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一つの幸せ

作者: 鍋ノ縁冗句

「いらっしゃいませ」

男はお辞儀をした。


「飲み物、何にします?」

「えっと、じゃあウィスキーで」

「銘柄はどうする?」

「えっと……」

「僕ボウモアが好きなんですよ」

「そうなんですね、じゃあ……それで」

「ありがとうございます。あと何か頼みます?このお店料理も美味しんですよ」

「へぇー、そうなんですね、じゃあ……どうしよう」

「美味しそうなものばかりで目移りしちゃいますよね」

「はい……どうしようかな」

「僕のオススメは鶏の唐揚げと山芋ステーキです。居酒屋みたいなメニューですけど、ははは」

「ホントに。居酒屋みたいですね、ふふっ。じゃあそれにします」

「本当に美味しいから。楽しみにしててくださいね」

「はい、楽しみにしてます、ふふっ」


ボーイを呼んで注文する。

ボウモア18年、唐揚げ、山芋ステーキ。


「お姉さんお名前は?」

「サヨです」

「サヨさん、クールな名前ですね」

「そう……ですかね」

「はい、実際クールだし」

「クールですか……確かに私、色気ないですよね。いつも言われるんです」

「自信ないみたいですね」

「はい……」

「さっき初めて会った時、一目見てすっごい綺麗な人が来たって僕は思いましたけどね。色気も感じたし、ドキドキもしたし」

「え?」

「サヨさんはセクシークールな女性です」

「なんですかそれ、ふふっ」

「知的な色気?みたいな、ははは」

「えっと……」

「……僕の名前、ショウカって言います」


すっと名刺を渡した。


「ショウカ……くん」

「はい、ショウカくんです」

「ふふっ、ショウカくんって……何か変」

「何か変……ですか。なにが変なんだろ、うーん」

「私、今までこういう所来たことないんです」

「そうなんですね。今日は何で来てくれたの?スーツ着てるから仕事の帰りっぽいけど」

「今日はちょっと嫌なことがあって……」

「うん……それで来てくれたんだ。ありがとね」

「あ……うん」

「よかったら話して?」

「……うん」


ボーイがお酒を持ってきた。

グラス、アイス、ボトル。

ちょっとタイミングが悪い。

サヨさんの緊張が少し戻ってしまった。


「乾杯しよっか、出会いに。ちょっと古臭い?」

「うん、ちょっとだけ、ふふっ」


アイスピックで砕いた氷をグラスに入れて、ウィスキーを注ぐ。

2つのロックウィスキーが完成すると、二人で乾杯した。


「ごふっごふっ」

「サヨさん大丈夫?」

「うん、大丈夫。私ウィスキー飲むの初めてだから……一回飲んでみたかったんだけど、あんまり合わないみたい」

「そっか……じゃあワインとかシャンパンにしといた方がいいね」

「あ、うん」

「どれにする?」

「えっと……じゃあシャンパンにしようかな。なんかこういう所ってシャンパンって感じするし」

「そうだね、ははは。確かにシャンパンイコールって感じだね」

「うんうん」


ボーイを呼んで注文する。


「ショウカくん、私のウィスキー飲んでくれる?」

「うん、じゃあ……」


グラスの中に入っていたウィスキーを一口で飲み干す。


「すごい……ショウカくん」

「ふぅー、美味しかった」


彼がウィスキーを飲み干す姿を見て、私はゾクゾクした。

普段会社では命令されてばかり。

仕事を手伝ってとお願いしても、誰も手伝ってくれない。

愛嬌のある部下でさえ私には懐かない。

でもここではショウカくんが私のお願いを聞いてくれる。

私を受け入れてくれる。


「ショウカくん」

「ん?」

「このボトル飲み干して?」

「飲んじゃっていいの?」

「うん、どうせ私飲めないから」

「じゃあ……いただきます」


イッキ飲みか。

ふぅ……序盤からキツい。

でも行くしかない!


ボトルに入ったウィスキーをラッパ飲みの要領で胃に落としていく。

味なんてもう知らない。

とにかく胃に入れるしかないから。


「――ごちそうさまでした」


全身に寒気が走る。

しかし笑顔だけは忘れない。

不味そうな顔をしていたら、お客様に申し訳ない。


「ショウカくんっ」


私は彼の腕に抱きついた。

こんなことをしても彼は抵抗しない。

受け入れてくれる。

あ、彼の体からお酒の匂いがする。

私が飲ませた証、私のショウカくん。


「どうしたの?サヨさん」

「ふふっ、なんでもないよ?ただこうしてたいの」

「そっか、大人っぽいのに甘えんぼさんなんだね、サヨさん」

「うん」


ボーイがシャンパンを持ってきた。


「サヨさんも飲も?」

「うん、入れて?」


シャンパンをグラスに注ぐと、改めて乾杯した。


「あ、これなら飲める」

「ほんと?よかったー。美味しい?」

「うん、シャンパンってこんな感じなんだね」

「シュワシュワしてて美味しいでしょ」

「そこ?やっぱショウカくんって変、ふふっ」

「えー!」


続いて鶏の唐揚げと山芋ステーキが到着した。


「どう?美味しそうでしょ」

「ホント美味しそー」

「食べてみてっ」

「えー?ショウカくん食べさせてよ」

「サヨさんってほんと甘えんぼさんだね。じゃあまず山芋ステーキから。はい、あーん」


右腕はお客様により拘束されている為、左手で口に運ぶ。


「はふはふっ。……うん、美味しい!」

「でしょ?じゃあ今度は唐揚げね。はい、あーん」

「あーん、うんうん。……これも凄い美味しい!」

「よかったー」


ボーイが来た。

(ショウカさん、席の移動お願いします。本指のマリ様です)

(分かりました、ありがとうございます)


「サヨさんごめん、ちょっと他の席行ってくるね。また来るから」


グラスに残っていたシャンパンを飲み干す。


「ごちそうさまでした」


お客様のグラスに合わせる。


「え?行かないでショウカくん」

「大丈夫、また来るから。ね、サヨさん」

「ほんとに?」

「うん」

「じゃあ待ってる」

「うん」


ショウカくん……行っちゃった。

……あの席の女、あの女が私のショウカくんを奪ったんだ!

偉そうに!


「はじめまして、セイヤです」


新しく来たのはチャラい髪型でキラキラしたスーツを着た男。

色々と飾ってるようだけど、ショウカくんの方が断然カッコいい。


「お客様、こちら当店のナンバー2でございます。どうぞお楽しみください」


これがナンバー2?ショウカくんの方が1000倍良い!



「――マリお待たせ」

「もうおそいよショウカー」

「で、何頼む?」

「もう、私ってお金としか見られてないの?」

「違うよ、マリだからこうやってすぐ頼めるの。俺マリの事信頼してるからさ」

「はぁ、しょうがないなぁ。ショウカの面倒見れるの私くらいだよ?」

「うん、いつもありがと」

「もう!ショウカったら」



――つまんないつまんないつまんない。

何このセイヤって人、ホントにつまんない!

相変わらずショウカくんはあの女の所にいるし!

私はショウカくんと居たいのに!



「――でね?香水変えたんだけどどうかな……好き?」

「うん、すっごい良い匂い。俺は好きだな、この香水」

「そう?じゃあ今度からこれつけてくるね!」

「うん、次からこれがマリの匂いね、覚えとく」

「いっぱい嗅いで?ちゃんと覚えられるように……うふふっ」


ボーイが来た。

(ショウカさん、先程のお客様が……)

(ん?あー、分かりました。そろそろ限界っぽいですね。すぐ行きます)


「マリ、他の席行ってくる」

「うん、頑張ってね」


グラスに入っているウィスキーを飲み干し、お客様のグラスと合わせた。


「ごちそうさまでした」

「いえいえ。行ってらっしゃい、ショウカ」



お客様に会釈をし、先程の席に着く。

代わりに席に着いてくれていたセイヤさんは少し疲れた顔をしている。

そんなセイヤさんに会釈をし、交代した。


「待たせちゃったね、サヨさん」

「ほんと!私ずっと待ってたのに……」

「ごめんね」

「……うん、許してあげる」


お客様は先程と同じように右腕に抱きついてきた。

これだけ綺麗な人が何故ここまで飢えているのだろう。

飛び抜けて顔が綺麗な人は蔑まれてしまうのだろうか。

芸能界という異世界に飛び込まない限り、生きてはいけないのだろうか。

あまりに突飛では、普通の世界に馴染めないのだろうか。


「ショウカくんって何歳なの?」

「20歳だよ」

「そうなんだね……私の6歳下だ……私なんておばさんだよね」

「あ、シャンパンもっと飲も?サヨさん」


お客様のグラスにシャンパンを注ぐ。


「あ、うん、ありがとうショウカくん」

「じゃあ乾杯」

「え?……乾杯」


カチンという音を鳴らし互いの心をグラスを触媒に通わせた。


「これは何の乾杯?」

「これからもよろしくの乾杯」

「これからも?」

「うん、ここに来れば年齢なんて関係ない。落ち込んでる時も幸せな時もここに来れば分かち合えるんだよ」

「……」

「これからもよろしくね、サヨさん」

「……ふふっ、うん!」





――今日は楽しかった。

仕事帰りに鬱憤を晴らすため血迷った私はホストクラブに入った。

生きる意味も死ぬ意味もなく、現代を植物のように生きていた私が今日、人として生きる意味を見つけた。


「お会計、62000円です」

「はい」


これからもショウカくんに会いに来よう。


「サヨさん」

「ん?どうしたのショウカくん」

「今日はありがとね」

「ううん、こちらこそありがとう」

「また来てね。いつでも待ってるから」

「うん!また来る!じゃあねショウカくん!」

「うん、おやすみサヨさん」


ショウカくんは出口まで手を繋いで送ってくれた。

嬉しい。

私はまた明日から仕事を頑張れる。

今まで以上に頑張って、ショウカくんに褒めてもらうんだから!


(ショウカさん、マリ様がお呼びです)

「分かりました、すぐ向かいます」


お客様の席に着く。


「――もう、ずっと何してたの?あの女ばっかりズルい」

「まぁいいじゃん、今日はもうずっとマリと一緒にいるからさ」

「え?ホントに?」

「うん」

「貸切状態?」

「うん」

「えへへっやったー」


お客様は酔ってらっしゃる。

丁重に対応しないと。

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― 新着の感想 ―
[良い点] なにげなく目にとまって読ませてもらったのですが、面白かったです…! 都会のおとなの世界のひとコマを、ちょっと切り取った感じで、オシャレです。 ケータイ小説的な読みやすさのなかに、村上春樹っ…
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