51 悪魔の目覚め 後編
悪魔的な表現がございます。
私がソンディーズ城を攻略中、また裏βテスターの魔物兵器アバターが現れた。
形状としては一番最初の蟹蜘蛛に近い。でもアレよりも装甲は薄そうだけど、機動力を重視した脚長タイプで、総合攻撃力が上がっているから結果的に防御力も上がっていると思う。
その総合戦闘力は約4000。魔力値も1200あるので魔法攻撃も多くなる。いったいどうやってこれだけの戦闘力を与えられたのだろう? それが五十体近いとなると十倍の戦闘力がある私でも物量で押し切られそう。
それにしても人族が張った結界の中に大量の魔物アバターを送り込むなんて、人族だけじゃなくてプレイヤーも沢山見ているのに、運営の連中は何を考えているの?
――ブブブブブブブブブブブ……
あ、やばっ。魔物兵器共が一斉に羽音のような異音を発しはじめたのを聴いて即座に離れると、そのすぐ後に衝撃波が放たれ、凍りついていた人族だけじゃなく無事だったプレイヤーや兵士達も巻き込んで、一瞬で粉砕し細切れの肉片に変えた。
『――――――――――ッ!!??』
吹き飛ばされた血肉が優美な城の片面を広範囲に血で染め上げ、血に染まった生き残り達や、城から見ていた人間達から、声にならない悲鳴が地響きのように響いた。
私も即座に反撃して冷気の霧を発生させる。でもすぐに反応した数体の魔物兵器が、小規模の衝撃波を撃ち出して霧を吹き飛ばす。
こいつら、妙に訓練されてて嫌いだっ。
固有スキルの【因果改変】も義体アバターには効果が薄い。単純に行動を失敗させるだけなら出来るけど、生成されて間もないコイツらだと、改変出来る『過去の大きな出来事』がほとんどないの。
さすがにコイツらの本体がある地球まで干渉するのは、今の私だと距離が遠すぎる。
でも出来ることもある。私は霧を出すと同時にそれを吹き飛ばそうとした魔物兵器に干渉して衝撃波を失敗させる。
霧に触れて凍りつく数体の魔物兵器。でも冷気対策がされているのか、動きを止めるだけで倒せていない。
即座に追撃して破壊しようとしたけど、他の魔物アバター達が衝撃波を放って邪魔をしてきた。
私はそれを避ける振りをして進路を直角に曲げ、戦闘力4万超えの加速で数体の魔物兵器に接近して、駆け抜けるように爪で斬り裂いた。
……ここまでやって、倒せたのが二体だけ。
倒すことは出来るけど消費した魔力を考えると割に合わない。
今のままじゃダメなんだ。私のままじゃダメなんだ。
二つの世界を敵に回して戦い抜くには、力を増すだけじゃなくて私は『何か』に変わらないとダメなんだ。
もう少し……あと“ひとつ”。それで私の“何か”が変わる。
***
「ブライアン様、何をしているのですかっ!」
秘書のオードリーがその部屋に飛び込むと、自分用のVR機器を調整していたブライアンが良い笑顔で振り返った。
「やあ、オードリー、どうしたんだい?」
地球にも現れ襲撃した【№13】と思しき個体が、異世界イグドラシアで魔素の供給源である【若木】の破壊を始め、企業は監視と警戒を強め、上層部は早急な白い少女の捕縛を求めた。
それによりブライアンは特別計画の為に予算を申請し、それが通るとプレイヤー達を使った監視網とギルドを使った捕縛作戦を計画したが、それが始まると計画になかった新型魔物兵器アバターが全機投入されていた。
「なぜ人目のある場所で新型を投入したのですっ!? しかもあの魔力値と戦闘力は何ですかっ? 規定値を超えていますっ」
「何故って……あのウサギちゃんを殺すために決まっているだろぉ?」
「そんな……」
オードリーはブライアンの歪な笑顔に顔を強張らせた。
魔物兵器アバターの初期魔力値は、現在の技術では800が限界だとされている。
それ以上の魔力値の付与は【義体】との馴染みが悪く、予測出来ない挙動を起こして精神に負荷が掛かるため、まずは通常のレベル上げのように徐々に魔力値を増やし、それから数年掛けて解析し、高レベル帯の魔物アバター開発に入る予定だった。
予定を遙かに超える1200という魔力値を付与したのは、おそらくブライアンの独断だろう。
あの白い少女のせいで脚を失ったブライアンは徐々に奇妙な行動が目立ち始め、今回も上層部の命令を無視するような形で、恨みだけを晴らそうとしている。
「さあ、ウサギちゃ~ん、精々苦しんでおくれよ……ふっふ」
***
魔物を阻む大規模結界があるにも拘わらず、突如現れて人間達を攻撃し始めた、数十体の黒い蜘蛛。
神出鬼没の“怪人”と思われている兎獣人が手引きをしたものと思われたが、黒蜘蛛は兎獣人にも攻撃を始め、互いに争いをはじめた。
「仲間割れかっ」
「今のうちに戦力を纏めろっ! 魔素兵器を持ってこいっ!」
混乱から立ち直った者達が迎撃の準備を始める。
魔素兵器とは鉛玉を魔力で撃ち出す魔銃を巨大化させたもので、大量の魔素を消費するため若木による供給がないと使えないが、その破壊力は数キロ離れた飛竜を容易く撃ち落とすほど威力があった。
こちらと乱戦になるであろうシェディ相手に使う予定はなかったが、そのシェディが蜘蛛と戦っているのなら、何の気兼ねもなく使える。
城壁の上に設置されていた三台の魔素兵器が内側を向き、轟音と共に蜘蛛と戦っていたシェディを中庭の地面ごと吹き飛ばした。
「やったぞっ!」
「ざまぁみろ、ウサギめっ!」
「亜人風情が人族様に逆らうからだっ!」
脅威度としてはどちらが高いのか? 若木を破壊しようとするシェディは人族にとって悪ではあるが、それ以上にシェディを優先的に狙ったのは、人族として“家畜”である亜人に逆らわれたという憎しみが透けて見えた。
だがその行動は悲劇を生む。砲撃によるダメージを受け、シェディという目標を見失った黒蜘蛛達がおかしな挙動を取り始め、見境なく人族達を襲い始めた。
「ぎゃああああっ!」
「蜘蛛を退治しろっ!」
「こいつら、硬…うぁあああああああああああっ」
蜘蛛達が城の壁に取りつき、窓やテラスにいた貴族達を襲い、魔素兵器にも数体の黒蜘蛛が取りつき、周囲の冒険者と兵士達を惨殺する。
最後に殺された兵士が苦し紛れに放った砲弾が城の壁を撃ち抜き、その大きく開いた壁から蜘蛛達が内部になだれ込んでいった。
「陛下っ、避難をっ!」
騎士達に促され、ティズがテラスから離れる。腕に覚えのあるティズでも、戦闘力が4000もある蜘蛛達とは戦えない。
それでもあのシェディが簡単にやられたとは思えず、わずかに振り返ると、砲撃のあった中庭の土煙の中から白い霧が吹き出したのに気付いた。
その白い霧が意思があるように破壊された城の穴に飛び込むのを見て、予感がしたティズはすぐさまそれを確かめたいと思った。
「下に降りるぞ、ついてこいっ!」
***
「裏βテスター達の精神が崩壊兆候を見せていますっ、すぐに実験の中止をっ!」
裏βテスターのモニターをしていた職員達の切羽詰まった声に、オードリーが急いで指示を出そうとした。
「私の権限においてすぐに実験の…」
「おおっと、オードリー君、そこまでだ」
「…………」
後頭部に拳銃の銃口を押し付けられ、それに気付いたオードリーが息を飲む。
「な、なぜ……」
「ハハハ、オードリー君は不思議なことを聞くねぇ。とりあえず本日中のオードリー君の権限を、僕の名で凍結するよ」
ブライアンの発言に、オードリーの携帯端末に灯っていたグリーンのランプがすべて赤に変わった。
あまりにも早い裏βテスター達の精神崩壊兆候。それを含めてブライアンが【№13】を殺害するために限界まで能力を引き出そうとしているのかもしれない。
愕然としているオードリーを見て満足そうに頷いたブライアンは、自分用のVRセットに座り、フルダイブを開始する。
「君はそこで見ていたまえ。僕がこの手でウサギちゃんを殺すところをね」
***
城内は酷い有様になっていた。
あのいきなりの砲撃を霧化してやり過ごした私は、飛び込んだ城の中で人化して人型に戻る。
魔物兵器達は突然我を失ったように暴れ始め、それまでの機械じみた動きではなく、まるで本物の害虫のように生きるものを見れば襲いかかり、人族達を食い散らかしている。
ギギギギギギギギゴッ!
私を見つけた蜘蛛達が襲いかかってくる。戦闘力は変わらない。けれど、その動きが滑らかになり、あきらかに獣のような俊敏性を得ていた。
私は即座に霧で凍結させ、その頭部を爪で抉り取る。
私からしてみると強くはなっているけど、連係の取れなくなった蜘蛛など単体なら問題じゃない。
問題があるとすれば襲われている人族のほうだけど、今更私に助ける義理はない。
とりあえず目についた数体の蜘蛛を破壊していると、背後から数名の人族が近づいてくるのに気付いた。
「シェディっ!」
「……ティズ」
まだいたのね。とっくに逃げ出しているのだと思ってたわ。
別に今更、彼らなどどうでもいいのでそのまま若木を捜そうと背を向けると、またティズが呼び止める。
「これがお前の望んだことかっ!? こんな魔物を使ってまで人族を殺すことがっ」
その言葉というよりその響くような声音に脚を止め、私は静かに振り返る。
「……違う。蜘蛛は敵。私とは関係ない」
「ならばっ」
「でも」
何かを言いかけたティズの言葉を遮り、彼の目を見て宣言をする。
「若木の破壊は私が望んだこと。人族は自業自得」
恨むなら私を恨めばいい。それだけが私があなた達人族に出来ること。
そんな想いを込めて言葉にすると、それを聴いたティズは眉を顰め、少しだけ考えた後でどこかの方角を指さした。
「……向こうにソンディーズの若木がある。迷路になっているから、急ぎたいのなら壁を破壊しろ」
「若っ!」
人族を裏切るようなティズの言葉に老執事が咎めるように声をあげる。でもティズはそれを気にもせず私に続けて語りかけた。
「俺は、ソンディーズの王族を連れて脱出する。お前の邪魔はしない。だが、俺達が脱出するまで蜘蛛達はお前が何とかしろ」
「……分かった」
ティズの言葉に私は静かに頷く。
別にどうでもいいけれど、出来れば顔見知り程度の人は、私の知らないところで死んでもらいたい。
「「………」」
次の瞬間、互いに背を向けて走り出す。
言われたとおり壁を破壊して突き進むと、数分もせずに【若木】のある場所に到着した。でも、そこにあったのは――
「あはは、残念だったなウサギっ! 仲間を救いたかったのだろうが、この通りだっ」
そこにはティズの護衛であるはずのサリアと、この国の騎士達がいた。
でもその足下には数十人の獣人やエルフらしき死体が、無惨に切り刻まれ、焼きこがされて転がっている。
「…………」
「どうだ、絶望したか? 私の邪魔をして莫迦にするお前のような、……な、なんだ、その目はっ! 生意気なっ!」
サリアは私への憎しみだけで、私が亜人達を救おうとしていると勘違いをして、このお城の亜人奴隷達を殺したみたい。
私が気まぐれで亜人達を助けたのが、そんな風に思われていたのね。
「どけ」
「……ぎゃああああああああああああっ!?」
私が右手を伸ばして握りしめると、サリアを含めた騎士達の手足がへし折れ、血を吹き上げて倒れ伏した。
その彼らの横を悠然と通り過ぎると、途中でサリアが憎しみの瞳で私に手を伸ばしていたので、顔面の表面だけを凍りつかせてやった。
「ぐあああぁあがあ」
苦しげに呻いたサリアが自分の顔に手で触れて酷いことになっていたけど、あなたの相手は後でじっくりしてあげる。
「……お待たせ」
そう小さく呟き、私はソンディーズの若木を破壊し、その光の中から小さな白い魔石を掴み取った。
***
『どぉこぉだぁ~、ウサギちゃ~ん』
数十体の蜘蛛達が暴れる城の外で、また巨大な魔物が姿を現した。
全長20メートル。胴の太さだけでも1メートルもある青黒いムカデは、その爪と甲殻で城の外壁を易々と破壊し、【鑑定】が使えるものはその戦闘力が七千を超えているのを見て絶望する。
その時、城を護っていた結界が消失し、人々は若木が破壊された事を悟った。
絶望感に打ちひしがれる人族達の前に、破壊された城の中から、その元凶とも言うべき“白い兎獣人”が静かに歩いて姿を見せた。
『ウサギちゃ~んっ!!』
シェディを発見して襲いかかってくる巨大ムカデ。人族の騎士達もせめて一矢報いようと武器を構えてシェディに走り出した。
だけど――
『ぐぎゃ』
シェディが右手を伸ばしただけでそのすべてが動きを止めた。
誰もが微動だにせず凍りついたような世界の中で、シェディは冷たい視線を彼らに向け、何の感情も見せることなく何かを握り潰すように手の平を握り、騎士達は血を吹き上げて死に絶え、そしてムカデは――
地球でVRセットに腰掛けていたブライアンが、突然両腕と両目を粉砕されて、VRから強制ログアウトされていた。
そして静かにシェディが変わっていく。
形はそのままに、白かったけれど仄かに血の通っていた肌の色が、色が抜けたように真っ白になり、真紅の瞳はそのままに白目の部分が血に侵食されるように赤く染まっていった。
吹き上げる巨大な霧。その霧は瞬く間に首都全体を覆い隠し、そこにいたすべての生きるもの――15万人もの人間を氷像へと変えた。
その光景を飛び立ったばかりの飛空艇から見ていたティズは、誰も生きる者がいなくなり、怨嗟の声さえ凍りつくような死の世界の真ん中で、こちらを冷たく見上げるシェディの瞳が自分を見ているような気がして息を飲む。
こうしてシェディはこの世界最大の『悪』と認定され、ウサギの魔人――
【魔王】・ホワイトバニーと呼ばれることになった。
【シェディ】【種族:バニーガール】【大悪魔-Lv.10】
・人を惑わし運命に導く兎の悪魔。ラプラスの魔物。
【魔力値:56000/56000】19800Up
【総合戦闘力:61600/61600】21800Up
【固有能力:《因果改変》《電子干渉》《吸収》《物質化》】
【種族能力:《畏れ》《霧化》】
【簡易鑑定】【人化(素敵)】【亜空間収納】
【魔王】
私の他作品をお読みの方は多少違和感を感じるかもしれませんが、シェディは『残虐系』でも『愉悦系』でもない『冷酷系』の悪魔です。
次回、戦いの結末。次は水曜更新予定です。