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第八話「海堂聖」

 海堂かいどうと対峙する黒須と白澤。場に緊張した空気が漂う。

 先程まで醸し出されていたふざけた雰囲気とは異なり、海堂は慎重な男だった。奥村の警告を聞き入れたのか、白澤に警戒している。

 

「……………………」


 一触即発の空気の中、情報屋はまだ店内にいた。逃げていいと海堂に言われていたが、すぐに動けなかったのだ。

 しかし、このままこの場で立ち尽くしているわけにはいかない。戦いが始まらぬうちにこの場を去るべく、情報屋はゆっくりと足音を立てないように出口へと向かおうとする。

 

「おっと、待ちな」


 黒須は持っていたバットを投げる。投げ放たれたバットはクルクルと回転しながら勢いよく情報屋へと向かっていく。

 

「ひっ――――!!」


 迫るバットに対し、ただその場で身を縮こまらせることしかできない情報屋。

 このままバットが情報屋に直撃するかと思われたが、

 

「おいおい、危ねえなァ、黒須クンよぉ……!」


 海堂が床に転がり落ちていたトンファーを拾い上げ、投げる。

 投げ放たれたトンファーは、情報屋の目前に迫っていたバットを見事に叩き落とす。店内に甲高い衝突音が響き渡る。

 

「バットはそんな風に投げちゃ駄目だろう? 野球、やったことねえのかァ?」

「ホームラン打ったら投げるだろうが。ホームラン、打ってねえけどな」


 目の前の出来事に腰を抜かしたのか、情報屋は尻餅をついていた。顔面蒼白で、今にも気を失いそうだ。

 

「白澤。お前はこいつと相性が悪い。能力は連続で使用できねーんだろ?」

「そうだな。一発で仕留められる自信もないし、ここは素直にお前に任せるぞ、黒須」

「おう、海堂の相手は俺に任せとけ。情報屋の相手はお前な。まあ、この様子じゃ……」

「走って追いかける必要もなさそうだ。……それにしても、まさか情報屋にハメられるとはな。こんなことをして、客の信用を失うぞ」


 白澤に話しかけられ、情報屋はビクッと身を震わす。

 黙っている方が精神が保たないのか、情報屋は口を開き、

 

「わ、私は、金さえ持っているのなら、どの客にも平等に情報を提供する……。金さえあれば、善人だろうが悪人だろうが私の客だ。この男にも情報を売るし、君たちにも情報を売る。どの客にも平等に接しているのだから、結果として片方の客を騙すような事態が起こっても仕方がない。情報を売るというのはそういうことだ」

「……そんな詭弁はいい。とにかく俺たちはお前にハメられた。これは俺の推測だが、金髪の女を探しているから俺たちはここへ呼ばれ、こいつらに襲われた。金髪の女は自らが追われているのを知っていて、追っている者を始末するためにこいつらと情報屋を利用した。違うか?」

「そ、そうだな……。わ、わかった、教えてやる。君たちは金髪の女の情報が欲しいらしいからな。……君の推測はだいたい合っているよ」


 やはりそうかと、白澤は自らの推測が概ね正しかったことに満足する。

 だが、情報屋は「だいたい」合っていると言った。完全に合っているわけではないらしい。


「だいたい、か。合っていない部分もあるのか」

「そうだ。金髪の女は別に、海堂さんたちを利用する気はなかった。金髪の女も海堂さんもそれぞれ違う情報を買いに来た私の客だ。本来なんの繋がりもない」

「おいおい情報屋のダンナ、あんまり他の客の話をペラペラ喋っちゃ駄目でしょうよ。まあ、俺は別に楽しければ何でもいいけどなァ……」


 会話をしながらも、この場に満ちた緊張した空気に変わりはない。

 発せられる言葉に耳を傾けつつ、互いが互いの動きに注視している。

 

「おい、続けろ。話の内容によってはお前を生かしてやる」

「さてどうかねぇ……。情報屋のダンナ、あんたが俺に嘘をついていなければ、知らないんだろう? 金髪の女の居場所も、双子の居場所も」

「そっ、それは……! 今どこにいるのか知らないのは本当だが、金髪の女が来る予定の場所は知っている……!」

「来る予定の場所だと? なぜそんな情報を知っている?」

「お、教えたら殺さないのか……!?」

「ああ、その情報が本当ならな。さあ早く言え」


 情報屋の話す内容によって、状況が変わりつつあった。

 

 流石と言うべきだろうか。情報は武器になるとは言うが、まさにその通り。多くの武器を隠し持ち、それらを適切な場面で利用していく。今までそうやってこの情報屋は生き伸びてきたのだろう。

 客に売る情報は最低限必要な量にとどめ、あえて隠しておいた情報をもしもの時に備えておく。

 時には情報を買った客の情報をも利用し、自らに優位な状況を作り出そうとする。

 情報をたくさん保持している情報屋だからこそ為せる戦い方だ。


「情報屋のダンナよぉ。何やらだいぶ話が違うじゃねえか。確かにこのお二人さんは金髪の女を追っているみたいだが、双子について詳しくは知ってなさそうだぞぉ?」

「わ、私はこの二人が双子の情報を持っていると断言はしていない……! 金髪の女を追っているから、もしかしたら双子について何か知っているかもしれない。そう言っただけだ」

「そうだったかァ? ……言われてみればそうだったような気もしないでもない。でも、金髪の女の情報を隠していたのは良くないなァ……」

「ま、待ってくれ! 海堂さんにも全て話す。だから……」

「いいでしょう」


 情報屋が全て話し終える前に、海堂は即答する。

 仲間が殺されたことも、情報屋にある意味で騙されていたことも、双子と金髪の女の情報も、海堂にとって本当はどうでも良かったのだ。

 海堂にとって大事なのはただ一つ。それは、楽しむことだった。

 

「い、いいのか……?」

「……おい、早く言え。その男の言葉に耳を傾けるな」


 嫌な予感を察し、白澤は厳しい口調で言い放つ。

 しかし情報屋は白澤の言葉を無視し、海堂の言葉の続きを待つ。

 自身がより良い状況に立てる可能性を情報屋は模索しているのだ。


「ああ、全然構わないですよ、情報屋のダンナ。ただし、条件がある」

「条件……? な、何だ、それは」

「こいつ――」


 白澤の様子を見た黒須は、海堂が話すのを止めるために動こうとする。

 再びナイフを取り出し、今すぐにでも海堂目掛けて跳躍しようと構えるが、

 

「おっと、今動くと、お二人さんは貴重な情報を得られないぞぉ……」

「ひ、ひいぃぃッ!! か、海堂さん、なっ、何を……!」


 海堂が情報屋の喉にナイフを突きつける。今動けば情報屋を殺すということだろう。

 情報屋が有用な情報を持っていると知った以上、黒須も白澤も情報屋が殺されてしまうのは避けたい。

 

「クソッ……!」


 黒須は仕方なくその場に立ち止まる。情報を得る可能性を自ら潰すわけにはいかない。この状況下では動きたくても動けなかった。

 

「条件はただ一つ。金髪の女が来る予定の場所を、俺の前では話さないことです。話した瞬間、アンタは死にますぜ」

「わ、わかった……! わかったから、そのナイフをどけてくれ!」

「わかったのなら、何をすべきかわかりますね、情報屋のダンナ。お二人さんに情報を話さなきゃアンタは死ぬ。けれど俺の前では話せない。俺が生きていて、アンタの目の前にいる限りだ。さあ、どうする?」

「まさか、こいつ……!」


 白澤の顔色が変わる。険しい目つきで海堂を見る。

 

 この男――海堂が何をしたいのか。白澤には正直わからなかった。

 けれどただ一つ、これだけは言える。海堂は俺たちの邪魔をして楽しんでいる。

 海堂は自ら情報を得られなくなるのも構わず、情報屋を逃がそうとしているのだ。

 

「……逃げるんですよ。この俺の目の前から。どんなに足が震えようが、恐怖と驚愕で腰を抜かしていようが、俺から逃げなきゃアンタは死ぬ」

「に、逃げる……?」

「そうです。屠殺寸前の豚みてえな面を晒しながらも、とにかく逃げるんですよ、情報屋のダンナ。さあ、さあ、さあ……!」


 恐怖により動けずにいた情報屋は、より強い恐怖に衝き動かされて立ち上がる。

 生きるために、逃げる。逃げなければ、死ぬ。海堂に言われずともわかっていた事実だが、情報屋はそれを更に強く再認識する。

 

「逃がすな、白澤……! 海堂は俺が止める。だからお前は情報屋を追え!」

「おいおいおいおい、三人で仲良く遊ぶんじゃねえのかァ……? 人数は多いほうが賑やかだろう?」


 海堂はナイフ構え、白澤へと迫る。情報屋を追う白澤の進路を阻むためだ。

 

「くっ……!」

「白澤クンよぉ……。一緒に楽しもうぜぇ?」


 ブン、と勢いよくナイフが振られる。ナイフの切っ先が白澤の頬を掠め、生じた傷口から赤い血が滲み出る。

 海堂から距離を取ろうと後ろへ飛び退ける白澤。それを追って、海堂は前進する。ナイフを前へ突き出し、追撃を加えようとする。

 

「させるかッ!」

「お?」


 しかし、白澤を刺そうと突き出された海堂のナイフは、黒須のナイフによって止められる。

 

「助かったぞ、黒須」

「おう。ここから離れてな、白澤――」


 海堂の懐に入り込んだ黒須は、そのまま攻撃へと転ずる。 

 狙うのは海堂の右腕。ナイフを持っていることから海堂の利き腕は右腕だと思われるからだ。

 大抵の人間は、利き腕が使えなくなってしまえばまともな攻撃手段を失うことになる。だからこそ、黒須は最初に相手の攻撃手段を奪うべく、腕を狙う。

 もちろん、そうわかりやすく狙うのではない。他の急所を狙うよう見せかけるといった、フェイントを織り交ぜながら狙うのだ。

 

(よし、ここだ――)


 タイミングを見極め、黒須はナイフを繰り出した。

 どのように体を動かせばナイフが敵を切り裂くのか。考えずとも、体が覚えている。

 黒須はただ、今まで何人もの敵を葬ってきた戦い方をいつも通りに再現するだけ。

 

「おっと危ねえなァ、黒須クンよぉ……!」

「――ッ――!?」


 だがしかし、その再現は叶わなかった。

 海堂はフェイントを見破り、右半身を後ろへ引いてナイフを避けたのだ。

 そしてすかさず、隙の生じた黒須の腹部へ目掛けて刺突を放つ……!

 

「ほらよぉ……!!」


 海堂の手にしたナイフの鋭い切っ先が、突き上げるように黒須の腹部へと迫る。

 黒須は腹部に鉄板など仕込んでいないし、特殊な繊維で作られた衣服を着用しているわけでもない。この攻撃を回避しなければ、致命傷は免れない。

 

(くそ……! こうなったら――)


 何を思ったのか、黒須は迫りくるナイフへ自ら向う。

 これではただの自滅行為にしか見えないが、もちろん黒須には自滅するつもりなどない。

 黒須はただ迫ったのではなく、その後でわずかに腕を開いたのだ。


「お……?」

「そう簡単に、殺られてたまるかよ……」

 

 果たして海堂の突き出したナイフは…………黒須の肉体を貫かなかった。

 貫いたのは、黒須の腕と横腹の間。

 黒須はそのまま海堂の右腕を脇で挟み込み、動きを封じる。

 

「このままお前の腕をへし折ってやりたいところだが――」


 黒須が脇で挟み込んだ海堂の腕は、ナイフを手にした腕だ。

 強い力で挟んでいる以上、海堂はそう簡単に手を動かすことはできないだろう。

 しかし、手首の力だけでもナイフは扱える。黒須が背中を突き刺される可能性は充分あるのだ。


 だから黒須はこの状態を維持するのではなく、すぐに次の行動へと移る。海堂が動くよりも前に、素早く前蹴りを繰り出した。

 

「釣り上げた魚は、その場で逃してやらなきゃな……!」

「おッ――!?」


 前蹴りを真正面から喰らい、後ろへ吹き飛ばされる海堂。

 海堂は倒れそうになりながらも何とか体勢を立て直し、前を見据える。

 

「痛いなァ……。たまらなく痛いぞ、黒須クン」

「そうかよ、そりゃ良かったな」


 海堂が怯んだこの隙に白澤は外へ出ようとするが、

 

「おいおい、この絶好のチャンスを逃すのかい、白澤クンよぉ? 二人揃っている今なら、俺を殺せるんじゃないかァ?」


 そう言って、海堂は落ちていた拳銃を素早く拾い、一切ためらうことなく白澤目掛けて発砲した。

 

「……ッ……!!」

「おっと外しちまったか。やっぱり拳銃よりもナイフだな。同じナイフ使いならわかるだろう、黒須クンよぉ……?」


 弾を外した海堂は拳銃を投げ捨てる。

 もう白澤には興味がなくなったのか、海堂は白澤には目も向けず、黒須に向かって話しかける。


「しかし、黒須クンも不幸だなァ。普通、狙った場所にナイフを当て続けるなんて芸当はできない。それが動いて攻撃もしてくる相手ならなおさらだ。なのに君には、それができてしまっていた」

「……どうして俺にそれができると思ったんだよ。まさか、俺が戦っているのを見てたのか?」

「転がっている死体を見ればわかる。どの死体も、無駄な傷が一切ない。利き腕の腱や大動脈、首の頸動脈といった箇所だけに傷があるのは偶然じゃないだろう、黒須クン……?」

「まあ、偶然じゃねえな。狙ってやったんだよ。でもそれが、なんで不幸になるんだよ?」

「……つまらねえ。と、黒須クンは思っているんじゃないかァ?」

「何だって……?」


 海堂が黒須と話している間に、白澤はようやく店の外へと出る。

 海堂がそれを追う気配はないし、情報屋が逃げてからそう時間は経過していない。今なら充分情報屋に追いつけるだろう。

 

 黒須は内心ホッとするが、安心感よりも海堂の言葉による動揺が強かった。

 

(つまらねえと、俺が思っているだって……?)  

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