第五話「代理人」
「で、情報屋とやらはどこにいるんだ? デカデカと情報屋って看板が店前にあるわけじゃねえんだろ」
「当たり前だ。情報屋は立場上、常に危険が伴う。一つの場所に堂々と居座ることはしない」
「でもお前はどこへ行けば情報屋に会えるか知ってるんだろ? 西口と東口、どっちへ向かえばいいんだ?」
中央改札を抜け、銀色をした螺旋状のオブジェに出迎えられる黒須と白澤。
西口へ向かうべきか、東口へ向かうべきか。情報屋についてよく知らない黒須は白澤に情報屋の居場所を訊いてみる。
「東口の方だ」
「東口か、わかったぜ。……でもよ、何か矛盾してねえか?」
「何がだ」
「情報屋は一つの居場所に居座ることはしねえんだろ。それなのにどうしてお前は居場所を知ってるんだよ」
「俺が知っているのはな、情報屋本人の居場所じゃない。情報屋の代理人の居場所だ。代理人も数十人いるんだが、そのうちの一人の居場所なら前に知る機会があってな」
「なーるほど。情報屋は代理人をスケープゴートにしてるってことかよ」
東口へと歩みを進める二人。歩く度に、黒須の着ているダウンジャケットのフードに付いたファーがゆさゆさと揺れる。
歩きながら白澤は近くにあった時計へ目をやる。時刻は八時半前だった。
「そうなるな。大宮の情報屋は非常に用心深い男だ。情報を買うにはまず代理人に会い、代理人の指定する場所へ行かなければならない。そこでようやく、情報屋本人に会えるわけだ」
「めんどくせえシステムだな。まさか、その指定された場所に行ってもまた代理人が……ってパターンはねえよな」
「さあな。まあ、それくらい警戒心の強い情報屋の方が期待はできる」
「そうかぁ? そこまでやるんなら、通話とかネット上でやり取りすればいいじゃねえか。直接会わなくていいから安全だぜ?」
「通信インフラなどは情報漏洩を対策するのにも高度な技術とたくさんの金がかかる。その上、対策が完璧だという保証もない。電話やネットを全く利用しないなんてことはまずありえないが、依存はしていないだろうな」
「そういうもんかねぇ」
「結局は、多少不便でも素朴で単純な手法が一番信用できたりするものだ。大事なのは使い分けだな」
東口の駅舎を抜けると、すぐ目の前には路線バスやタクシー乗り場があった。
待機中のタクシーは二台しかなく、ほとんどが出払っているようだ。どうやらこの時間帯はタクシー利用客が多いらしい。
タクシー乗り場の後ろに目を向けると、駅前の中央通りが見えた。道幅の広い中央通りを左右から挟むように、百貨店を始めとするいくつものビルが建っている。
「こっちだ。目の前の横断歩道を渡った先に牛丼屋と携帯ショップが見えるだろ」
「ああ、見えるな」
「その間にあるアーケード街に代理人はいる。代理人は、毎週決められた曜日の一定の時刻にアーケード街のコンビニへやって来るんだ」
「その間って……狭っ! 乗用車一台が通れるかもわからねえな、おい」
「通れたところで、そもそも車が通っていい場所じゃない。あの狭さじゃ通行人を轢き殺しながら進むことになる。……青信号だ、渡るぞ」
黒須と白澤は横断歩道を渡り、牛丼チェーン店と携帯ショップの間にあるアーケード街へ入る。
アーケード街は鉄骨により支えられた屋根に覆われており、屋根は濁った白色をしていた。
建物と建物に挟まれた狭い道路だからか、アーケード街は薄暗かった。この薄暗い通りに、飲食店などの小さな店舗や露店が立ち並んでいる。
屋根から照明が吊り下がっているが、流石にこの時間帯から明かりが点いてはいないようだ。
「何だよ、思っていたよりもフツーの店ばかりだな」
「どんなのを想像していたんだよ、お前は」
「何かこう、もっと怪しげな露店があると思ったんだよ。そういう雰囲気あるだろ?」
「ない。飲み屋がありそうな雰囲気しかない」
「でも残念だったな、コンビニもあるぜ!」
「何が残念なのかわからんが、そこのコンビニに代理人がいるはずだ。入るぞ」
アーケード街をしばらく歩いて左側に見えたコンビニに入る。
店内に入ってすぐ左の雑誌コーナーを見てみると、そこに探していた男はいた。
濃緑色のジャンパーを着た、まだ歳の若い男。ボサボサとした髪に、少し伸びた髭。あまり清潔感があるとは言い難い格好をしている。
周りには一切関心を見せず、漫画雑誌を立ち読みしているこの男こそが、情報屋の代理人の一人だった。
「交渉は俺がする。黒須はそこらへんで待っていろ」
「ああ、早く終わらせろよな」
白澤は代理人の隣へと向かう。すぐには話しかけず、代理人と同じように漫画雑誌を手に取る。
もちろん、本当に雑誌を読むわけじゃない。あくまで、読んでいるフリをするためだ。
「――代理人だな? 情報屋から情報を買いたい」
白澤は漫画雑誌のページをめくりながら、代理人に話しかける。
代理人も「情報屋」というワードに反応し、ようやく隣に立つ白澤へと目を向けた。
「……どんな情報が欲しい?」
「とある人物の目撃情報。居場所が判明しているのなら、居場所も知りたい」
「……手がかりは?」
「その人物を写した写真が一枚だけだ」
「……予算は?」
「百万だ。情報の中身によってはもっと出す用意がある」
一通り聞くべき事項を聞き終え、ズボンのポケットから携帯電話を取り出す代理人。
「……少し待ってろ。情報屋に連絡する」
「ああ、わかった」
慣れた手付きで携帯電話を操作する代理人を横目で見ながら、白澤は漫画雑誌を元の場所へと戻す。
どうせ待っているのなら、興味のある本を立ち読みしよう。そう思い、白澤は他の本を手に取ろうとするが、
「……そうだ、確認しておくことがまだあった」
代理人が携帯電話を操作しながら話しかけてきた。
白澤は本を取るのを止め、訊き返す。
「確認とは、何だ?」
「手がかりとなる写真を見せてくれ」
「ああ、それなら……」
コートの内ポケットから、金髪の女性の写った写真を一枚取り出す。
「これだ」
「情報屋にも見せる必要がある。携帯のカメラで撮ってもいいか?」
「構わない」
代理人は白澤から写真を受け取り、携帯のカメラでそれを撮る。
「協力感謝する。後少しで終わるから、待っていろ」
「気長に待つさ」
そして、待つこと約三分。
「……情報屋から返事が来た。今日はたまたま午前中の予定が空いている。すぐに会えるそうだ」
「それは助かる。場所は?」
「駅から離れた場所にある、元中華料理店だ。詳細はこの紙に書いてある」
と言って、地図の描かれた小さなメモ用紙を手渡す代理人。
「元? つまり、今は中華料理店じゃないのか」
「そうだ。今は空き店舗となっていて、誰も使っていない。廃墟みたいなものだ」
「廃墟、か……。わかった、その場所にすぐ向かえばいいんだな?」
「ああ。遅くても九時半には元中華料理店に着くと情報屋は伝えてきた。そこで待っていれば会えるはずだ」
メモ用紙をしまい込み、白澤は店内の時計で時刻をチェックする。時刻は八時五十分前。目的地へ徒歩で向かうと考えて、今すぐに出発する必要がありそうだった。
「わかった。助かった、感謝する」
そう言って、白澤は雑誌コーナーを後にする。
それにしても、まさか今日の午前中にも情報屋と会う約束ができるとは。予算額を多く言った甲斐があったなと白澤は思う。
仕事は早く終わるに越したことはない。今日のうちにさっさと情報屋から情報を聞き出し、双子の居場所を突き止め、殺そう――。
そのためにも早く黒須と合流しなければいけない白澤なのだが、
「……あいつ、どこ行きやがった」
白澤が代理人と交渉している間に、黒須はどこかへ行ってしまったようだ。コンビニ店内を探しても見当たらない。
黒須が自由奔放なのは今に始まったことではないが、いくらなんでも自由奔放すぎる。ここは強く言ってやらねば。
そう思い、白澤がコンビニを出ようとした時だった。
「ふぅー、スッキリしたぜ……。お、もう交渉とやらは終わったのかよ?」
「………………」
黒須がトイレから姿を現したのだ。実に清々しい表情で。さぞ快適なトイレタイムだったのだろう。
「……おいおい、なんか顔が怖いぜ? どうしたよ、白澤」
「黒須、お前な……。トイレへ行くのなら、俺に一声かけてから行け」
「はぁ? 小学生じゃあるまいし、トイレへ行くのにわざわざ許可取らなくてもいいだろうよ」
「小学生じゃないなら報告くらいちゃんとしろ。俺はてっきり、お前がコンビニから出たのかと思ったぞ」
「コンビニから出るならそれこそちゃんと報告するっての。俺が何も言わずトイレへ行ったのはな、俺は常に便意に正直な男でありたいと思っているからだ」
「お前は何を言ってるんだ?」
強く言ってやろうと思っていた白澤だったが、もうそんな気はほとんどなかった。
黒須の相手を真面目にしていると、こっちの方が疲れ果ててしまう。本気で怒ったところで黒須は変わらない上、凄まじい疲労感が残るだけだ。
「……とにかく、交渉は終わった。今すぐに指定された場所へ向かうぞ」
「おう。道案内は頼んだぜ」
コンビニを出て、アーケード街を通り抜ける。
代理人より渡されたメモ用紙を片手に、二人は廃墟と化した中華料理店へと急ぐ。