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第2話 ロザリンドの苦悩



ある意味でこれは悲劇と言えた。

僕は日本に住む学生で、食べることの好きなまるまるとよく肥った男の子だったのだ。

それがある日交通事故にあって、目覚めた時には痩せっぽっちで胃袋の萎縮した異国の (もしかしたら異世界の) 女の子の中にいたのだから、これを悲劇と言わずしてなんと言おう。

レイモンドは哀しそうな顔をするけれど、僕だってそうだ。

美味しそうなお菓子を目の前にして、好きなだけ食べることのできる立場にあるのに、胃袋の事情がそれを許さないのだから無念の極みだ。

それにこのからだはあまりに痛々しい。

そっと広げてみた手は、冗談でもなんでもなく骨に皮が貼り付いているという感じ。

かなり華奢な仕立てのドレスさえ、あちこちが余っている。

女性ならばそれ相応の脂肪がついているであろう部位に何もないからだ。

このからだに充ちているのは虚無だ。

そしてそれを知っているのは、彼女とは縁もゆかりもない、それどころか会った事さえない僕だけなのだった。


彼女の名は、ロザリンド・フィルフィアーノ。

十五歳になったばかりの女の子だ。

銀色の長い髪と紫色の瞳を持った、病的に痩せ細ってなおうつくしい女の子。

多数の官僚を排出してきた生粋の文門の家系に生まれ、男であったら出世は確実と言われるほどの才女でもある。

男であったら、と冠されるのが示す通り、この国では女性は政治家にはなれないらしい。

代わりに彼女が求められたのは、彼女の血を引き継ぐ優秀なこどもを産むこと。

レイモンドは、そのために選ばれた彼女の婚約者である。

いわば種馬だ。

ロザリンドは賢いと同時に、とても繊細でもあった。

自分に対する仕打ち、そしてレイモンドに対する仕打ちに、彼女は絶望していた。

不幸なことに、未来の妻としてレイモンドがロザリンドを慈しもうとしたことも、彼女を追い詰める一因となった。

それに応えることのできない自分が、彼女には辛かったのだ。


この世界で僕が目覚めた時、ロザリンドのからだは衰弱していた。

池に落ちて溺れ、生死の境をさまよっていたのだ。

ただの事故だった訳じゃないだろう。

……その先を想像するのは、あまり愉快なことではないのでよしておこう。


「どうしたの、ユキムラ」

不意に名前を呼ばれて、僕は我に返った。

レイモンドが心配そうに僕を見ている。

だが、彼が心配しているのが僕なのかロザリンドのからだのことなのかは判然としない。

レイモンドはいいやつだから、どちらのことも心配してくれているんだろう。

病床に見舞いにきた折りに、僕に起こったことを洗いざらい打ち明けたのだけれど、レイモンドはある意味でロザリンドを奪ったとも言える僕を疎むどころか、慣れない環境は不安だろうと色々と便宜をはかってくれたのだ。

僕がこの世界でなんとかやっていけているのは、彼のお陰といっても過言ではない。

今となっては僕の本当の名を呼んでくれる相手は、レイモンドただひとりだ。

「ちょっと考え事してた。ねえ、レイモンド。このお菓子、バスケットに詰めてちょっと外に行かない? 少し動けばもうちょっと食べられるかも知れない」

「いいね」

レイモンドの瞳が、とろりと細められた。微笑みとともに揺れた髪の輝きは、きらきらと音まで聞こえてきそう。

眩しいばかりに魅力的なその青年は、けれどロザリンドの心を波立たせるばかりだったと思えば、これほどの悲劇はまたとないだろう。

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