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第六話「三撃必殺」

 メモ帳に描かれた地図を頼りに歩くこと三十分。

 代理人に指定された場所である元中華料理店は、見落とすことなくすぐに見つかった。

 

「ここだな」

「みてーだな。でも、本当にこんなところで待ってくれてるのかよ」


 こんなところ。そう黒須が言うのも無理はなかった。

 色褪せた看板に、薄汚れた外観。おまけに窓ガラスは割れており、店内の様子まで丸見えだ。

 

 事前に廃墟みたいなものとは言われていたが、まさかここまでとは。

 

「ここだと指定された以上、信じるしかない。入るぞ」

「入るぞって、鍵かかってるんじゃねーのか?」

「先に情報屋が来ているのなら開いてるだろうし、来ていなくても開けておく必要がある」

「ピッキングでもするつもりかよ?」

 

 白澤がドアの引手を掴み、横に引こうとする。

 すると、ガタガタと大きな音を出しながらも、ドアが横へスライドした。

 

「……するまでもなく開くみたいだな」




 恐る恐る、中へと入る黒須と白澤。

 窓ガラスが割れて換気されていたからか、そこまでカビ臭く湿った空気が漂っているわけでもない。

 しかし内装はボロボロで、辺りには倒れた椅子が散乱し、円卓もかつての輝きを失っている。

 

「ひでー有様だな」

「店が潰れてからずっと放置されてきたんだろう。この様子だと、潰れたのは一年くらい前か」


 二人は一通り店内の様子を見て回るが、情報屋らしき人物は見当たらない。

 白澤はスマートフォンを取り出し、時刻を確認する。時刻はちょうど九時半だった。代理人の話が本当なら、情報屋はもう来てもおかしくない。


「来ないな。九時半には来るはずなんだが」 

「なあ、白澤。やっぱり怪しくねえか? 指定した場所に来いだなんて、情報屋にとって都合良すぎるだろ」

「だからこそだ。不利な条件でも来てくれる相手を客として、情報屋は安全な商売を続けている。堅実で用心深い相手の方が信用できる」

「待ち合わせ時間に遅れるってのは信用できるのかよ」

「………………」


 いつもならここで何か言い返す白澤だったが、何も言い返さなかった。

 思えば、今回は色々と妙な気がする。黒須が疑うように、白澤も疑い始めていた。

 

(あの代理人、手がかりとなる写真を情報屋に見せると言っていたが……)


 一体、何のために見せるんだ?

 提供する情報を準備するためと考えるのが普通だが、何かタイミングがおかしい気がする。

 それだけじゃない。本当に情報屋は、たまたま今日の午前中の予定が空いていたのか。

 情報屋はこんなに準備が良いものなのか……? スムーズに事が進み過ぎている。

 

「もしかすると……」

「もしかすると、なんだよ」

「情報屋は俺たちのような者を待っていたのかもしれない」

「俺たちのような者? どういうこった」

「……金髪の女を探す者だ」


 白澤がそう口にした次の瞬間だった。

 窓ガラスの割れる大きな音が、店内に響き渡る。

 

「ああ、そういうことかよ、白澤――」


 新たに割れた窓の方を注視する黒須。

 ……思考のスイッチが切り替わる。いつの間にか、黒須の右手にはナイフが握られていた。

  

「俺たちは、まんまとハメられちまったってわけか」

「どうやらそうらしいな」


 店内に入り込む人影は計十六。

 正面のドアから入る者、既に割れていた窓から入る者、新たに割った窓から入る者、裏口から入る者……。

 黒須と白澤を囲むように、襲撃者は様々な入口から突入してくる。

 皆が皆、服装こそ普通だが、その手に凶器を持っていた。刃物に鈍器、拳銃まである。どう見ても、会話をしに来たという様子ではない。

 

「久々に人が殺せると思ったら、二人とも男かよ。萎えちまうなぁ……」

「俺は別に男でも構わねえけどな。男も女も犯して殺す。それが俺のモットーだ。男女平等だよ、男女平等」

「で、お前は白いのと黒いのどっちをヤる?」

「白いのがいいなぁ。見ろよ、ナイフを構えてもう殺る気満々だぜ? あれくらい活きがいい獲物の方が愉しめそうだ。ヒヒヒッ!」


 下品な笑い声を上げながら襲撃者の内の二人がにじり寄ってくる。

 一人は牛刀を持っており、もう一人は金属製のバットを持っていた。

 

「おい、片方は生かしておけよ。じっくりと拷問して情報を聞き出さなきゃならねえ」

「バーカ。お前は情報を聞き出すよりも拷問したいだけだろ」

「お前、今度はどんな拷問を試すんだ?」

「ミキサーに手を突っ込ませるのはこの前やったしなぁ。久々に“爪切り”でもしてやるか」

「また途中で飽きて指切りになるんじゃねえか? いつも海堂かいどうさんに言われてるだろ。『お前は飽きっぽいから拷問官に向いてねえ』って」


 物騒な会話を繰り広げる襲撃者たちに囲まれ退路を失いながらも、黒須と白澤は至って冷静だった。

 

「……どうだ、黒須」

「どうだって、何だよ白澤」

「この人数、殺れそうか?」

「殺れなきゃ困るんだろ」

「俺とお前が死ぬくらいには困るな」

「じゃあ頑張るしかねえな。まあ、安心しとけって」


 牛刀を持った男が動く。狙いは黒須。手に持った牛刀の切っ先を黒須の腹部へと向けている。

 

「こいつら、弱え――」


 そう言って、黒須は迫り来る牛刀を躱し、ナイフを振った。

 

「は……?」


 それは一瞬の出来事だった。

 まず、男の手から牛刀が落ちた。腕の腱を切られ、牛刀を握る力を失ったからだ。

 次に、男は跪いた。片足をナイフで切られ、体重を支えるバランスを失ったからだ。

 そして最後に、立ち上がろうとする男の首が切り裂かれた。血が勢いよく吹き出し、辺りを赤く染めていく。間違いなく致命傷だ。

 

「あ、が……」


 血を失い、倒れ込む男。

 その様子を見て唖然とする襲撃者たち。


「お、おい……! クソ、こいつ……!」

「てめえら、全員でかかれ! 手加減なしでぶっ殺すぞ!!」


 怒りを露わにし、襲撃者たちは黒須へと迫る。

 味方に当たるのを恐れてか、拳銃はまだ構えていないようだ。

 

「弱いって言っても、気は抜くなよ、黒須」

「んなことわかってる。俺はよ、どんなに相手が弱くても……」


 言いながら、黒須は迫り来る敵の動きを正確に捉え、回避し、素早くナイフを振り回す。

 

「……油断はしねえ。見くびらねえ。だからこそ、一発で仕留めようとは思わねえ」


 黒須は決して、一撃で終わらせようと楽はしない。

 少なくとも、三撃。巧みにナイフを操って、一瞬の間に三回の攻撃を浴びせていく。

 一撃目で敵の攻撃力を無力化し、二撃目で敵の機動力を削ぎ、三撃目で命を奪う。

 

 三撃必殺――。それこそが、黒須の基本的な戦闘スタイルだった。

 

「ひっ、ひぃぃぃいいいッ!!」

「こ、こいつッ……! 化物かよ……!!」


 一人、また一人と、黒須に切り刻まれ絶命する襲撃者たち。

 黒須は驚異的な身体能力で相手を翻弄し、凄まじい瞬発力から繰り出すナイフで敵を片付けていく。

 その動きは人間離れしており、まるで狩場を自由に駆け回る捕食者のようだった。

 

「……あいつは生まれてくる動物を間違えたな。人間ではなく、狩りをする肉食動物にでも生まれるべきだった」


 そう呟いた白澤は、黒須が戦うのを傍観しているだけだった。近づいてくる敵は黒須が全て片付けてしまうからだ。

 しかし、それは近づいてくる敵に限ったことだった。

 

「動くな! 動けば仲間の命はねえぞ……」

「何……?」


 遠くの方に立つ男が、拳銃を構えている。

 銃口が向けられているのは……白澤の額。

 

「おい白澤。なーにピンチに陥ってるんだよ」


 白澤が狙われていると気づいた黒須は動きを止める。


「悪いな、つい油断していた」

「ったく、自分でなんとかしろよな。俺は助けねえぞ」

「わかってる。端から自分で何とかするつもりだ」

「おら喋るんじゃねえ! ここから俺が弾を撃つのと、テメエがナイフで俺を切るのと、どっちが速いか試したいのか?」


 拳銃を構える男の怒声が響く。

 白澤を人質に黒須の動きを封じるつもりらしいが、いつ引き金を引いてもおかしくない状況だった。

 にも関わらず、白澤は言葉を続ける。

 

「そのどちらよりも、俺の攻撃がお前に届く方が速い――」

「はぁ……? 何を言ってやがる、テメエ……。妙な動きをした瞬間、その頭をぶち抜いてやるからな」


 銃を構えた男の注意が白澤に向けられる。

 恐らく、男は本気だろう。少しでも白澤が不審な動きを見せれば、拳銃を撃つつもりだ。

 そして他の衝撃者たちも注意深く白澤の様子を見ていた。黒須の強さを目の当たりにして、その仲間の白澤の言葉がハッタリとは思えなかったからだ。

 

「よーし、動くなよ……。おい、田中。白いヤツを殺せ。黒いヤツは捕まえて拷問するぞ」

「お、俺かよ……!」

「文句あんのかよ? 大丈夫だ、黒いヤツが狙われている以上、そいつは動けねえ。随分と仲間思いみてえだな! ヒャハハハハ!!」


 大声で笑いながらも、拳銃を構えた男は瞬きもせず白澤を見ていた。

 

 その、はずなのに。

 

「………………な」


 拳銃を構えた男は自分の目を疑う。

 俺は寝ぼけているのか? 

 幻覚でも見ているのか? 

 一体これは、どういうことだ?

 瞬きすらしていないのに。一瞬たりとも目を離していないのに。

 

 どうして、ヤツは……。

 

「どっ、どうして、お前――」


 動揺のあまり、男の銃を構える手は震えていた。


「なんだ? 手が震えているぞ。そんな状態で拳銃を扱うつもりか? 俺も拳銃の扱いは上手くないが……」


 次の瞬間、銃声が店内に重く響き渡った。

 撃たれたのは……白澤ではなかった。

 

「――拳銃を、持って……!」


 撃たれたのは、拳銃を構えた男だった。男の胸に赤黒い穴が穿たれ、そこから血が溢れ出る。

 

「……今のお前よりは上手い自信があるぞ。この距離で、相手が動かない的なら、ちゃんと当てられる」


 拳銃を撃ったのは、白澤だったのだ。その手にはリボルバー式の拳銃が構えられている。

 

「ど、どういうことだよ、おい……」

「何でこいつ、いつの間に拳銃を……!」


 残り三人になった襲撃者たちは度肝を抜かれていた。

 目の前で起きた出来事があまりにも不可解だったからだ。

 

「お、俺は目を離さなかった。一瞬たりとも、こいつの動きを見逃さないようにしていた! それなのに、こいつは……」

「いつの間にか、拳銃を構えていた……! いつ拳銃を取り出したのか。それくらい、見逃すはずもねえのに……」

「こいつは一体、何をした……!?」


 襲撃者たちの言葉に嘘偽りはない。銃を構えた男も含め、襲撃者たちは皆、白澤の動きをずっと見ていた。それこそ、瞬きすらせずに。

 けれど白澤は、拳銃を構えていた。拳銃を取り出す隙も、拳銃を構える隙も、襲撃者たちは見せなかったはずなのに。

 

 まるで、襲撃者たちが白澤という人間の存在をこの世界から一瞬だけ見失ってしまったような……。


「お前たちの気持ちはわかるぜ。俺だって、最初に白澤の能力を知った時はえらく驚いた。世の中にはこんな不思議な力があるんだってな」


 黒須が再び動き始める。勢いよく跳躍し、残った三人の元へ迫る。

 

「でもよ、敵の前でいつまでもボケっとしてちゃいけねえぜ? それじゃ、殺してくださいって言ってるようなもんだ」 


 後はもう、あっけないものだった。

 放心状態の三人は、ほとんど無抵抗のまま黒須に切り刻まれていった。

 一人、二人と首を切られ、出血多量で息絶えていく。

 

「さて、どうするよ。一人くらい生かしておくか?」

「そうだな。何か情報を聞き出せるかもしれない。生かしておこう」

 

 既に息絶えた襲撃者の服を剥ぎ取り、その服を紐のように使って残った一人の手足を縛る。

 こうして黒須と白澤は、無事に襲撃者を返り討ちしたのであった。

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