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12.自立

心地よいフカフカの寝具に包まれているようだ。

みなみの部屋のベッドとはずいぶん違うな、とクレアは思う。


目を開けると、ぼやけた風景が映る。

次第に景色がはっきりしてくると、どうやらここはリンデル島内のホテルだということが分かった。


「気分はどう?」

ベッドに横たわるクレアの視界に、リュイが現れる。


「ええ、大丈夫。でも、私……」

状況がつかめないクレアにリュイが言う。

「さっき、クレアは海岸で突然気を失ってしまったんだ。それで、ヴィーク達とホテルに運んできた。眠っていた時間は1時間ほどかな」


「そんな……ご迷惑をかけて、申し訳ありません」

クレアは驚いて、謝罪する。

「気にしないで」


リュイは自然に続ける。

「洗礼のように、神や精霊から大きな力を受けた後は体がその力に耐えきれずに気を失ってしまうことはよくあるよ」


「洗礼……?」

クレアには全く身に覚えがないことに、戸惑いを隠せない。


「クレアが倒れる前、海岸でオーロラのような光が降りてきたのを覚えてる?」

「ええ、なんとなくだけれど」


「恐らく、あれは洗礼によるものだと思う。魔力の色は分からないけれど、白や銀よりもさらに強いもののような気がする」

リュイは続ける。


「あの海岸は、もとはリンデル国の教会があった場所だということは教えたよね? 教会がなくなってしまっても、あのビーチはずっと聖泉でありつづける。理論上は、洗礼を受けることができるんだよ。……母親がリンデル国生まれの貴族がいればの話だけどね」


……どきん、とクレアの胸が跳ねた。


『婚約者クレアの母親の生まれが旧リンデル国ってことしか覚えてないなぁ』

夢の中で璃子が言っていた言葉がリフレインする。


自分がゲームの世界で生きていること、そして最初の夢で聞いた璃子の言葉通りに洗礼を受けたことは理解したクレアだったが、受け入れるのにはまだ時間がかかりそうだった。


「私、15歳で淡いピンク色の魔力を授かっていて……洗礼なんて、信じられないわ」


「ノストン国の王都で洗礼を受けたのだよね? 普通なら、母親に縁のない場所で洗礼を受けたとしても、ごく弱い魔力しか授かれない。それなのに、淡いピンクを授かったということは、それだけ精霊の加護が強かったということなんだろうね」


リュイが温かいお茶にはちみつをいれて手渡してくれる。


「……」

クレアはカップを受け取ると、信じられないという風に首を振った。


「まぁ、お茶でも飲んでゆっくりして。ヴィークが死にそうな顔で心配していたから、少ししたら呼んでくるね」

「リュイ、本当にありがとうございます」


クレアがお礼を告げると、リュイは微笑んだ。


―――――


翌朝の朝早くにリンデル島を出発した一行は、3日後の昼にはパフィート国の王都・ウルツに到着した。

道中、パフィート国に入ってからのヴィークは、ずっとストールで顔を隠していた。

立ち寄った宿屋やレストランでは顔が特に広いドニが女性たちから声をかけられることはあったが、大きなトラブルに遭遇することなくここまで来られた。


クレアと言えば、ウルツの街に降り立って夢見心地だった。

「すごいわ……。ティラードとは比べ物にならない」

感嘆の声が漏れる。


ノストン国では城以外ではほとんど見られない石造りの高層建築が立ち並び、その合間にたくさんの商業施設や美しい公園がある。馬車が何台も余裕をもってすれ違えるほどに広い道には樹が植えられ、鑑賞目的の小川まで造られていた。


そして何より驚くのは、そのどれもデザインや配置まで計算され、人々の暮らしやすさと調和する美しさだということだった。


「どうだ、ウルツの城下町は」

ヴィークが自慢気にクレアに問う。

「ええ、とっても気に入ったわ。本当に素敵!」

クレアは目を輝かせて答えた。


「後でまた来るといい。城までは街を迂回して20分ほどだ」

ヴィークが続ける。

「行くぞ」


「待っていただけますか」

クレアが告げた。

馬を走らせようとしたリュイが手を止める。

クレアは、リュイの助けを借りて馬から下りた。そして言う。


「ここまで、ご一緒させていただいてありがとうございました」

深々と頭を下げるクレアに、ヴィークは困惑の色を浮かべる。


「どういうことだ? 道中、何度も話しただろう。慣れるまでは城で保護すると……ただの保護が嫌なら、王宮の魔術師はどうだ?」

「本当にありがたいお話ですが、殿下の計らいで生活を助けていただくことは、パフィート王家の醜聞や思わぬ摩擦を招きかねません」


クレアは凛として続ける。

「私は……勝手かもしれませんが、皆さんをとても大切なお友達だと思っています。お互いの立場を気にせず、1人の人間として接することができたのは初めてでした。……それに、大切な友人であるヴィークのことを殿下とお呼びしたくはありませんし」


「……ぷはっ」

神妙な顔で聞いていたキースが噴き出した。


「……」

ヴィークが複雑な心情を思わせる表情でキースを睨む。


「クレアお嬢様はこういうお方だよね」

ドニがいつもの末っ子っぽい口調でクレアを援護射撃する。

「もういい加減に諦めたらどう、ヴィーク。窮屈な籠から自由になった鳥を再度囲い込むなんて無粋だよ」

リュイが呆れている。


「……本当に大丈夫なのか」

ヴィークが念を押すように聞く。

「ええ、多分。数日はきちんとしたホテルに泊まって、職を探しますから。私、新しい生活がすごく楽しみなの! ……でも、本当に困った時は助けてくださいね」

クレアは、ヴィークのプライドに気遣いながら茶目っ気たっぷりに答えた。


「わかった。……では、通行証代わりにとりあえずこれを渡しておく。これがあれば、俺への取次ができるはずだ」

ヴィークは身に付けていた懐中時計を外し、クレアに渡した。


「ええと……。もっと(いろいろな意味で)軽いものはないのでしょうか」

驚いたクレアはヴィークに言う。

「俺のピアスでもいいが」

不敵なヴィークの答えに、クレアは

「い、いえ! こちらにするわ」

そう答えるしかなかった。


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