第3話 ユキムラの決意
気の毒なロザリンドのために、僕にできることが何かあるだろうか。
僕の得た結論は、これだ。
しっかりごはんを食べること。
萎縮してしまった彼女の胃袋をちょっとずつ拡張して、せめて人並みの量の食事を摂れるようにする。
間食も欠かさず摂る。
そして出来れば、激しい運動にも耐え得るだけの筋肉と脂肪を持ち合わせたからだをつくりたい。
婚約者であるレイモンドは、この計画の協力者として申し分ない。
いや、レイモンドでなければ協力を乞うことは出来ないだろう。
ロザリンドの家族には、彼女の中身が別人とすりかわっているなんて知られる訳にはいかないし。
侍女に頼んでお菓子を詰めてもらったバスケットを持って外に出ようとすると、レイモンドがさりげなく僕の手からバスケットを奪った。
「これくらい自分で持てるのに」
「だって、君の手は僕の手を握ってなきゃいけないでしょう?」
さらりと言って、レイモンドは片手を差し出してきた。あまりに自然に差し出されたので、僕はうっかりその手にロザリンドの手を委ねてしまった。
いいのかな。
まあ婚約者だしいいのか。
レイモンドの手は意外にもかたくて、僕はちょっとビックリした。
野球部の男子の手みたいだ。
まさか貴公子がバットなど素振っているはずはないだろうけど。
「ごめん、嫌だった?」
僕が戸惑っているのに気付いて、レイモンドはからだを屈めるようにして顔を覗き込んできた。
「嫌なら振り払うから、いちいち確認しなくても大丈夫だよ」
「そう。ならよかった」
きゅっ、とロザリンドの手を掴んだレイモンドの手に力がこもる。
レイモンドの手は温かくて頼もしい。
それを感じているのが本物の婚約者でないことが悔やまれた。
庭は、いわゆる装飾庭園というやつで、植え込みをつかって巨大な迷路が作ってある。
ロザリンドは迷路の構成を熟知していたというが、僕はサッパリだ。
レイモンドに手を引かれたまま、迷路の中をそぞろ歩く。
ロザリンドのからだはすぐに疲れてしまうので、迷路の途中にある四阿まで歩くのがやっとだ。
さっそく動悸のしてきた心臓を感じながら、僕は考える。
……よく死ななかったものだ。
四阿までもう少し、という所で、不意にレイモンドは僕の手を振りほどいた。
違う。
これはロザリンドの手だ。
触覚を感じるのは僕だから、つい勘違いしそうになる。気を付けないと。
「ユキムラ」
軽く地面に何かが落ちる音がした。視界の端に、落ちたバスケットから転がり出た焼き菓子が転がるのが見えた。
咄嗟に拾おうと身を屈めかけたけれど、何故か微動だに出来ない。
どうして?
レイモンドが僕を拘束しているからだ。