日常の景色 早朝
自分の灯が消えた頃、カラスの大群と控えめに鳴くスズメの声がやってくる。
「はぁ……」
溜息なのか、安堵の表れかは分からない息が漏れる。
“昨夜は来なくてよかった……”それが1番の感情だった。
爽やかな風が気持ちよくて、眠気を誘ってくる。だけど、眠れそうにはないみたいだ。
空がほのかに光で色づいていく。この空をはっきり見たのはいつぶりだろう。
気分の高揚のせいか開放感のせいか、眠れないので、寝るのは諦めた。
別に不都合なことはないのだから。
息を吐いた勢いで、なんとなく視線を下げた。
とぼとぼ歩く老人とペットの柴犬が目の前を通る。
久しぶりに見たな。だが、すぐに分かった。
老人のいまだに性別が分かりにくい外見と白髪頭、よれた紫のトレーナーは変わっていないから。
変化したのは柴犬だけだ。
老人が急に足を止め、柴犬の方を振り向きもせずにつぶやいた。
「どうしたぁ……。疲れたのか?」
掠れた優しい声で柴犬に尋ねる。
そうなるだろう。明らかに足取りが不安定で、覇気を感じない。
以前は老人の半歩前を歩いていたのに、今じゃ真後ろに隠れているように見えるほどの位置だ。
「くぅぅん……」
小さい鳴き声で老人の問いかけに応じた。鼻先を下に向けたままで。
老人は険しい顔をした。どこか悔しそうでもあった。
次の言葉が見つからないのか、口を強く結び、立ち尽くす。
しばらくして振り向き、“ あ゛ぁよっこ゛らせぇ ”と口に出しながら、
柴犬の目線に合わせてしゃがんだ。
その表情は切なくも穏やかで、ぬくもりが溢れていた。
「おらもなぁ、寂しくてたまんねぇのさ。急だしな。余命なんざ聞きたくなかったが、もう耳ん中にはいっちまったからなぁ。」
頭をポリポリと掻きながら、少し冗談っぽく言った。
どちらか入院をしていたのかもな……だから最近見なかったのか。
「心配すんな! もう長い間どっかいくとかないからな。また明日も一緒に散歩しようや、なっ!」
老人は不器用な笑顔で力強く言い放った。
その言葉から、余命宣告されたのは老人なんだと自分は気づいてしまった。
柴犬は嬉しそうに尻尾を振りながら、老人を見つめ、大きく“ワンッ!!”と答えた。
無邪気に、純粋な喜びだけを胸に。
横並びの二つの背中が遠ざかっていく。
弱弱しいのに、どこか吹っ切れたような潔さがあった。かっこよかった。
その後、姿を見ることは一度もなかった。
だが、心が温まったこの感覚は何度も思い出してしまう。
また、あの二つの背中を見ることはできないかと期待してまう。
なんだか切ない楽しみができた。




