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77 悪魔と呼ばれて 後編

ちょっぴり悪魔的




「あなた……()?」


 目前で佇む、温和な笑みを浮かべた一人の神父。

 でも…普通じゃない。魔力値が高く戦闘力もかなり高い。この程度ならイグドラシアでもランク4から5程度なので、プレイヤーや上級騎士なら珍しくもないけど、問題は魔素の無いこの地球でどうやってこれほどの魔力値を得られたのか?


【壮年の神父】【種族:人間♂】【聖人】

【魔力値(MP):150/150】【体力値(HP):250/250】

【総合戦闘力:840】


 聖人……? 鑑定で見られる他者の情報は、私が感覚や魔力で感じた情報をスキルで数値化したものだから、私が感じた印象でも表示は多少変化する。

 私は魔物だから感覚器官の弱い人間より鑑定結果は正確だと思う。

 私が彼を見た印象で『聖人』と感じたのか、それとも『悪魔』としての本能が彼をそう見せたのか。

 訝しむように目を細めて誰何する私に、彼の微笑みがさらに深くなった。


「私はエイデン。私は神を信奉する者。おお、悪魔よ。是非ともあなたのお話を聞きたい。さあ、こちらへどうぞ。お茶を煎れましょう」

「神父様なのに『悪魔』の存在を信じるの?」

 テーブルのほうへ向かおうとしたエイデンに声を掛けると、彼はくるりと満面の笑みで振り返る。

「ええ、ええ、もちろんですとも。悪しき悪魔が存在することが、善き神が存在することの証明となりますから」

「…………」


 意味が分からない。彼の正体は気になったけど、まるで悪魔さえも神が生みだしたような理論にまともな会話が出来ないと感じた私が、エイデンを無視して奥へ進もうとしたとき――

「――っ!」

 突然殺気もなく背後から繰り出された攻撃を、私は咄嗟に拳で受けて後退する。

「……戦う気?」

 エイデンの攻撃を受けた左手袋の端っこが、光の粒子になるように崩れていた。

 これって……まさか『勇者』の力? ううん、あのゴールドって勇者が使っていた力と似ている気はするけど、精霊が存在できないこの世界で『精霊の加護』なんて得られるはずがない。

 私の問いに、変わらぬ笑顔のままで襲ってきたエイデンが、胸元で十字を切るようにしてそれに答えた。

「悪魔よ……。これ以上、人の世を穢そうというのなら、敬虔なる神の信奉者としてその罪を許すわけにはいきません。悪魔よ、悔い改めよ。私が汝の罪を浄化することでその罪を許しましょう」


 悪魔の罪を浄化することで許す? 神でもないただの人間が? 神の信奉者を名乗っておきながら『人の世』と口にする様に、私は人間の業を見た気がした。

 要するに問答無用か。エイデンの修道服が内側から筋肉が盛り上がるように膨れあがり、ミシミシと音を立てる。

 身体強化の一種かな? 気にはなったけど会話が成立しないのなら私もエイデンを生かしておく理由がない。


「参るっ!」

 エイデンの容赦の無い拳の一撃が放たれる。その一撃は戦闘力で見るよりかなり鋭く感じた。やはり実戦で覚えた技術と、プレイヤーのような義体アバターにインストールされた技術は別物か。

 それでも戦闘力で遙かに勝る私はエイデンの拳をあっさりと受け止める。そのまま凍りつかせようとしたとき、彼の魂の迸りと共に強い光が拳から放たれた。

「うぉおおおおおおおおおっ!!」

「っ!?」

 拳を掴んでいた私の手が弾かれる。今の一瞬、エイデンから確かに『勇者』並の力を感じた。いや、それよりもその力の根源を私は何となくだけど理解した。

「……あなた、自分の魂を削って力を出していたのね」


 悪魔と化しても、人造悪魔の私には魂の在り方はよく理解できていない。

 でも世界樹が教えてくれた魂の存在意義を考えれば、自らの魂を削って力に変えることがとても罪深いことだと理解できた。


「その通りです、悪魔よ。私は神の教えに近づく為に何十年と己を鍛えました。そしてようやく真理に辿り着き、『奇跡』を起こす力を与えられたのですっ!」

 私の言葉にエイデンが陶酔したような顔でそう口にした。

「……その為に、あなたの魂が消えることになっても?」

「愚問ですな。その時こそ、我が不浄の肉体から解き放たれ、私は神の御許に迎えられることになるのですっ!」

「…………」


 その言葉を聞いて、私の中に彼に対する興味が湧いた。

 それは悪魔としての本能かもしれない。悪魔と化した私の魂が、何も知らないエイデンの魂を堕としたいと囁いていた。


「では、教えてあげる。“真実”を……」

「世迷い言をっ!」

 再び魂を削りながら襲いかかってくるエイデン。例え一瞬だけ本物の勇者並の力を得られるとしても、私は十倍近くも違う戦闘力で彼の攻撃を払いのけ、床に押し倒してから彼の額に真紅の爪を突き刺した。

「【次元干渉】」

 電子干渉から進化した【次元干渉】は、電子だけでなく空間そのものに干渉できる。そして電子に干渉する力も電脳世界だけでなく、生物が持つ微弱な電気にまで干渉できるようになっていた。

 多分、理論上は出来るはず。私は自分の記憶の一部を電子情報にして、視覚化したものを直接エイデンの脳に送り込んだ。

「――ぅああああああああああああああああああああああああああっ!?」

 エイデンが目や鼻から血を流しながら苦悶の悲鳴をあげる。

 全ての映像を流し終えると、エイデンは死んだように動かなくなっていたけど、数分もするとゆっくりと起き上がり、まるで子供のように怯えた瞳を私に向けた。


「自分のやるべき(・・・・)こと、分かっているよね?」

「はい……」


 死した生き物の魂は世界樹に集められ、経験値を多く稼いだ魂はその一部を世界に還元した後で転生し、悪しき魂は奈落へ落とされ、それ以外の魂は世界に還元されて新たな生命として蘇る。

 そして特に経験値の高い魂は精霊へと至り世界中に生命を運ぶ。

 その還元された魂の生命力が“魔素”であり、それが世界に満ちることで世界に命を運ぶ赤血球の役目をする精霊と、悪しき魂を刈る白血球の役目をする悪魔が存在できるのだ。

 でもイグドラシアではその魔素を人族が無尽蔵に消費し、地球の企業が還元することなく奪い去っていくため、世界崩壊の危機が迫っていた。

 そして魔素を失ったこの地球では、逆に魂が淘汰されることなく増え続け、それでも尚、力を得ようとする人間達は、ギリギリで崩壊を食い止めていた弱い精霊さえも食い物にして消滅させていた。


 真実を知ったエイデンが、無言のまま思い詰めた顔で外のほうへ歩き出す。

 彼は、魂や精霊を弄ぶ魔法使いや、世界の理に反する者達を、私の思惑通りに狩りに向かったのだろう。

 でも私から見える彼の愚鈍なまでの清らかだった魂は、真実を知ったことで穢されたように黒く濁りはじめていた。


 魔法使い三人がいなくなったからか、奥にいる生物の気配が霧が晴れたように明確に感じられた。

 通路の途中にある扉の前に兵士が二人立っている。そこが作戦司令室のようで中にも数人の気配が感じられた。

 そして通路の最奥にあるのが魔素の収集施設。そこを潰せば企業と政府が行っていたイグドラシアからの魔素徴収事業は十年は後退する。

 完全に撤退させるにはこの国と政府を何とかしないといけないけど、私が地球を相手に戦えるレベルまで力を溜めるための時間稼ぎは出来るはず。

 あらためて決意をした私は奥の通路へ走り出す。


「も、目標確認っ! 『白兎』ですっ!」

「射撃を許可するっ! 殺せっ!」


 扉の前にいたフル武装の兵士二人が、魔素兵器と思われるアサルトライフルから通路を埋めるように銃弾を撃ちばらまいた。

 私はその瞬間に全身を霧化してわずかなダメージで銃弾を受け流し、そのまま彼らを一瞬で凍結させ、人化した爪で撃ち砕いた。

 ダイヤモンドダストが舞うほどの冷気の中で、私は半分凍りついた合金製の扉に渾身の肘打ちを叩き込む。

 ゴォォオオンッ! 重い音が響く。

 悪魔の戦闘力は魔力換算で決まるのでステータスも場合によって変動するが、それでも生き物に換算すれば、私の筋力は300以上にもなるんじゃないかと思えた。

 何度も打ち込み、ひしゃげた扉をこじ開けると、中には先ほどの冷気が浸透していたのか、半分凍りついたような白い息を吐く軍人オペレーター達が銃を撃ってくる。

 私が即座にナイフで首を切り裂きながら彼らを殲滅すると、最後にどこかと通信していた司令官だけが残った。

「き、貴様……」


 私はそんな彼を無視すると、壁の大きなモニターに映る、私でも知っているその人物にちょこんとスカートの裾を摘まんで見せた。


「Hallo……Mr.President(大統領閣下).」



現代の魔法使い戦が終わりました。


次回、偉い人との会話。


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― 新着の感想 ―
やはり地球産の魔法使いではダメだったようだ。
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