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2.シャーロット

 シャーロットがマルティーノ家に引き取られたのはシャーロット5歳、クレアが6歳の頃だった。


 父ベンジャミンの愛妾の子、シャーロットは王都から離れた村で母親と慎ましく暮らしていたが、シャーロットの母親が病で亡くなったことでマルティーノ家の二女としてやってきたのだった。


 こういったことは貴族階級ではそう珍しいことでもなかったが、本妻の子と一歳しか違わない、しかもマルティーノ家の血を引く女児ということで社交界ではかなりの噂になったらしい。


 前年にクレアの母親が不慮の事故で亡くなったばかりだったこともあり、シャーロットを歓迎する雰囲気は家にも社交界にも微塵も感じられなかったのだ。……が。


 底抜けに明るく、可愛らしく賢いシャーロットに、家族の、いや屋敷の誰もが次第に夢中になっていった。


 母方の血が強いらしく、クレアたち兄弟とは系統が違った美しさだったが、ふわふわのブロンドヘアに華奢な骨格、愛嬌のある大きな瞳は誰が見ても美少女のそれだった。


「クレアお姉さまはアスベルト様とご結婚なさるのね。この国の、本当のお姫様になるのね…なんだか夢みたいなお話だわ!」

 鈴が鳴るような高く心地よい声でクレアを呼び、思ったことをそのまま口に出す素直さがとても微笑ましい。クレアにとってシャーロットは紛れもなく大切な妹だった。


 しかし、平民出身のシャーロットは他の貴族令嬢からよく思われていない節があった。

 姉妹揃って参加したお茶会では、思わぬ指摘を受けてシャーロットが泣き出してしまう場面もよくあったが、そのたびにクレアはシャーロットを庇い、守ってきた。


 そして、シャーロットが15歳になる頃には、シャーロットの存在を醜聞として扱う人はいなくなっていた。

(これでもう安心。かわいい妹をこの先もずっと守って生きていこう)


 そう思っていたのに。


 クレアとシャーロットの関係に変化が訪れたのは、二か月前のシャーロットの洗礼式のことだった。

二か月も経ったにもかかわらず、クレアはその日のことを鮮明に思い出せる。


 洗礼式は、母親の出生地が属する教会にある洗礼の泉で行われる。シャーロットの母親は隣国パフィートの町娘だったため、洗礼はパフィート国の教会で執り行われた。


 シャーロットが泉に足を踏み入れた瞬間、パッと辺り一面が真っ白く発光した。泉一面が真っ白にキラキラと輝き、クレアは眩しくて目が開けていられない。

 と、同時に貴族階級の立会人達からワッという歓声があがった。


「…白だ! シャーロット、よくやった!!」

 父ベンジャミンがシャーロットに駆け寄って抱きしめる。


 シャーロットの魔力の色は、これまでマルティーノ家の長女にしか与えられたことのない色……優秀な血統を証明する、「白」だったのだ。

 後から駆け寄っていく王族や貴族たちの中には、立会人として同行していた第一王子アスベルトの姿もあった。


 クレアが一年前に掴み損ねたその光景の中央でシャーロットが嬉しそうに笑っているのを、クレアはただぼうっと眺めていた。


「これは、アスベルト様のクレア嬢との婚約はシャーロット嬢とのものにすり替わりそうだな。大きな声では言えないが、学院でもシャーロット嬢と親密だと聞いているし」


「公爵家とは言え二女の洗礼式にわざわざ立ち会っている時点で、もともとアスベルト様はシャーロット嬢にご執心なのではないか」


 熱を持ち、クレアの存在を見失った観衆の中で、そんな心無い言葉を幾度となく聞いた。



 シャーロットの洗礼式後、月に一度だった学院からの帰省は週に一度へ増えた。父や兄たちがシャーロットを上官や貴族たちに紹介するため、毎週のように夜会やお茶会が開かれるようになったからだ。

 クレアは毎回、その付き添いを命じられていた。


 父たちがシャーロットを紹介する相手はみな、元々クレアの顔見知りでもあった。第一王子の婚約者として一目置かれてきた相手だ。


 しかし、今はもう違った。


 シャーロットに付き添って夜会の会場に入ると、決まってシャーロットには羨望のまなざしが、クレアには憐憫の感情が向けられる。

 そして、父ベンジャミンは、洗礼式の直後から第一王子アスベルトの隣にはクレアではなくシャーロットを置きたがるようになっていった。

 アスベルトのほうも、元々シャーロットを妹のように可愛がっていたせいか、まんざらでもない。


「お姉さまの婚約者なのに…どうして…悪いです」

 最初はそう言って居心地悪そうにしていたシャーロットも、二ヶ月経った今ではいつのまにか自然とアスベルトの隣に収まるようになっている。


 クレアは、いつもニコニコ笑って壁の花になった。

(誰か、私を解放して……)

 いつか訪れるその日のことを、心から切に願っていたはずだった。


―――――


 アスベルトの友人の貴族子息やシャーロットたちと鉢合わせしないよう、クレアが学院内で時間を潰してから寄宿舎に戻ると、部屋の中は既に真っ暗だった。


 明かりを灯し、ガラッとクローゼットを開ける。帰省の時にだけ使用する一番大きなトランクケースを取り出し、部屋の中央に広げた。


 クローゼットから動きやすそうな服を選んでベッドの上に並べていく。ドレスは避けて、機能的なものを選ぶ。


……コンコン


 来客だ。


「はい、どなたでしょう?」

 できれば今は誰にも会いたくないが、感情を隠すように顔を押さえながら、扉の近くへ行って努めて明るく返事を返す。


「シャーロットです、お姉さま。お話があるんです。…あの、お部屋に入れてくださらない?」

 訪ねてきたのは、異母妹のシャーロットだった。


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