第一章 ④襲撃
あの能力は封印する。俺は誓った。なぜかって?少し長い話なんだけど、聞いてくれる?俺、これが最後だと思って、どうせなら、置きに行かずに強く行きたいと願う場所にすることにしたんだよ。で、選んだのが某アイドルグループの養成所。養成所に行って何する気だって?別にアイドルの卵たちを生で見たいと思ったからだよ。
で、扉を開くとそこは薄暗い一室だったわけ。ハズレなのは薄々感じてはいたけど、一応部屋に入って中を見回したんだ。そしたらなんか木の箱みたいなものが何個も置いてある部屋だったんだ。で、なんかその箱からブンブン音がするんだ。目を凝らして見てみると、なんか虫が飛んでる。近づいて見てみると、はい、蜂でした。
そこは養成所じゃなくて養蜂場でした。普通養蜂は夏場に外でやっているんだけど、秋口からは専用の部屋に木箱を置いて、越冬させている養蜂場もあるんだとさ。ってそんな豆知識はどうでもいいんだけど、部屋から出ようにも、外から鍵がかかってたんだ。俺、さすがに命の危険を感じたよ。たとえ可愛いミツバチさんでも、無数の蜂さんたちがひしめく部屋に閉じ込められたら気が気じゃないよね。
だから、しかたなく中から大声出して助けを呼んだよ。養蜂場の人が騒ぎを聞きつけて部屋に来たけど、そりゃあ最初は怒られるよな。完全に蜂蜜泥棒だもん俺。とりあえずやけくそになって
「養成所に行こうとしたら、間違って養蜂場に来ちゃいました(テヘペロ)」
って言ったけど、やっぱり通じず警察につきだされそうになった所を、土下座して泣き落して、最後は貧乏な境遇と死にそうな母親の為にどうしても蜂蜜を食べさせて元気をつけてもらいたかったんですとか、出まかせ嘘八百並べたら、案外それがきいて、なんとかおとがめなく解放されたわけ。
そんなことがあったから、俺は今度という今度はこの能力に見切りをつけたわけだ。
ただ色々この力の特性だけは掴んだ。
・いきつく場所は四方を壁か窓で囲まれた密室である
・その密室はある程度の広さを有した部屋であること。(ドラム式洗濯機の中とか狭すぎる場所は選ばれない)
・移動中の密室(走行中の車の中とか)には行けない
・行ける範囲は限られている(だいたい半径百キロ以内)
・入ってきた扉を閉めて左手を離してしまうと、その扉は元来た場所には繋がっていない。逆に左手をドアノブから離さなければ、一旦閉めても再び扉を開けると元の部屋に繋がっている
・人のいる部屋には行けない
最後のが結構重要で、人がいる部屋にはどうも繋がらないらしい。ただ最初のホテルのように、別の扉を隔てた隣の部屋に人がいる場合はOKらしい。もし自由に部屋を選べることができたなら、ある意味この条件はすごく使える。下手に人のいる部屋に、見知らぬ俺が入ってきたら怪しさ満点だもんね。それを回避できるって意味ではすごくおしい能力だった。
どうだ? すごいだろ? よくここまで調べたと思っただろ?そりゃあ百回以上は試したからね。
そんで最後があの養蜂場だ。そら心折れるわ。
てことで今俺は、元通りの普通の高校生として教室の自分の席に座り、五限目の授業が始まるのを待っている。五限目は数学。担当は担任の小杉だ。
「おい平山見たか? 」
突然クラスメートの加藤が寄ってきた。
「なんだ加藤騒々しいな。俺は今、来るべき苦行の刻に備えて精神を統一させていたところなんだぞ」
「んなことはどうでもいいから、校門にすっげー美女が立ってたんだ」
「なんだ可愛い娘くらい探せばどこにでもいるだろ」
「それがめちゃめちゃ可愛いんだ。長い髪をしたモデルみたいな体形の子で、物憂げに校舎をみていたんだよ。内の学校の制服じゃなかったんだけど誰かな?」
「さあな。ただおまえに用がないことだけは確かだな」
わかってるよそんなこと、などと話している内に教室のドアが開き小杉が入ってきた。全員が着席する。小杉は黙って教壇に立った。
「では授業を始めます」
甲高い声だった。いつもの小杉の低い声ではない。
「先生、何その声? 風邪ひいたの? 」
皆も同じことを思ったらしく、そんな声があがる。
「そうなの。風邪ひいちゃったの」
今度はオカマ口調だ。
「小杉先生、なにキャラ変えてんの。うけるんだけど」
教室のあちこちで笑がおこる。
「黙れ」
小杉が言うが、皆の笑いは静まらない。
「黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ」
小杉が突然壊れたロボットのように連呼しだした。
「こわ……」
教室が静まり返る。皆が不安げに黙りこくるのを確認すると小杉はしゃべりだした。
「あんた達にに一つ質問がある。最近、この学校の生徒で瞬間移動ができるようになったとか、別の部屋の扉を開けられるようになったとか、そんなことを言っている奴はいなかった? 」
え? そ、それって俺じゃん。
「なにそれ? どういうこと? 」
皆がざわつき始める。
「意味分かんないよ先生。てか今日先生おかしいよ。声も変だし」
皆が口々に不安を吐露しだした。
ざわざわと口ぐちにしゃべりだす。
「うるさーい!!! 」
突然、小杉が目を見開いて一喝した。ぴたりと皆の動きが停まる。
「あーもう、面倒くさいわね。どういつもこいつも。知っているなら知っている。知らないなら知らない。素直にそう言えばいいだけなのになんでこういちいち時間がかかるの? だから嫌だったのよガキどもがあつまる学校って所にくるのが。あの小杉って男にしてもそうよ。ただ質問しているだけなのに、お前は誰だとか、どこから入ったとか、騒ぎ出しやがって。だから喰ってやったのよ」
なんだ。なにを言っているんだ?
小杉がイライラした様子で、しゃべり終えた瞬間だった。小杉の背が高くなったように見えた。あれ? 小杉ってあんなに背高かったか? そう思っていると小杉の顔が縦に歪んだ。まるで顔が描かれた風船を縦に伸ばしたように、小杉の目じりがつり上がり、鼻が縦に伸び、そして、頭のてっぺんが割れた。ベリベリと皮膚を裂く音と共に、中から別の男が這い出てきた。それはまるで蛹から孵る蟲のようだった。
「あーすっきりした。中は窮屈だったわ」
中からでてきたのは背の高い痩せた男だった。手足が異常に長い。細い目をしたオカッパ頭の男。
悪夢のような光景に、悲鳴をあげそうになった、しかしその時違和感に気づく。
身体が動かない。手足の指先に至るまで、まるで石になったように動かない。瞬きすらできない。目の端で見渡してみると、周りも同様のようだ。このグロテスクな光景を前にしても、皆ピクリとも動かず、水を打ったような静けさだ。
「もう一度聞くわよ。扉を別の部屋に返れる力をもったやつを知っている人はいない?右腕だけ自由にしたから、知っている奴は手をあげて 」
右手が肩の先から動くようになった。俺は一番後ろの席だから、他の皆も同様に右手だけ動かしている。ただ当然ながら挙手するやつは誰もいなかった。
「あらいない? 本当? 素直に教えてくれたら、殺さないであげるからよく考えて」
殺すだと? こいつマジでやばい。かといって、ここで俺ですだなんても言えないぞ。
そう考えているうちに、左前方の席に居た藤川さんの右手がスマホにのびるのが見えた。
よし、いいぞ藤川さん。なんとか助けを呼んでくれ。
「あと、言い忘れたけど妙な真似はしない方がいいわよ。じゃないとこうなるわよ」
細い目の男は藤川さんの席まで移動すると藤川さんの右手を掴んだ。そしてスマホを握った掌ごと握りつぶした。骨の砕ける乾いた音が響き、肉が裂け血がドバドバと吹き出し始めた。指は五本ともあらぬ方向を向いている。
藤川さんは悲鳴ひとつあげずに静かに座っていた。ただ右腕だけがぶるぶると狂ったように痙攣している。そして椅子の下に水が溜まってきていた。どうやら失禁しているようだ。
「本当にいないのかしら? じゃあ、一人づつ殺して行くわね」
どうする。ことままじゃ皆殺される。かといって俺が正直に言ったところで、どう考えても俺は殺される。嫌だ。どうすればいいんだ。手をあげれば死ぬ。あげなくても死ぬ。
「左前から順番に殺して行くわね。一人づつ首を落として行くから、皆殺しちゃったら、この教室は文字通り血の海になっちゃうわよ。うふふふ」
細い目の男はニヤニヤしながら左前最前列の机の前に立った。その席には加藤が座っている。加藤の椅子の下にも水がたまっている。
ああ加藤。お前は今何を考えている? なんにも悪いことしていないのに、突然わけもわからず殺人鬼の餌食になろうとしている。あまりに理不尽だよな。そう、この世は理不尽だらけだ。ただ、普通に生きたいだけなのに、不意に風が吹いて蝋燭の火が消えるようにあっけなく死ぬことが多々ある。確実にこの世には存在する死。だけどまさか自分にそのお鉢が回ってくるなんて誰も思っていない。でも今日、俺に回ってきちまったようだ。ちくしょう。こんなんだったもっとやりたいこと一杯するんだった。ちくしょう。
俺は右手を挙げた。