第六話 黒いスライム .2
目の前の黒いスライムから何かを啜る音が聞こえる。
食事をしている様に見えた、その光景の近くには黒い影が一つ横たわっていた。
スライムは黒い影の上で耳障りな音を立てながら蠢いている。その姿は蛭が血を吸う光景と似ていた。
黒いスライムに鮮血が混じり更に黒さを増していく。
ユーリーの存在に気付いているだろうが、食事に夢中なのか動こうともしないスライムを注意深く観察していく。
明らかに異様な存在、普通のスライムとは思えない何かを直感的に感じる。
今、愚直にも他の魔物と同じく力任せに手を出してしまえば、危険だと察知し観察していくとスライムが少し動き真下にある影の正体が分かる。
『人間……か?』
鎧や衣服は既に溶かされ、全身の皮膚は焼け爛れ血が滲み出ており原型を留めていない。
ゾンビかと最初は思った、だが筋肉が突き腐敗していない事から冒険者が魔物の餌食となったのだろう。
ダンジョン内部では普通の出来事、ただ人間を捕食している魔物が普通では無い。
異様な速度で死体から血が吸い出されていき血色が悪くなっていく。
そして、最後の一滴を吸い終えると黒いスライムは発光し始めた。その光景をユーリーは知っている。
今までに二度、ユーリーが経験した潜在進化の瞬間に起こった出来事と同じ光景が目の前で起こっている。
球体上の体は発光しながら、徐々に姿を変えていく。
身体はうねりはじめ、球体から四方向へ伸びはじめ形が人間の四肢の形に変化する。
ものの数分で元がスライムだったのが嘘の様に姿を変えた黒いスライムは発光を終え姿が露になった。
『人間……、いや違う。あれはなんだ』
スライム特有の艶のある肌をしており、髪や目や耳といったものはなく顔にあるパーツは口のみ。
人間の形を成したスライム、そういった印象である。ただその異様な姿を見てユーリーは動くことが出来なかった。
硬直しているユーリーに前々から気づいていたかのように、ゆっくりと振り返りスライムは口を開いた。
「お前、喰って、やろうか」
殺気がこもっており、水の中で無理やり声を出した様な不快な声がユーリーに向けられる。
目の無い顔が振り向き、気味の悪さも相まって身震いがする。
ユーリーはAランク冒険者として数多の魔物を見てきた、その中でも上位に入る気味の悪さに嫌悪感が沸いてくる。
戦闘になる、見たことのない魔物で知識としての蓄えが無い以上、先を急ぐ為になるべく戦うのは避けたい。
「ダダガイダグナイ」
声帯が腐敗し、上手く声が出せないがユーリーは戦う意思を見せない選択を取った。
スライムは思考し話した、という事は対話により戦闘を回避する事が出来るかもしれない。そして知能を有するのならば協力者となり得る可能性も考えた。
だが、その期待は脆く崩れさることになる。
「美味そう」
スライムは短く呟くと体を震わせて体の至る所から無数の触手を伸ばす。
ユーリーとの距離は十メートル。その距離をスライムとは思えない速さで無数の触手を伸ばし間合いを詰める進路を塞ぎながら迫り来る。
この状態では触手を避けながらユーリーが攻撃する間合いまで入るには至難の業、逃げるのは簡単だが出口への階段はスライムの後ろにある。
『面白い、逃げ帰る時間の猶予も無く前へ進むしかない状況。ただ前は地獄、剣で触手を切り刻もうとも再生し迫り来るか』
四方八方から迫り来る触手を全て斬り伏せていく、石畳に音を鳴らしながら落ちていく触手は地面に落ちた瞬間に液体へと変わりスライムの体へと引き寄せられていく。
この動きでユーリーは仮説を立てた。スライムが再生する事が出来るのは無限では無く有限で体積までしか触手を伸ばすこともできないという仮説だ。
斬り伏せた後の水分を処理することが出来れば、次第に触手の数も減るかもしれない。
ユーリーは地面に落ちる体の一部に生前から使う事の出来た炎魔法を行使する。
炎球を極限まで魔力を圧縮し掌の上で可視化させる。魔力の総量で炎の火力は上がり赤い炎が徐々に蒼みを帯び始める。
ここまでの魔力量を魔法に込めるのは、魔物の身体だからこそできる事だ。
『行け炎球。スライムの体を蒸発させろ』
スライムの体の一部に炎球を放つと着弾した。その瞬間、炎の火力が一気に上がる。
どうやらスライムの身体は水分では無く、油分であった。その為、炎はより火力を上げて燃え盛る。
ここが石畳に囲まれたダンジョン内部でなければ火事が起こり、人間の身体ならば一酸化炭素中毒により戦闘の続行は不可能であっただろう。
魔物は生命活動に酸素は必要としない、魔素が酸素の様なものなのだ。
『燃えるな、これなら射程内まで少しずつ近づいて直接本体を燃やすのもありか』
スライムは炎に怯え、触手を一斉に引っ込める。
通常の炎では燃えるはずのなかった身体、ただ蒼炎は摂氏一千にもなる。普通の炎魔法の温度は高くても五百程であろう。
戦闘において魔法を使用せずに体で直接触れる攻撃手段しかないスライムは、この時点で詰んでいた。
そんなスライムが最後に取る手段は―――、
『あ、逃げた』
黒いスライムが二足歩行で走る姿はシュールでユーリーは先ほどの死闘とのギャップで呆気にとられた。
追うべきか追わないべきかわからないまま数秒の時間が過ぎた後、ユーリーは追う事にした。
あの魔物を喰らえば、更に己を高める事が出来ると感じたからだ。
逃げ出した方向は階段を上った先。
暗闇のせいで黒い身体が視認しずらく、スライムとは思えない足の速さで駆けるスライムを必死に追いかける。
『いッ……』
ユーリーは突然の痛みに声が漏れた。
棘を踏んだ様な鋭い痛み、足元を見ればそこにはスライムの体の一部が水溜りのようになっていた。
そこへ足を踏み込んだのだ、一瞬だけしか触っていないが足裏の皮膚は表面が溶けている。
スライムは逃げていたのではなかった。
逃げながらユーリーにダメージを与える手段を取っているに過ぎなかった。
暗闇で見えずらい身体の一部を見極めながらスライムとの距離を縮めるのは困難だろう。
『ならばどうするか。ダメージを顧みずに突き進むには足の負傷が厄介すぎる』
痛みを我慢するのは良い、ただ負傷した足裏で更に何度もスライムの一部を踏めば痛みで走れなくなる。
時間を掛ければ、待ちに徹し罠を貼る可能性もある。追いかければ追いかける程ユーリーは劣勢になっていくこの状況をユーリーは切り抜ける手段を考えた。
そして考えた結果、新たな魔法を編み出したのであった。
次の話は、別の日に投稿します。
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