟まれる。

「十一歳の少年については、既に監視がついているんですよね?」

 再び、念話。

「了解しました。引き続き、()とあわせて情報収集を行います」


 通信を終えたリオーネは、ふう、と小さく溜め息を漏らした。

 隠し事をするのは、私の性分ではないんだけれどもね。でも、これも全て任務なのだから、と彼女は自分に言い聞かせ部屋を後にした。


 リオーネが診療所の一室に戻ると、木製のフローリングに寝そべって絵を描くルティスと、彼女が握ったペンが画用紙の上を滑る様子を、上から覗きこむようにして注視しているカノンがいた。

 ルティスと冒険者の面々がレイド村から帰還してから二日。ルティスはあれ以来ずっとこの部屋で寝泊りをしている。小さなキャビネットとベッドくらいしかないゲストルームだが、彼女は不満ひとつ漏らすことはない。


「それは、お空を描いているのかな? それと、こっちの緑色と茶色のものはなに?」


 カノンが、ルティスの描いた絵を指さして質問を重ねる。お世辞にも上手い絵ではないな、とリオーネは思う。記憶を失っているからなのか、ルティスの言動は見た目の年齢と比較して全体的に幼い。


「これは、空を飛んでいるお城なのですよカノン」

 と説明をしながら、さらに黄色の線を描き入れるルティス。

「とても強い力を持ったお城です。破壊の力を持った光で、なんでも壊してしまうのですよ」

「うわぁ……。なんだかよくわかんないけど、とっても怖そうだね。ねえ、ルティス」

「はい?」

「これは、昔話かなんかにでてくる奴?」

「むかしばなし?」

 うーん、と唸りながら、天上を見上げるルティス。

「なんとなく、頭の中に浮かんだイメージですよ」

「へ、へえ。まあいいや、私はルティスの顔でも描こうかな」

「宜しくですよ~」


 一見、なんでもないやり取りのようだが、純真無垢に見える少女の口から、『破壊』の二文字がでてきたことに、リオーネの背筋が寒くなる。

 不可思議な容姿を持つ少女──ルティス。

 リオーネが彼女を自分の手元に置いて、保護という名目の元監視の目を光らせているのにはとある理由があった。

 この、若干十四~十五歳に見える少女こそが、トリエスト島統一を目標に掲げた隣国──ディルガライス帝国が追い求めている存在のひとつなのである。

 飛行船から落下した少女が、この診療所に運び込まれてきたのは本当に偶然だった。即座に本国に連絡を入れたところ、『そのまま保護するように』『例の遺跡まで行くよう仕向けるように』という命を受けた。


『少女の記憶が覚醒したらどうなるのです? 私の手になど負えませんよ。可能であるならば、そちらで引き取って頂きたいのですが』


 私には荷が勝ちすぎている。そんなリオーネの懇願は、あっさりと棄却されてしまう。

 先日のやり取りが思い出されると、リオーネの心中は陰鬱な気持ちで満たされた。まったく、あのディルクスという男の言うことはいちいち鼻持ちならない。


 ──私が内通者だとバレたとき、はたしてどんな末路をたどることになるのかしらね。


「どこか、具合でも悪いのですか?」


 リオーネがはっと我に返ると、眼前にルティスの顔があった。あまりの距離の近さに、心臓が大袈裟なほどに跳ねる。


「……ああ、いや、なんでもないのよ。心配させて悪かったね。ちょっと考え事をしていただけだから」

「そうなのですか? ──なら、問題ないのですよ」


 動揺した心を悟られぬよう、リオーネは愛想笑いを浮かべた。トテトテと元居た場所に戻り、カノンと再びお絵かきを始めたルティスを見ながら彼女は思う。

 もし、このまま戦争に発展したならその時私はどうする? 私は帝国のスパイであると同時に医師でもある。言うまでもなく、一人でも多くの命を救うことが自分の責務。

 このまま何も起こらねば良いのにと、リオーネは心から願わずにはいられなかった。


* * *


 トリエストと呼ばれる島がある。

 魔法が存在し、錬金術と呼ばれる簡易的な機械文明によって栄えている島だ。

 島の北部を治めている国の名前はルール=ディール聖王国。国民の大半が、熱心な信徒であることで有名な国だ。

 そんなルール=ディールの首都であるエトカリーナスを出自した行商人の男が、二頭立ての馬車を駆り、一路ブレストの街を目指していた。

 ブレストは商業が非常に盛んな街だという。

 エトカリーナスよりも、より良い商談が舞い込んでくるのではないかと、彼も期待に胸を膨らませていた。

 エストリアの国境まで数時間となった時のこと。突然馬車がぐらりと揺れ、停止した。

 いったいなんだ、と顔を出し、御者を務めていた息子に不満のべる。


「父さん。あれ……」


 息子が指さした先に見えるのは、段々と紅葉が始まった山野の光景。いや、紅く色づき始めた山の上に、巨大な積乱雲が浮かんでいるのが見えた。


「なんじゃありゃあ」


 呆けたような声から、次第に緊張感を帯びた声に変わっていく。


「島だ。島が見える」


 厚くて黒い雲の隙間から覗きみえるそれは、確かに空飛ぶ大地だった。



  To Be Continued……

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