05 進化の行方
本日三話目です。
「――裏αテスター【№78】、経過71時間。錯乱状態より精神崩壊状態に移行。規定により、強制ログアウト後、収容所に移されます」
某複合企業第七研究所において、【イグドラシア・ワールドMMORPG】の被験者である『裏αテスター』100人の監視が、五十余名のスタッフによる十名交代制の、24時間モニタリングにより行われていた。
一人のスタッフの報告により、他の施設で半冷凍睡眠状態だった【№78】のVRカプセルが開放され、その中の子供が医療スタッフにより淡々と運び出されていく。
その様子をモニターで確認しながら、副所長のブライアンは溜息をつきながら端末を操作する。
「これで何人目だったかな?」
「先ほどの【№78】で精神崩壊によるログアウトが8名。精神衰弱による死亡が2件になっております」
ブライアンの言葉に二十代後半の美人秘書が感情を表すこともなくそれに答えた。
現実の身体とVRアバターの差違による精神への負荷が問題となってから数年経過したが、それは収まることなく、VR技術の高まりにより現実に近づくほど、精神の負荷により精神が不安定になる事案が増えている。
解決策として現状では三つしかない。
一つ目は、単純にVRの感度を下げることだが、あらゆる分野に浸透し、ユーザーからのさらなる要望が高まっている今、それは現実的ではない。
二つ目は、医師の付き添いの下、薬物等を使用し『慣れる』ことだが、それでも長期の訓練期間を必要とし、必ず克服できるものでもなく、薬物中毒や社会復帰の困難など新たな問題が起きているので、これも難しい。
三つ目は、本人と同じ姿のアバターを使う事で差違を無くすことだが、こちらが一番簡単で問題もなく、一般的に普及している。
この研究所で行われているのは、『人とは大きく掛け離れた姿』を持つVRアバターを使用した際の精神への影響を研究する実験であり、被験者として身寄りがなく、精神が柔軟な10歳から15歳の孤児達が集められた。
彼らはすでに“合法的”に存在を消されており、彼らにはこの実験終了の暁には、今後十年間の生活保障と新たな戸籍が与えられる。
異様な能力と動きを持つ【魔物体アバター】の製作に時間が掛かり、裏αテストと表のβテストが同時期になってしまったが、この実験が成功すれば医学的にも大いに役立てるだろう。
「まだ70時間程度で1割が脱落か」
「VRの感度を現実よりも敏感な最大値にしていますから、精神への負荷はかなりのもので、碌に眠れもしないかと。感度を下げるように調整をなさいますか?」
「それこそ本末転倒だよ。感度が低いのならリモコンかAI戦車のほうがまだマシだ。とてもではないが“兵器”として使えんね」
ブライアンが笑いながら大型スクリーンに目を向ける。
そこには100名の被験者の精神状態がリアルタイムで表示されていた。
死亡――2名。
精神崩壊によるログアウト――8名。
精神錯乱状態――12名。
心神喪失による凶暴化――11名。
精神不安定状態――37名。
軽度精神不安――30名。
「凶暴化状態の裏αテスターが、一部βテスターと接触し、戦闘状態となって倒されたと先ほど報告がありました」
「どっちが?」
「失礼しました。裏αテスターのゴブリンからホブゴブリンに進化した個体で、βテスター4人のパーティーに倒されましたが、βテスター1名を倒しております」
「ほほぉ。やっぱり、人型に近いと進化が早いねぇ。それで、進化出来た被験者は何名になった?」
「27名ですが、うち死亡1名、精神崩壊4名がおりますので、現在は22名がログインを継続していますが、大半は精神が非常に不安定になっており、一部、錯乱状態か凶暴化しております」
「急激な形状変化は負担が増すな。最悪は一部の者に薬物投与も検討すべきか……」
「軽度の精神不安で進化を果たした者も6名居ります。それと被験者【№13】が、かなり精神が安定した状態で進化できる段階に至りました」
「【№13】……」
その声に、モニターが真っ白な少女を映し出し、カメラを睨むようなその赤い瞳に彼女を思い出したブライアンは、納得したように頷いた。
「ああ~……『悪魔の子』か」
***
【―NO NAME―】【悪魔種幼体】47/99
・名もない悪魔種の幼生体。非常に脆弱な精神生命体。
【魔力値:17/55】15Up
【総合戦闘力:25/60】15Up
【固有能力:再判定】
【進化可能】
……進化可能? そういえばそんな説明もされてたね。
魔物としてレベルを上げて強くなると、同系列で別種の魔物に進化できるって。
とりあえず詳細が欲しかったので【進化可能】の部分に意識を集中すると、また文字が頭に溢れてきた。
【悪魔種幼体】から進化可能。46/99
現状の選択肢を表示。
【インプ】
【シャドウ】
【グレムリン】
【ガスト】
結構あるんだね……。これってひとつずつ見ていかないと分かんないよ。仕方ないけど、もう【鑑定水晶】の使用限度を半分切ってるのに、まだ鑑定を覚えられない。
【インプ】45/99
・醜い姿をした小人悪魔。人の家に住み着き悪戯をする。
説明短いっ! 進化経路とかわかんないの? 全然参考にならないんですけど。
……もう一気に見てしまおう。
【シャドウ】44/99
・影の悪魔。生物の影に成りすまし、取り憑いた生物の精神を不安にする。
【グレムリン】43/99
・邪妖精。人の発明する物品に取り憑き、その行動の邪魔をする。
【ガスト】42/99
・ガス状の悪魔。黒い塵や煤の集合体で、様々に形状を変える。
う~ん……多分、一般的な悪魔に進化するのならインプかな? でも醜いのね……。どのくらい強くなるのか分かんないけど、小さいのは不安かも。
シャドウはちょっと心惹かれる。人の影に成りすますのなら、人の街とかにも入れるかも。あっ、でも、また白くなったらどうしよう。
グレムリンも正当に進化できそうだけど、発明品って何? 飛行艇でも墜とすの? 大量虐殺とか出来そうだけど、人間を襲うの?
ガストが一番意味が分かんない。形を変えて何をするの?
どれもこれも一長一短に感じる。直接戦闘出来そうなのが何もないんだけど、どうしたらいいんだろ?
とりあえず、魔力が回復しないと進化も出来ないみたいだから、回復するまで数時間ほど花畑でも眺めて、この違和感にザワザワする心を落ち着かせよう。
現実逃避とも言うけど、現実逃避は慣れている。本気でVR感度の設定下げてくれないかな……。
ぼぉ~~としていると、放置していたイモムシ達が視界に入る。癒しの邪魔なんだけど、これって何かに使えないかな?
もしかして虫っぽくない牙とか取っておいたら、街で売れるかも。
まぁ、魔物素材を売りに行く魔物なんて、どう考えてもおかしいんだけど、暇だし、何かやってみよう。
そんな理由で赤黒イモムシに近づいてみたら、デッカい虫は間近で見ると思ったよりもグロかった。
じっくり解体する気もなくなったので、トロロボディを伸ばして叩きつけるように、解体と言うより粉砕していると、結構堅そうな牙が1個取れた。ちなみに対になってるもう片方は壊れた。
あまり見ないようにしてても、目も瞑れないので見てしまった粉砕スプラッターの中で、何かキラリと光る物を見つける。
何だろう? 宝石? 小豆くらいの大きさで、黒っぽくて宝石と言うより綺麗な石炭って感じだけど、何気なく突いてみると、いきなり私の身体に吸い込まれた。
え? どうなったの? どこいった? どこに消えた?
慌てて自分の身体を探していると、私の減っていた魔力の回復速度が速くなっているのに気付いた。
何だったんだろ? 魔力を発生する石? でも魔力を回復できるのなら便利かも。普通の赤イモムシからも取ろうかと粉砕してみたけど、他の三体には見つからなかった。
何だったんだろ? 強い魔物にしかないのかな? もしかして、これが“魔石”って物なのかも。
でもとにかく、そのおかげでわずか1時間で魔力はすっかり回復できた。赤黒イモムシさん。感謝はしないけど、君と戦ったのは無駄じゃなかった。
【―NO NAME―】【悪魔種幼体】41/99
・名もない悪魔種の幼生体。非常に脆弱な精神生命体。
【魔力値:55/55】
【総合戦闘力:60/60】
【固有能力:再判定】
【進化可能】
そう……無駄じゃなかった。だから私は進化先を決めた。
多分どれを選んでも苦労するし、ボロボロになった心もズタボロになるかもしれないけど、私は今までを無駄にしたくない。
だから私は、その姿を想像で頭に思い描いて、強く願った。
大人、怖い。
次回、白い少女の進化。