伝承は蘇る
それは、遥か昔の物語。
広大な空を統一する、ひとつの国があった。
強大な魔力によって、大地を空に浮かべ。
強大な魔力を持って、下界の国々を支配した。
その王国の名は、『ラガン』
今はもう、人々の記憶からも消え去り、風化しつつある伝承の中でのみ語られている王国の名前だ。
しかし、伝承は蘇る。
五百年の時を経て、一人の少女の目覚めとともに。
*
「リン! そっちに一人逃げましたよ!」
長い髪をおさげ結いにした少女の声が、林の中の開けた空間に響きわたると、驚いた鳥たちが一斉に森の中から飛び立った。バサバサという羽音が幾つも聞こえてくる。
「任せろ! シャンは数人抑えてくれればそれでオーケー。漏れてきた主力はこっちで倒す!」
ややトーンの低い女性の声が、続いて周囲に木魂した。シャンと呼ばれた先ほどの小柄な少女は、「何を言ってるんですか、私が今抑えたのが盗賊団の主力ですよ」と不満そうに口を尖らせた。口と一緒に動かした手で、黒装束を着た男たちを縛り上げていく手際の良さは、完全に玄人染みている。まるで町娘のような見た目によらず、シャンはロープワークにも精通していた。
胸元に聖印が留められていることから、彼女が聖職者であることがわかる。一メートルと少々の背丈しかなくまるで子供のように見えるが、彼女は小人族なのでこれでもれっきとした成人である。外見で見くびったことを後悔しつつ、男たちは次々と戦意喪失してお縄になっていった。
一方でシャンから逃れた黒装束の男たちは、蜘蛛の子を散らすようにバラバラの方角に逃げようと試みる。
しかし次の瞬間、ひゅおっ──という風を切る音が聞こえてくると、誰もいない方向に逃げた男の足に矢が突き刺さった。男はぎゃあ、という悲鳴を上げて地面の上に転がってしまう。
──相変わらず、正確な射撃だな。
ピンポイントでふくらはぎの部分を打ち抜いた矢を見ながら、先ほど低い声音で答えた女性──リンは、漏れてきた男の前に立ちはだかると、腰に差していた刀を鞘から抜き放つ。
細身の湾曲した刀身が、日の光を浴びてキラリと輝きを放った。
長剣を構え彼女と対峙した男は戦士としての心得がありそうだったが、それでもリンの眼前で足が止まる。
男以上に高い身長。
金属鎧を着込んだ隙のない佇まい。彼女の姿を見て男はごくりと息を呑んだ、
「天翼族の女を含んだ四人組。まさかお前たちが、あの有名な『ヒートストローク』か!?」
そうだよ、と言わんばかりにリンが口元を歪めたその時、二人の中間付近でドォォン!! という耳を劈くほどの爆音とともに火球が爆散した。
「バカやろうコノハ! タイミングが最悪だ!? あと場所も!」
黒装束の男たちが潜んでいた廃屋をバックに、リンの叫びが大きく響いた。