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──アデリシア

 遺跡の内部は、扉の大きさからも推測できたが、数人が並んで歩けるだけのゆったりとした横幅がある。数メートルほど進むと、やがて緩やかな下り斜面になった。

 下の方は、太陽の光がまったく届かず真っ暗だ。「うわあ、暗いねえ」とコノハが不安げに声をあげ、シャンは背負い袋の中からランタンを準備して火を灯す。ランタンを掲げたシャンを先頭に、一行は慎重な足取りで坂を下りて行った。

 十メートルほど下ったところで斜面は終わりをむかえた。たどり着いた下層部分も充分な道幅があり、通路はずっと先の方まで続いているようだ。

 足元は凹凸が殆どない石畳。ランタンが落とすぼうっとした明かりが、反射して通路の先まで伸びる。建立からどれほどの歳月が過ぎているのかわからないが、石畳の状態は良好だ。壁も床も艶々としており、経年劣化を感じさせる箇所は殆どない。

 五人は隊列を維持したまま、さらに奥の方を目指した。ランタンを持ったシャンを先頭に、二列目にオルハとルティス。後方を警戒して、最後尾にリンとコノハが控える。

 足音を抑えているつもりでも、時折カツーン──という甲高い靴音が反響した。そのたびにシャンが振り向いて、「あまり音を立てないように」と注意をうながした。リンが肩をすくめ、コノハが「私じゃないよ」と小声で弁解する。

 だが、擁護の声は、一切なかった。


 そのまま歩き続けること数分。やがて左右両側の壁に、巨大な壁画が描かれている場所へと到達する。

 シャンは壁際に寄ると、ランタンをかざして絵の全景が見えるよう、光の当たり方を調節した。


「戦をしている絵、でしょうか」


 壁に描かれていたのは、剣や槍を持った複数の兵士の姿。また、杖を持った魔法使いと思しき人物や、僧衣を着た人物もいる。一方で彼らと対峙しているのは、背中に翼を持った異形の魔物。背景に描かれている街や森から、所々火の手が上がっている。

 彼らの足元には、倒れ伏した犠牲者の姿が幾つか見える。地面が赤く染まっている。凄惨な戦いの光景を思わせる絵が、通路の先まで続いていた。

 そのまま数メートルほど進んだところで、道は行き止まりとなった。

 一番奥側の壁に描かれていたのは、これまでの絵と違い、一風変わった人物の姿。

 それは、白鳥を連想させる、純白の巨大な翼を持った女性。絵から年齢を推し量るのは難しいが、十代半ばから二十代だろうか。彼女は長い髪を風になびかせ、中空に留まっていた。だが何よりも目を引くのは、女性の眼下に広がっている光景の方か。

 幾重にも重なった、犠牲者たちの亡骸。おびただしい量の血が流れ、赤黒い川を形成していた。

 山も。建物も。全てのものが燃えている。その女性に抵抗する人物は誰一人としておらず、みな一様に地面に手をつきうなだれていた。

 絵から伝わってくるものは、絶望。ただこの一点のみ。


「さながら地獄絵図ですね」

 とリンの内心をシャンが代弁し。

「……見た目こそ綺麗ですが、この描かれ方ではまるで悪魔ですね」

 率直な意見をオルハが言う。「それはそうと」と、彼女は前に進み出ると、壁画のやや下側に嵌められた石板を指さした。

「……この文字は、なんと書かれているのでしょう?」


 壁画に、説明を加えるかのように設置された石板。だがしかし、そこに書かれている文字は、不可解な形状でありオルハには解読できなかった。


「弱りましたね。流石にこれは読めません」


 オルハの傍らにやって来たシャンも、ランタンで文字を照らしながら首を捻る。一縷の望みをかけて、魔術師であるコノハに視線を送るが、彼女も無言で首を振った。

 リンにいたっては、早々に考えることすら放棄していた。ところがそんな四人を他所に、澄みきった高い声音が、静謐な空気を切り裂いた。



「──それははるか昔の物語。

 この地の空全てを支配下におく、とある王国が存在していた。

 その王国は、一人の王と四人の神官によって統治され、偉大な魔法の力をもって繁栄を極めた。

 彼らが持っていた強大な魔力は、王城と城下街までを、まるごと天空に浮かべてしまうほど強いもの。

 その王国は恐るべき魔法の力を駆使して、地上に存在しているあらゆる国や街を、焦土に変えていった。

 彼らの恐るべき侵略行為に地上に住む人々の全ては恐怖し、やがて屈服した」



 その声の主は、ルティス。


「読めるのか、ルティス!?」


 驚嘆(きょうたん)して、リンが尋ね返した。


「はい。いつどこで見た文字なのか全く記憶にないのですが、どういう訳でしょう……読むだけであれば問題なく」


 だがすぐに、彼女が〝資格を持つ者〟であろう事実を思い出して腑に落ちた。

 遺跡の封印がルティスに反応して解けた以上、彼女がこの遺跡となにかしら関連があるのは間違いない。記憶がない──という彼女の主張が真実なのか、という疑問こそ残るが。だが、嘘をついている顔にも見えないんだよな。

 そう思い、石板の文字を真剣な面持ちで追う少女の横顔を見つめる。


「取りあえず理解した。……続けて読んでくれるか」


 ルティスは頷くと、先ほどよりやや声のトーンを落として読み始めた。



「──しかし、ある日起こった災厄を契機に、内部で徐々にくすぶり始めていた火種がやがて戦乱の渦を呼ぶ。国を真っ二つに別つ結果となった内乱は、永きにわたって栄華を極めた王国を、僅か一ヵ月足らずで崩壊へと追いやった。

 国王が死亡し、四人の神官たちも散り散りになると、もはや国を立て直すことのできる人物は誰も居なかったのである。

 こうして、国を捨てた民は地上に降りる。王国が持っていた魔法の力に封印を施し、住人を失った大地を空に残したまま。

 かの国は、今日(こんにち)も天空の彼方に存在している。

 新たな王が、帰還する日を待ち侘びて」



「……ん~……ここから先は、文字が掠れていて読めないのですよ」


 風化による侵食だろうか。石版の文字は途中から擦れていて、後半部分は読むのが困難そうだった。

 ふむ、と呟きながら、シャンがランタンを上方に掲げる。光が照らし出している箇所が、次第に上方に移っていく。


「上の方に、浮遊する島が描かれていますね。これが……この伝承で語られている王国なのでしょうか」


 翼を持った少女のさらに上方に描かれていたもの。それは、例えるならば天空都市だろうか。分厚い雲のなか、浮遊している王城と街の姿が見える。

 その大きさは遺跡の街ラインほどではないとしても、人口数千人程度の規模はありそうだ。

 ここに描かれている伝承が全て本当だったとするなら、とリンは首を傾げた。


「だが、どうにも不自然だ。これだけの規模を持つ天空都市が実在していたとするならば、なぜ、歴史にその名を残していない?」

「……確かにその通りですね。この絵の光景が、ここに記されている伝承が本当であるならば、相当な軍事力を持っていたことは想像に難くないのですが」


 翼を持った女性の絵を指先でなぞりながら、オルハがリンの疑問に同意を示した。


「島酔いとかってするのかな」


 意図的なものだろうか。場を弛緩させる間の抜けた声をあげ、コノハが天空都市の絵を見上げる。

 緊張感を和らげようとしているのなら評価するぞ、とリンは心中で思う。それにしても、新たな王が帰還する日、か。

 新たな王とは、誰のことだ。ルティスか? そうだとしたら、彼女がこの地を訪れたことで、何かが変わるのだろうか。


「なあ、ルティス。なにか思い出せることはないのか?」


 リンの質問に、腕組みをし「ん~……」と数秒思案したルティスだったが、やがてふわりと首を横に振った。


「残念ながら、何も思い出せないのです。ここに描かれていることが真実なのかも。この国の名前も」

「そうか。まあ、こればかりはしょうがない」


 そんなに事が上手く運ぶはずもないだろう、とリンは思う。

 ただひとつはっきりと言えること。それは、この国の存在を後世に伝えるため、何者かがこの遺跡を残したということ。だが、王国の関係者でなければ開けられない封印。他にも、複雑な仕掛けを持って厳重に封じていたところを見るに、悪戯に拡散されることは求めていないのだろう。

 情報は隠した。けれど、完全に忘れられても困る。そんなところか。


「わかりませんね」


 納得できない答えにたどり着いたリンの内心を、見透かしたようにシャンが代弁した。


「誰がこの遺跡を残したのでしょう? 国を捨てた民? だとしても、なんのために?」

「自分たちが持っていた力を誇示するため。もしくは、歴史をただ、記しておくため?」


 シャンの言葉を引き継ぎ推論を並べたところで、リンは小さく息を吐いた。

 そんなもの、いくら考えたところで、部外者である自分に答えが導き出せるはずもない。

 取り敢えず今しなくてはならないことは、ここで見た壁画の情報を村と神殿双方に報告することか。学術的な調査が進めば、ルティスの正体も、天空都市のことも、次第に判明していくことだろう。

そう、考えをまとめた矢先のことだった。


「あっ。最後の方に、なにか一文だけ書かれています」


 石版の右端部分に視線を落としてルティスがいう。「なんて書いてあるか読めるの?」とコノハが訊ねると、彼女はゆっくりと首を縦に振った。「ちょっとだけ、待ってください」

 ルティスの細い指先が、石板の文字を繊細になぞっていく。


「新たな王の名を、ここに記しておこう。王の名は──」



 ──アデリシア。



「アデリシア?」


 コノハがルティスの言葉を反芻した直後、ルティスの左手の宝石が強烈な光を放ち始めた。


「なにこれ!?」

「うわわ」


 コノハとルティスの驚きの声があがると同時に輝きを増していった青白い光は次第に一本の光の束に収束すると、一方向に向かって真っ直ぐ伸びた。それはあたかも、糸のような細さで。けれど、しっかりとした輝きを放ち。

 細い光線は東の方角を真っすぐ照射し、数秒ののちに霧散して消えた。一瞬明るくなった空間に、再び深い闇が落ちる。


「今のってなに?」

「わかるわけないじゃないですか」


 頭の整理が追いつかない、そんな顔で呟いたコノハにシャンが答える。コノハはルティスの左手を握って光を放っていた宝石をしげしげと眺めたが、もうまったく光ってなどいない。


「……方角を示したのかもしれませんね」

 いつもと同じ、間延びした口調でオルハが言うと、

「ここに描かれている天空都市がある方角、とでも言うつもりか? 東の方角──を指し示していたが……。おいおい待てよ。本当にあるっていうのか? 空に浮かぶ大地なんて」


 眉唾ものだ、とリンが壁画を見上げる。


「本当になにか思い出したことはないのですか? 血の封印とやらがあなたに反応し、今また宝石がおかしな共鳴を見せた。ここまで来たら最早疑う余地もありません。ここに描かれている光景とあなたは無関係ではないのでしょう?」

「シャン」


 まるで責めるような口調だ、とリンがシャンを窘める。すいません、とシャンは肩をすくめた。


「少々言い過ぎました。それに、ここに描かれていることの信憑性も、わからないのですしね」


 しかし再三の問い掛けにも、ルティスはただ首を横に振るのみだ。

 嘆息したシャンを横目に見ながら、リンは頭の中を整理していく。この、ルティスという少女が現れてから、不可解な出来事が多すぎる。

 禁忌の場所。天空都市。ルティスが魔族である可能性……。これらの情報は、きっと一本の線で繋がるのだろう。しかしどんなに考えを巡らしたところで、繋ぐための材料が見付からない。結局、なにもわからないままだ。


「とにかく、ここで考えていても埒が明かない。ここで見た情報を神殿に提供して、後日、しっかりと調査してもらおう」

 

 締めくくるようにリンが提案すると、全員が頷いた。困惑や不安など、様々な感情をそれぞれが顔に滲ませながらも。


「じゃあ、戻ろうか」


 そう提案してリンが背をむけた時、ルティスが呟いた。


「……入口のほうで、誰かがボクを呼んでいる気がするのです」


 彼女の声に、一行の間に戦慄が走る。しまった、とリンは歯がみする。ルティスが魔族かどうかにばかり気をもんでいて、師匠から聞かされていた二つ目の懸念事項を失念していた、と。

 そう、遺跡の周辺から、魔族の気配を感じるという二つ目の懸念事項。

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