第七話 黒いスライム .3
「ここまで来れば、追って来れない、一応、罠貼る」
スライムは罠を貼りながら逃げ続けていた。
消費した体積も時間が経てば再生する、距離を取りながら罠を貼り敵を弱らせるのが本来の戦い方である。
ただ、スライムは知らなかった。罠をものともしない魔物の存在を。
その魔物は暗闇の奥から轟々と燃え盛る炎の音を立てながら近づいてくる。
暗闇に浮かぶ赤い瞳が揺らめいて動き、徐々に近づいてくる。姿を視認した時には、罠である身体の一部を燃やしつくしながら走る蒼炎を纏う鬼が居た―――。
◇◇◇◇
ユーリーがスライムと戦闘している最中、ダンジョン前には計十名の冒険者が待機していた。
急遽集める事の出来た中で実力が保証されたAランクの冒険者達、その中にはアンリ達の姿もあった。
狭い通路の中で戦うには最大でも五人が妥当だろうと考え、アンリ達は着いてきたが実際に戦闘をするのはAランク冒険者達になる。
現在は最後の作戦会議中で、ユーリーをどう討伐するかが話されている。鉄則で言えば、前衛が耐え後衛が魔法による攻撃でダメージを当たるのが鉄則である。
剣を使うという事前情報から、前衛は鎖帷子を装着し防刃対策を高め大盾を持ち防御に徹する。
もし、耐える事が出来ない力量差ならば大盾を捨て攻撃をいなす事に徹し隙を作る。その間にも支援班は身体強化と回復を怠らず一定の距離を保ち、魔法攻撃班は一人が攻撃に回り、もう一人が魔法による攻撃に備えておく。
この陣形は大型の魔物に対する陣形であり、この陣形を維持する事こそが勝機につながる。
「行くぞッ」
リーダーであるAランク冒険者の一人が作戦開始の狼煙を上げた。
冒険者達はユーリーが何処に居るか把握していない以上、一階から慎重に行動する必要がある。
入り口からダンジョンへと侵入して、マッピングしながら迷わないように探索していこうとした時、冒険者の視界に飛び込んできた。
入り口から、まだ数分しか経っていない位置、そこで目にしたのは蒼炎を纏う鬼の姿であった。
蒼い炎の中から、より際立つ赤い瞳、間違いなくアンリ達が出会った鬼が目の前で戦闘を繰り広げていた。
「鬼……。本当に居た……のか」
あまりの恐ろしさに冒険者はたじろぐ。
Aランク冒険者は数多の魔物を倒してきた実績を持っているが、その中でもユーリーの今の姿は異質だった。
そんな異質な存在と戦闘しているのは、更に異質な存在であった。
黒い何か、人間の形を成しているが人間ではない。その姿はユーリーよりも異質に見えた。
「臆するなッ、戦闘中なのかこちらに気づいていないように見える。最初の一撃が肝心だ、身体強化を前衛に施し魔力を高め魔法の発射と同時に前衛は斬り掛かれ」
的確に指示を飛ばすリーダーに呼応し指示通りに作戦を実行する。
三つ巴の戦いになれば混戦を余儀なくされる。どちらか一方が倒れるのを待つのも一つの手だが、ダンジョン内部で別の魔物に襲われ気づかれる可能性を考えると待つ事は出来ない。
どちらか一体をAランク冒険者達の最大の一撃で仕留める事が出来ると考えたのであった。
この方法は通常の魔物ならば正解だろう、ただ目の前にいるのは特異種という異常な魔物である。
魔物との戦闘経験はあるが、特異種との戦闘経験のなさが慢心を生んだ。
◇◇◇◇
魔力の消耗が激しい。これ以上、魔力を燃焼に回せば枯渇し戦闘の継続が困難になるだろう。
ユーリーの現状は思ったよりも芳しくはなかった。スライムとの距離を詰めてタックルをすれば蒼炎はスライムの身体を蝕み焼き尽くすだろう。
ただ、それをしてしまえば喰らう事は出来ない。スライムの核である魔石を破壊せずに抜き取る必要がある。
『どうにか拘束することが出来れば』
こんな時、仲間の存在が重要になる。
様々な魔法を駆使し戦略を立てる事で今まで困難を打破してきた。ただ今は一人、と思っていた時に視線を感じた。
魔物の身体となった影響か、研ぎ澄まされた五感は暗闇の中でも視線の元を把握した。
『この視線は魔物じゃない。様子を見るように待機する思考は無い、ならば―――』
人間。それも気配を消し構えている。新人ではない上位の冒険者である。
もう少し猶予があると思っていたが、ギルドはユーリーの予想に反して即行動に移していた。それほどユーリーの存在が脅威だという証拠だ。
ただし、この構図はやり方次第ではユーリーが戦闘を優位に進める鍵となる。
スライムの核を取り出すには足りないピースを冒険者達を利用することで埋める。
現在の位置はスライムとユーリーが対面している側面で冒険者が様子を伺う立ち位置だが、ユーリーは立ち位置を徐々に左へと移動していく。
こうする事がスライムの背後には冒険者が居るという構図になる。ここでスライムに明らかな隙を作れば、冒険者はスライムに不意打ちを決めるだろう。
ただ、肝心なスライムが防御に徹している。
張り巡らされたスライムの触手は、一本ずつ切り離し仕掛けられており蒼炎が全てを燃やしきるには相当量の魔力を消費しなければならない。
ただ隙を作るだけなら容易い。
ユーリーは蒼炎の球をスライムへと放った。
一本、二本と触手を燃やし突き進む蒼炎は更に三本の触手を焼き尽くし霧散する。
ただ、防御に徹するために焼き尽くされた触手を再び張り巡らそうとスライムが動き出した、その時であった。
スライムの身体を貫く無数の剣先、それを引き抜き次々と飛来する魔法が暗闇を照らす。
全てが着弾した時、スライムの身体は細々と石畳に飛び散っている。
ただ、これでスライムが死んだと思えない。魔石の破壊を確認するまではスライムは生きていると考えていいだろう。
それは冒険者も同じ考えであった。アンリ達が一度見て倒したはずの黒いスライムが姿形を変えて再び現れたのだから。
警戒していた。はずだった、ユーリーも冒険者も死の確認が出来るまで油断も気を緩める事もしなかった。
だが、前衛を務めていた一人が暗闇に飲み込まれる。その暗闇は徐々に体を包み、藻掻けど絡み突く暗闇を振り払う事が出来ずに冒険者はスライムの身体の一部に喰われた。
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