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お姉ちゃんスイッチと征く異世界紀行

作者: 青本計画

 そこは、地球ではない星。その世界の片隅にある、小さな森。


「お姉ちゃん、まだかなー」


 暇を持て余した少女がそっと呟く。

 気怠げだが綺麗に整った容姿、天然パーマの青髪と黒と水色を基調とした服装が特徴の楚々とした美少女である。

 名を棚町詩織、日本人だ。つまり彼女にとって此処は異世界にあたる。

 遠く、遥か遠く故郷から離れた異界の森で、彼女は野営用のテントの前で食料調達に出掛けた姉の帰りを待っていた。

 そこに──


「大変ですシオリさん! ヒナタさんがスライムに捕まってしまいました!」

「え?」


 息を切らして駆け込んできたのはカスミという現地人の旅の連れ。

 しなやかな体型とウルフカットの紫髪が中々にスタイリッシュな少女だ。

 そしてその後ろに続くのが──


『しおりー、たすけてしおりー』

「こっち来たァーー!?」

「お姉ちゃあああん!?」


 詩織たち目掛けて移動する半透明の巨大な粘液状の怪物──いわゆるスライム──に、顔を除いて全身を捕食(?) されている詩織と同じ顔の少女(ただし泣き顔)。

 短い赤髪と、白と桃色をイメージカラーとしたファッションが快活な印象を与えてくれる彼女こそ棚町詩織の双子の姉、棚町日向その人である。


「こっちですシオリさん! 走って!」

「カ、カスミさん! あれなんなの!?」


 迫り来る巨大スライムから逃走しながら詩織が問う。


「あれは服溶かしスライムです!」

「なにその悲しいモンスター!?」

「その名の通り人間の衣服だけを溶かすスライムです! 正式名称は忘れました!」

『しおりー、たすけてしおりー』

「え、服溶かすだけ? お姉ちゃんは大丈夫なの?」

「はい! 最終的に全裸になってしまう以外は特に人体に害はありません! まあ乙女的には最低最悪のモンスターですが!」

『しおりー! たすけてしおりー! 上着溶けてきたよしおりー!』

「………………」


 命の危機こそ無いものの、乙女として悲痛な叫びを上げる姉の声。

 詩織は考える、今自分にできる最善の選択とは何かを。

 此処は異世界、地球の常識は通じない。重要なのは臨機応変さだ。

 一秒にも満たない刹那の思考の後、少女の灰色の脳細胞は瞬時に正解を導き出す。


「よしもっとやれ服溶かしスライムぅ!」

「え」

『しおりー!?』

『*****?(スライム特別意訳:こいつまじ?)』


 そう、それは親愛なる姉の痴態をその眼に焼き付けること。

 十六歳になる今でもお風呂には姉妹で一緒に入っているがそれはそれ、シチュエーションの力というのはいかにも大きい。タグ:スライム。

 心のRECがオーバードライブ。


「良い! 良いよォ! すごく良いよお姉ちゃん!」

『しおりぃいいい!?』

「あのーシオリさん? 服溶かしスライムはそこまで強いモンスターではないので普通に戦えば簡単に……」

「なにカスミさん、文句あるの?」


 邪魔する者はDeath or Die.

 美少女にあるまじきヤクザもビックリなドスの利いた声であった。


「ありません!」

「Good. 良い返事だ」

『カスミぃいいい! もうちょっとがんばれカスミぃいいい! あとでその鶏ガラみてぇな体でスープとってやるからなカスミぃいいい!』

「どうして矛先が私にばっかり!?」

「おいスライム! ニーソは残しとけよ!」

『****!(意訳:マカセロ!)』


 体の一部を変形させ、まるで人間のようにサムズアップする服溶かしスライム。


「なんでこの人スライムと意思疎通できてるんです?」


 友情は種族を超える。


『あ!? ちょっと待って下着は! 下着は勘弁し──しおりー! 助けてしおりー!」

「………………」

『しおりー! 写真はやめてしおりー!』


 スマホのカメラでこの聖書のワンシーンのような光景を撮影する詩織。

 異世界に来てからこちら、大事に大事に使ってきたスマホの充電が残り4%しかなかろうがお構いなし、未来に託すべきモノがここにはある。

 このSDカードには将来億を超える価値が付くだろう。売る気もないが。


「大丈夫、録画だから」

『なお悪い!』

「撮影は続ける! カメラは止めない!」

『うっさいわ!』

「あ、へそチラ」


 上着の一部が溶けてついに露になる日向のへそ。

 中学ではよく運動部の助っ人に呼ばれていただけあって、ほどよく引き締まった腹筋が実に健康的かつ扇情的、というのは妹談。


Grooooovy(ぐるーーーーーびー)!」

「本当にやっべぇなこの人」

『しっ、しおりー! たすけてしおりー! 今日の晩御飯はハンバーグにするからたすけてー!』


 いよいよもって尊厳の危機の姉。お腹が冷たい。


「もうひとこえー!」


 ここぞとばかりに妹。もっと見たい。


『チーズイーン!』

「そうじゃなくてー!」

『あーんして食べさせてあげるからー!』

「お姉ちゃんから離れろこのダボハゼがぁあああ!」

『*****?(意訳:こいつまじ?)』


 友情も壊れるのは一瞬。


「オープンセサミ!」


 詩織が唱える。

 すると彼女の目の前に五十音の書かれた鍵盤が弧を描いて出現する。

 これこそが、異世界人である棚町姉妹が異星の神より授かった特殊能力。

 いわゆるチート。

 その名も──


「お姉ちゃんスイッチ【え】!」


 説明しよう。

 お姉ちゃんスイッチとは妹が選択した任意の五十音に対応した道具・技・魔法が姉の下に顕現するスイッチである。要するに金色のガッシュベル方式。

 ただし発動に際するエネルギー消費は両者共に半々で負担する。


「さあお姉ちゃん! ぶっ飛ばしちゃって!」


 そして、この【え】に対応するのは。


『エクス……』


 世界で最も有名な剣であろう。

 高潔なる騎士達の王が湖の乙女より授かった、決して折れず、毀れず、遍く全てを断ち切る黄金の光。


『カリバァアアアアアア!!!』

『******!?(意訳:こいつまじぃ!?)』


 ──聖剣・エクスカリバー。

 刀身から放出される規格外の熱量は、触れるだけで相手を消し去るだけの威力を持つ。

 所詮RPGではチュートリアルの代名詞のスライム風情が、物語の最終盤で手に入る類の武器に耐えられるはずもなく、哀れ爆発四散。

 ビックリするほどオーバーキルである。

 飛び散った液体も一滴残らず完全に蒸発し、命の痕跡すらも消滅。

 ここに、大きなお友達の夢(ふくとかしすらいむ)は滅びた。


 かたや華麗に大地に降り立った日向は何処からか取り出したサングラスをかけ、聖剣を担ぎながらこう呟く。


『Too Easy.』

「ふぉおおお! お姉ちゃんしゅごいぃいいい!」

「こいつらまじなんなんです?」


 ──などと、以上の流れから大方の察しは付くかと思われるが、

 この物語は、ヘンテコ姉妹+αのドタバタ異世界紀行である。


 *ただし姉は半裸。


「「きゅう」」

「あ、倒れた」


 魔力切れである。

続かない。



参考文献

https://www.nicovideo.jp/watch/sm30998223

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