44 快楽都市 前編
奇妙な魔物アバターを目撃した。
魔物アバター……だよね? それを目撃したのは、中央大陸から見て南西の、島なんだか大陸なんだか分からないゴチャゴチャした辺りにある、ソーサンセット王国近くの浜辺だった。
ガイドブックによるとこの辺りの国は南米っぽい感じで、大国であるソーサンセット王国は、南国っぽい雰囲気のある、この世界でも有数のリゾート観光地らしい。
周辺の小国もリゾート保養地だったり観光地だったりしているけど、私も最初はソーサンセット王国じゃなくて、世界樹のラインを使ってその隣の島国サンイートに跳ぶはずだった。
まぁ、例の如く弾かれたのだけど、島国からも弾かれてソーサンセット王国近くの岩礁に落っこちた。
………別に悔しくないもん。
タマちゃんがパパァっと海水やワカメを取ってくれたので、綺麗さっぱりになって外套を纏った私は、せっかくなので近くの国を見て回っていたのだけど、その途中、港町から少し離れた浜辺で、数人の冒険者が数体の魔物と戦っているのを見かけた。
冒険者のほうは三人組で、戦闘力は全員100以下しかなく、多少ぎこちない動きのどこかで見たような揃った装備をしていたので、もしかしたらプレイヤーなのかもしれない。
それに対するのは三体の魔物。
黒っぽいロバと、邪悪そうな山羊と、ヘビの尻尾を持つニワトリが、まるでブレーメン音楽隊のように上に積み重なっていた。
魔物……? 魔物なの?
ロバもヤギもニワトリも戦闘力は60~70程度しかない。なのに積み重なった状態で魔物達はプレイヤー達をあしらっていた。
いや、コイツら絶対『魔物アバター』の一般プレイヤーでしょ。
本当に実装したとは驚きだけど、動作が似た感じで融通の利かない部分も多そうだから、私達とは違って半オート操作にしているのかな?
構図からすると、初心者の新規プレイヤーを、元βプレイヤー達がからかって遊んでいる感じか……。
まぁ、いいか。実害はなさそうだし、放っておいて勝手にしてもらおうとその場を離れかけた時、
「きゃっ」
不意に風が吹いて咄嗟にフードを押さえたけど、スカートだけワンテンポ遅れた。
まぁ、思わず押さえたけど、私の物質化したスカートは中までぎっしり布が詰まっているし、何か見えてしまったわけじゃない。
それでも辺りを見回してみると、数十メートル向こうで先ほどまで争っていた人間プレイヤーと魔物プレイヤーが、揃って伏せるようにして全員が私に注目していた。
「…………」
『『『…………』』』
ビュゥ――――――ッ………
全力の冷気で、浜辺やその向こうの蒼い海ごと一瞬で凍らせる。
まぁ、そんなどうでもいい出来事はともかく、ウサ耳は見られてないと思うけど、今の攻撃で私だと疑われる可能性が発生してしまった。
そこでこの地域から離れようかと考えたけど、どこかに新しい若木を生まれ変わらせて、新しいラインを構築しないと世界樹の所にも戻れない。
なので私は、わらわらと偵察ドローンが確認に来る前に、そのまま他の地域まで自力で移動することにした。
ソーサンセット王国から真っ直ぐに北上して、小国サントシスには立ち寄らず、西海岸をかすめるように人型のまま爆走し、北部の起伏の激しい樹林から全身を霧に変えて駆け抜け、そのまま海に飛び出した。
総合戦闘力2万越えは伊達じゃない。さすがに飛空艇には及ばないけど高速鉄道並の速度で移動出来る。この大陸は小大陸が二つ繋がった形をしているけど、海を渡れば移動時間を大幅に短縮出来た。
それでも休みなしで三日は掛かるけどね。私が上の大陸まで移動したのは単に逃げるだけの目的じゃなく、そこに二つの大国があったから。
快楽都市ワートス。
賭博の街ソルトース。
通称で分かるとおり、この二つの国はあまりまともとは言えない。
都市や都とつくこの二つの国家は、首都に機能と人口が集中していて、国自体もそんなに大きくない。
それでもこの国は世界でも有数のお金持ち国家で、どちらも国王よりもマフィアのほうが権力がある。だから初心者観光客は表通り以外は近づくなって、ガイドブックに書いてあった。
快楽都市ワートスは、危ないお薬を売っていたり使えたりする危ないお店があって、賭博の街ソルトースは、人権のないラスベガスを想像するといいのかも。
この地域を選んだ理由は、一般プレイヤーがほとんど寄りつかないと思ったから。
それと悪い人達は、誰かに見られたり監視されたりするのを嫌うという、ちゃんとした偏見が私にはあるから、魔法的に警備されててドローンも少ないんじゃないかなって、希望的観測で動いている。
要約すると、行き当たりばったりだ。
まぁ、それだけじゃないけどね……。
三日後、ワートスに近い海岸辺りに到着した私は、人化して外套を纏い、まずは快楽都市を目指した。まずは街の中に侵入しないと始まらない。
大国を襲うのは正直不安はあるけど、今の状況なら少しは勝算がある。
しばらくすると大きな街が見えてきた。遠目に見ても建物が妙にごちゃごちゃした感じで、危ない煙で霞がかって見えるのは気のせいじゃないと思う。
その正門で商人達の馬車が列を作っている。薬の買い付けに来たのか薬を売りに来たのか知らないけど、入国許可に時間が掛かっているのは、他国のマフィアとかスパイとかが入ってくるのを警戒しているからかな?
でも、検査はするけど警備はそれほど厳重じゃない。
私のやっていることが、まだ他の大陸のことで対岸の火事状態だから、スパイを警戒していても国家の危機に対する警備じゃない。
そして王様よりもマフィアが力を持っているのなら、兵士や騎士には権力もなく、国全土を護れるほどの数もいない。
他の国なら無理だけど、この霞具合と警備の数なら霧になれば、結界のない正門なら通れるかも。
近くの低木に隠れるように近づき、身体を拡散させるように霧にして静かに漂うように正門を潜り抜けた。人化を極めた私ならもしかして結界も潜れるかもしれないけど、それはまた安全な時に試そう。
私が通る時、一瞬だけ門番が怪訝そうな顔をしたけど、すぐに奇妙な匂いのするパイプを吸い始めて幸せそうに煙を吐き出したので、いらない心配だった。
「おじさん、王様のお城ってどっち?」
屋台でタコスみたいな物を買ってそこのおじさんに聞いてみると、おじさんはタコスを焼く手を止めずにつまらなそうに教えてくれた。
「なんだ、嬢ちゃんも妾希望か? 止めとけ止めとけ。金は持っているが薬漬けで半分おかしくなってるぞ」
そう言って、最期に顎で指し示す。
街の中央……。若木の周りに街を作ってるんだから当たり前か。
さて、どう攻略するか。この調子なら霧になって忍び込めばあっさり行けそうな気もするけど、大国だから若木の周辺にどんな罠があるのか分からない。
首尾よく事を済ませても、今回くらいまでは私がやったって事を人族に認識してもらいたい気持ちもあった。
この国の騎士や兵士は少ないとしても、恐らくマフィアの対人戦闘員はいるはずなので、それがどの程度の数か分からない限り真正面からの喧嘩はまだ怖い。
でもまだ勝算はある。
その準備をするため、私はタコスを食べる振りをしながら、おのぼりさんの観光客を装って街を歩いていると、すぐにそれが引っ掛かった。
「よう、お嬢さん。いい薬があるんだけど、どうだい?」
「……いくら?」
街の“お薬売り”のおじさんが声をかけてきた。
怪しい葉っぱや怪しい香油が、だいたい小銀貨1枚から5枚って感じ。
「ねぇ、おじさん。もう少しいいものはある?」
そう言いながら大金貨をチラリと見せて、銀貨をチップで渡すと、おじさんは満面の笑みを見せてくれた。
「おうおう、お嬢さんも通だねぇ。ここにはないが、事務所のほうになら良いのがあるぜぇ? 使う宿や遊べる亜人奴隷も金次第で融通出来る」
「それじゃ案内してもらえる?」
前みたいにいきなり売られそうになっても面倒なので、さらに1枚銀貨をチップで渡し、金払いのいい客を演出すると、いきなり呼び方が変わった。
「それじゃ、お嬢様、こっちに来てくだせぇっ!」
そういう人達の事務所は表通りに置かない美学でもあるのか、入り組んだ裏通りを抜けて、倉庫街の古びた三階建ての屋敷に案内された。
「若頭、上客のお嬢様を連れてきやしたっ!」
建物に入り、おじさんが声をかけると、奥の方で書類仕事をしていた四十絡みの男が立ち上がり、ニヤけた顔で前に出てくる。
その若頭は、フードに隠れた私の顔と裾から見えるヒールを見て、静かに頷き応接室に通してくれた。
「それでお嬢様? どのようなお薬が所望で?」
「効果が持続するのと後遺症が少ないものね。それをどの程度集められるかしら?」
「どの程度…とは?」
「そうね。とりあえず馬車5台分はほしいわ」
私が軽くそう言うと、若頭も一瞬目を見開く。
「……酩酊感が強すぎて、中央大陸で禁制となった薬がある。馬車五台分はないが、裏の倉庫になら四台分ならあるはずだ。お嬢様、あんた払えるのか? 馬車一台分で大金貨100枚だ」
「ええ、問題ないわ……」
「な、なんだ……」
聞きたいことは聞けたので、この階にいる人達は全員凍ってもらった。
私は凍りついたドアを砕き、裏にあるという倉庫に向かう。
途中で出会った人達を全員凍らせながら捜していると、その倉庫とやらが幾つもあることに気がついた。
「……案内させてからにすればよかった」
中規模のマフィアかと思ったら、結構大きなマフィアの一部署だったみたい。
仕方ない。生き残りを捜すか、誰か戻るのを待つか考えながら倉庫を見ていると、唐突に横手から声をかけられた。
『ムッキー』
……お猿さん?