第七話「尋問」
「白澤、後でコート貸せよな。新しいジャケット買うまででいいからよ。ったく、なるべく汚れないように気をつけていたけどよ、やっぱ無理だわ」
「……戦う前に脱げば良かったんじゃないか?」
「そうかもしれねえけど、体動かす前は寒いだろ。寒いと体は動かねえよ」
黒須の羽織っていた白のダウンジャケットは、返り血を浴びてすっかり赤く染まっていた。これで街中を歩けるわけがない。
(こいつの気に入ってるダウンジャケット、結構高いんだよな)
また出費が増えてしまうなと、白澤は溜息をつく。白澤は黒須の分まで金銭の管理をしているのだ。
理由は単純、黒須に金銭の管理など任せれば、一瞬で貯金が無くなるから。
「にしても、俺たちはどうしてハメられたんだ? こいつらに襲われる前、何か言ってたよな、お前」
「ああ、言った。恐らく俺たちが狙われたのは、金髪の女を探していたからだ。金髪の女は自らが何者かに追われていると既に知っていたのだろう。そして、先手を打った。そう俺は推測している」
「先手……? 自分を探しているやつがいたらここに誘き出すようにとでも、情報屋に頼んでたってことか?」
「そうだ。金髪の女が大宮の情報屋と接触し、買収した可能性は充分ある。もちろん今の段階では断定できないが、大きく間違ってはないだろう」
「パツキンのねーちゃんが一枚上手だったってわけか。まあ、考えてみれば……」
言いながら、黒須は手にしていたナイフを鞘にしまい込む。もうここでは使わないと判断したのだろう。
「あんなガキ二人殺すのに、わざわざ俺たちを使うくらいだもんな。ガキ二人を守る奴らが手強いから、あの依頼人は高い金を払って仕事を依頼してきたわけだ」
「そうだな。依頼内容の裏にある事情を詮索しないのが俺たちの売りだが、どうやら今回の依頼は……」
「関わったらマズイ依頼だったのかもしれねえな……。うまい話には裏があるってか?」
「今までで一番難易度の高い依頼である可能性も視野に入れておくべきかもな。幸いだったのは、この襲撃者たちが弱かったことくらいか」
そう言って白澤は、生かしておいた襲撃者の元へ近づく。
「さて、まず俺たちがやらなきゃならねーことは……」
「こいつへの尋問だな。その後は情報屋を追う。俺たちを騙した代理人に何をしてでも、情報屋の居場所を吐かせてやる」
「おうよ。じゃ、さっそく始めるか。尋問ってのはアレだよな、問い尋ねればいいんだよな? 俺に任せろ」
と言って、黒須は床に転がっていた金属バットを拾い、襲撃者へと近づく。
「ひっ……!」
「おいおい、そんな怯えるなよ。ただ問い尋ねるだけだぜ? まさか、このバットで殴られるとでも思ったのか?」
「ち、違うのか!?」
「違うぜ。バットってのは人を殴るための道具じゃねえだろうが」
「じゃ、じゃあ、なんで持って……」
「何となく、バット振ってみてえなって思ったんだよ」
襲撃者の目の前で勢いよくバットを素振りして見せる黒須。
鋭く風を切る音が聞こえ、襲撃者は怖気づく。
「……だからバットは気にするなよ。お前はただ俺たちの質問に素直に答えればいい。ビックリするほど簡単だろ?」
「……………………」
「最初の質問だ。お前たちはどうして俺たちを襲ったんだ?」
「おっ、俺たちはただ、海堂さんの命令で……」
「海堂? 誰だよ、それ。お前たちのボスってとこか?」
「そ、そうだ! 海堂さんは俺たちのボスだ!」
「ボス、ねぇ。ってことは、なんだ? お前たちはどこぞの組織の下っ端なのかよ」
「俺たちの組織は下っ端とか幹部とか、そういうのはない……。組織ってよりもただの集まりと言ったほうが正しい」
「なるほどなぁ、だいたいわかってきたぜ。お前たちはどこぞの半グレ集団ってわけか」
「……それは違う。俺たちは堅気でもヤクザでも半グレでもねえ」
「じゃあ、何だって言うんだよ」
恐怖に身を震わせながらも、襲撃者は強がった笑みを見せて、
「俺たちは、他のどの連中よりも自由な存在だ……!」
「……はぁ? 何だ、そりゃ。意味わかんねーよ」
バットを肩に担ぎ、黒須は退屈そうに欠伸をする。
そろそろ白澤に代わってもらおうかと、黒須が襲撃者に背を向けたその時だった。
「おいおいおい、随分と派手に遊んでくれたみてえだなァ……」
声がした。男の声だ。その口調はどこかふざけていて、どこか歓喜しているようにも聞こえる。
(新手か……!?)
黒須と白澤は、即座に声のする方へ目を向ける。相手が敵である可能性は非常に高い。黒須はバットを強く握りしめる。
「ふ、二人とも生きてるじゃないか! どうするんだ、海堂さんよぉ!」
「まァ、落ち着いてくだせえよ、情報屋のダンナ。想定していたよりもこの二人が強かったんでしょう」
「……なのに何で、そんなに嬉しそうなんだよ、お前さんは」
そこにいたのは、二人の男だった。
一人はふざけた口調で話す、肌の浅黒い男。わずかに髭を生やし、赤いシャツの上に黒いジャケットを羽織っている。顔に刻まれた皺の数から、年齢は四十辺りだろう。
もう一人は、小太りの中年男性。服装こそスーツ姿ではなくカジュアルな装いだが、どこにでもいそうな会社員といった雰囲気の男だった。その表情には焦りが見られる。
「かっ、海堂さん……!」
両手足を縛られ尋問を受けていた襲撃者が名前を呼ぶ。
名前を呼ばれているのは、小太りの中年男性ではなく肌の浅黒い男だった。
「んん……? 生き残ったのは……いや、生かされたのは奥村クン一人だけかァ……」
「気をつけてください海堂さん! あの黒髪の男、妙な技を――」
と言いかけたところで、黒須のバットが襲撃者――奥村と呼ばれた男の頭部に直撃する。
「うっ……!」
男はそのまま気を失い、横へ倒れる。
「こいつ、余計なこと言いやがって……。でもまあ、よくわかったぜ。そこの浅黒いおっさんがこいつのボスってわけだ。そして――」
「……そっちの豚みたいな男が大宮の情報屋だな?」
「ひぃっ……!」
白澤に睨まれ、小太りの中年男性がたじろぐ。その反応は自らが情報屋だと証明しているようなものだった。
「かっ、海堂さんよ、早くこの二人をどうにかしてくれ……! ったく、だから嫌だったんだ、ここまで直接来るなんて……」
「はいよ、情報屋のダンナ。悪かったなァ、ここまで来てもらって。さっさと安全なところへ逃げてくれや」
黒須と白澤を襲った者たちのボス――海堂が一歩前に出る。
口角を釣り上げ、心底楽しそうな笑みを浮かべながら、
「君らが黒須クンと白澤クンかァ……。見た目通りに黒と白の二人組ってわけだ」
「一応訂正しておくが、俺が白澤でこっちが黒須だ。着ている服と髪の色は名前の色とは違う」
「おっと、そいつは失礼した。……俺の名前は海堂聖。君らを襲ったこいつらのボスみてえなもんだが、そんなことはどうでもいい。俺はただ――」
話しながら海堂が懐から取り出したのはナイフだった。窓から差す光に当てられ、刃が銀色に輝いている。
「――強えやつらと楽しみてえ。それだけだ。協力してくれるだろう? 黒と白のお二人さんよォ……!」
「……黒須」
「ああ、わかってる」
黒須と白澤は身構える。相手は一人。数ではこちらが有利だが、数が多ければ勝つわけではない。そのことをつい数分前、黒須と白澤は自ら証明して見せた。
果たして海堂の強さは一体どの程度なのか。佇まいを見ただけで全てがわかるはずないが、わかることもある。
少なくとも、先程倒した十六人とは格が違う――。
「こいつをぶっ殺して、情報屋を捕まえればいいんだろ?」
「そうだ、黒須。どうやら俺たちに休憩する暇はないらしい」
この場所での戦闘が、また始まろうとしていた。