第1話 お姫様のティータイム
「もうごちそうさまかい? もっと食べればいいのに」
レイモンドの声は、砂糖菓子のように甘い。
哀しそうに下がった両眉が、髪と同じ金色をしているのが僕には少し不思議に思える。
瞬きの度にばさばさと音をたてそうな睫毛も同様だ。
僕の周りには今まで日本人しかいなかったから、色素の薄い人が珍しいのだ。
深い緑色の目が心配そうに僕を見ている。
珍しいのは、彼の顔形ばかりではない。着ている物も、僕の日常からはかけ離れたものだった。
たとえるならそう、女性ばかりで構成された有名な歌劇団の男役のスターのよう。
そしてお芝居の中みたいなのは登場人物だけじゃない。
部屋の中もそうだ。
きらきらのシャンデリアが吊るされた、いかにもお姫様が住んでいそうな部屋の中に僕はいる。貴公子然としたレイモンドと向かい合って、ティータイムの最中なのだ。
真っ白なクロスのかかったテーブルの上には、到底ふたりでは食べきれない量のお菓子が並べられていた。
見た目も可愛らしく意匠を凝らされた、お姫様のティータイムに相応しい品ばかりだ。
そして。
「大丈夫、もうお腹いっぱいなんだ」
僕は胸を押さえて言った。
ふわふわとたっぷりのレースをあしらったドレスに包まれた胸は、硬い。
服の上からでも骨の形がくっきりとわかってしまう程、このからだは痩せている。
胃が萎縮しているのか、あんまりたくさん食べる事ができないのだ。
僕は甘いものが大好きでもっと食べたいと思っているのに、からだの方がそれを許さない。
これ以上何かひとくちでも飲み込んだら、胃の中のものが全部溢れだしてきそう!
「……でもほんのちょっぴりしか食べてないよね」
レイモンドの心配はもっともだと思う。
なにしろ僕が食べたのは焼きたてのスコーンがひとつっきりなのだ。クリームをつけると胸焼けがするので、ほんの少しのベリーのジャムを添えた。
それとカップ一杯の紅茶で、胃袋はもうぱんぱん。
無理に食べたら戻してしまう。
「ごめん、君を困らせるつもりじゃなかったんだ」
蕩けそうに甘い声で、レイモンドが言う。
その声を聞いているだけでお腹いっぱいになりそうなお得感溢れる美声だ。
申し訳なさそうに、レイモンドが僕を見ている。
その表情は何故か、胸の底をざらざらと刺激した。
まずい。
胃の中のものがせりあがってくる気配を感じて、僕は慌ててカップに残っていた紅茶のさいごのひとくちを飲み込んだ。
慌てたせいで、戻したカップが派手に耳障りな音をたてる。
淑女の振る舞いではないが、許して欲しいと思う。
だって僕は淑女じゃないから。
レイモンドは基本的にすごくいいやつなんだけど、困った顔をされるとこちらがもの凄く悪いことをしているような気分にさせられるのだ。
勿論それは、レイモンドのせいじゃない。
でも、彼女はそれが辛かったのだと、彼女のからだに間借りしている僕にはわかってしまうのだった。
これほどまでからだが痩せ細ってしまうくらい。