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10.オーロラを見た

食事を終えた5人は、腹ごなしの散歩も兼ねてリンデル城の裏まで歩いた。

頬を撫でる心地いい夜風は、甘くて爽やかな花の香りがする。

今夜は満月で月明かりが眩しく、灯りは不要だった。


「クレア、この先だ」

ヴィークの声に従って高い木に囲まれた道を抜けると、パッと視界が開けた。


「わぁ……っ。これは、海岸ね!?」

クレアは思わず声を上げる。


リンデル島は断崖絶壁の崖からできている島だったが、ヴィークが案内してくれたその場所だけは、小さな海岸になっていた。

自分だけのものと思ってしまいたくなるほどに美しいビーチの海面には、輝く月が写っている。

月の光を受けてキラキラ輝く水面は、この世のものとは思えないほどの美しさだった。


「ここはね、昔、旧リンデル国の教会があった場所なんだ」

リュイが教えてくれる。

「海に囲まれたリンデル国の神は、海の女神。このビーチは、その聖泉とも呼ばれている。悲しい歴史があって教会はなくなってしまったけれど、美しい景色で人々の心を癒してくれるとっておきの場所なんだ」


「……」

クレアは、ここに連れてきたヴィークの意図に気が付く。

(私のために……)


ヴィークを見ると、照れを悟られないように海面を見つめている。

「ありがとう、ヴィーク」

クレアは続ける。

「どんな慰めより心に響いたわ。あなたは人の心に寄り添える人なのね。きっと、素晴らしい統治者になるわ」


ふと、アスベルト第一王子の顔が浮かぶ。

彼は真面目だが、人の心の機微に疎いところがある。


確かに、小さい頃から一緒にいて、クレアの容姿を褒めたり贈り物をくれたり婚約者としては大切にしてくれた。

しかし、クレアが傷ついているときに寄り添ってくれることはなかった。


それどころか、思い返してみるとクレアの浮き沈みに気が付いてくれたことすらなかったかもしれない。

そういうわけで、クレアはアスベルトに対し、小さい頃から英才教育を受けている王族としては少し幼いという印象を持っていた。


とは言っても、将来ノストン国を統治するものとして、民への思いやりは不可欠だ。

だから、実のところクレアはアスベルトの興味がシャーロットに向き始めたと感じた時、少し安心したのだ。


アスベルト自身のこと以外に興味を持ち、慈しむ心があればこそ民からの信頼は得られる。

クレアの結婚は政略結婚そのものである。

つまり、クレアとアスベルトの心は通い合っていなくてもよかった。

ノストン国が正常に統治できればそれでいいのだ。


クレアは、ヴィーク達の思いやりに触れて考える。

(パフィート国の王族はさすがだわ。側近たちも年若いのに、思いやりがあって思慮深く、それでいて視野も広い。それにひきかえ……。アスベルト第一王子は今はシャーロットに夢中だけれど、ひとたび他のものに興味が向けばシャーロットは悲しい思いをするかもしれないわ)


縁を切ったはずの祖国のことを考えてしまうのは、長年王妃候補としての重責に耐えてきたクレアには当然のことだった。


「誰のことを考えている」

気が付くと、ヴィークの肩がクレアの顔のすぐ隣にあった。

「いえ、……実はノストン国のことを。国ではこのような景色は見られなかったから」

クレアは、本当のことも織り交ぜて答えた。


波間に揺れる満月を眺めながら、静寂が続く。

ふと、クレアは数日前に馬車で見たあの夢のことを思い出した。

『洗礼式は、ノストン国じゃなくて旧リンデル国領で行え』

懐かしさを感じるその声が、なぜかクレアの頭の中に響いている。


(洗礼式は、母親の出生地の教会で執り行うと決まっているわ)

(お母様は、ノストン国の男爵家の末娘だったはず)

(なぜ、リンデル国が出てくるのかしら)


クレアが思案していると、

「うわー! 冷てー!! 何するんだよドニ!」

静かだったはずの海岸にキースの声が響く。


「!?」

見ると、ドニとキースが海に入ってじゃれあっているところだった。

……正確には、キースがドニに海の中に引きずり込まれたところ、という方が正しいかもしれない。


「おっ、楽しそうじゃないか。俺も混ぜろ」

ヴィークがつられて駆け出していく。

あっという間に波打ち際にたどり着いたヴィークは、ドニと結託してキースに水をかけまくっている。


「……まるで子供だね」

リュイがあきれたようにクレアに向かって言う。

「さっき、リュイはこの海岸のことを聖泉と言ったわよね? あんな風に入って大丈夫なのかしら」

「それは問題ないわ」

リュイは続ける。

「ここは自然が創った特別な癒しの聖泉だから。クレアも入っていいくらいだよ」

「……!!」


実はクレアは、海に足を踏み入れたことがなかった。

はしたないとか、衛生面がとか公爵令嬢ならではのいろいろな事情があり、海は眺めるだけの存在だった。

(足で水に触れるぐらいなら。……でも夜だし、寒いし、だめよね)

そんなクレアの心を見透かしたように、リュイはクレアの手を取った。

「私たちも、行こう」

「……!」


窮屈なブーツを脱いだ足に、サラサラの砂が触れる。

踏みしめると、きゅっきゅっと音がして、新鮮な感触だ。


クレアは、水の掛け合いではしゃぐ男子3人から少し離れた波打ち際に立って、波を待つ。

中くらいの波が来て、クレアの足に触れる。

(わっ……)

思ったよりも伸びてきた波は、クレアの足首ほどまでを埋めてまた海の方へ戻っていく。

引き波の時に足の周囲の砂をかすめ取っていく感じがなんとも独特で気持ちがいい。


その時。

「「「「「!!」」」」」

満月に照らされていた夜空が、一層明るく光り、全員が言葉を失った。

キラキラした虹色の光が空を覆いつくしている。

一見、白っぽく見えるが、光の一粒一粒はそれぞれ違う色を包んでいて、海岸の夜空には幻想的な光景が広がっていた。

その輝きの欠片がこの海岸に降ってきそうな勢いだ。


「何だこれは」

ヴィークが驚きの声を上げる。


「オーロラか……? 温暖なリンデル島はオーロラが見られる地域ではないはずだが」

キースも目の前の光景が信じられないようだ。

「これは……もしかして……」

リュイが考え込むように顎に手をやる。


クレアは混乱していた。

(この光景、どこかで見た……)


(そうだわ、シャーロットの洗礼式で見たわ。でもあの時は泉が白くキラキラ光ったのだったわ)


(これは……空全体が光っている……昔、北の領地で見たオーロラのよう)


そう思い至った瞬間、クレアの頭の中に、あの声が響いた。

『洗礼式は、ノストン国じゃなくて旧リンデル国領で行え』


(……どういうこと?)


急に体が重くなる。

立っていなければと思うのに、体が言うことを聞かず、膝から崩れていくのが分かった。

「クレア!!」

クレアは意識が遠のく中で、ヴィークの声を聞いた気がした。


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