30 プレイヤー達との接触
イグドラシア・ワールドMMORPGのVRチャット掲示板では、今日もβテスターに選ばれたプレイヤー達による情報交換が行われている。
『そうそう、βテストの期間終了が早まりそうって話、聞いた?』
『何それ、聞いてないっ。こないだ、ようやく【ランク3】になったのに、こんな所で終わられると困るっ』
『いや、それ情報偏ってるから。正確には、正式版の発売が早まったって事でしょ』
『ん? 結局同じじゃないの?』
『終わるんじゃなくて、継続。ウチらは正式版もこのキャラをそのまま使うか、新しく新規で始めるか選べるんだって』
『うわっ、結構悩むなっ。今の強さは勿体ないけど、もっと効率の良いステータスの振り方とか考えるし、キャラの外見が微妙に気になるんだよね』
『お前ら、外見弄りすぎ(笑)、今のままで、キャラの外見変更の嘆願でも出してみたら?』
『ところでアレ、クエストだと思う?』
『アレってどれだよ』
『中央大陸限定だけどさ、トゥーズ帝国から出た、超高額クエスト?』
『ああ、冒険者ギルドの掲示板にあった奴? あれマジなの?』
『だから何だよ。最近ずっと山でオーク狩りしてたから、街に戻ってないんだよ』
『もしかして、専用ルームがあった【ウサギちゃんを捜せ】って奴? あれって本当なの? 報酬が大金貨5000枚とか』
『大金貨五千っ!?』
『そうそう、この世界に一人しか居ない兎獣人の女の子を捕まえろってクエスト』
『閃いたっ!』
『通報すんぞ。でもそういう可能性もあるのか。最終的にお金を取りますか、それとも可愛いウサギちゃんを仲間にしますか? ってクエスト』
『そもそも可愛いの?』
『知らん。欧州のプレイヤーがオークションに出した、この前の【凶暴体イベント】の魔石を奪っていったって。だから連続クエストの線が濃厚』
『げ、あの魔石、そんなに高価なのか……』
『魔石が高価なんじゃなくて、ウサギちゃんが可愛いから報酬が高額なんじゃないかって、オークションに出しておきながら、出席しなかったプレイヤーが悔しがってたらしいよ』
『お金はオークション主催者から補償してもらえたみたいね。大金貨10枚(笑)』
『それでも充分高額だけどな』
『……オークションには出さないほうが良いのかな?』
『え、なに、まさか持ってるの? イベントの魔石を?』
『あのPVのガマガエルから出た【赤い魔石】なんだけど、うちのクランでどこに売ろうか検討中。でもウサギちゃんの罠に使えそう?』
『大手のクランか? それなら良いけど、こんな所で話すなよ。下手すると誰か奪いに来るぞ』
『十人程度のクランだけど、半分が【ランク4】だから多分平気。リーダーは良い奴だから、他のクランとも仲が良いし。問題は……もし本当に、ウサギちゃんを仲間に出来るとしたら、仲間内で意見が割れそう』
『お前は?』
『もちろん、仲間ルートっ!』
『『『ですよねーっ』』』(男性プレイヤー)
『リアル【バニーガール】の衣装着せて、クランの拠点で働かせたいっ!』
『『『……最低』』』(女性プレイヤー)
***
残り猶予、十八日。
さあ、どんどん後がなくなって参りました。本当だったら焦って悲観して自暴自棄になりそうなものだけど、今更そんなか弱い精神は残ってないし、あの企業の連中には、目に物見せてやりたいので頑張る。
それにはまず生き残らないといけないけどね。
辿り着いたアンヌーフは綺麗な港町だった。街の景色は、なだらかな斜面に段々状に白い建物が並び、屋根は煉瓦色で統一されていた。
かなり北なはずなのに寒くないのは、やっぱり世界樹の若木のおかげだと思う。
街並みの一番高い部分に見えるお城は、ここの領主の城かと思ったら、街の案内板を見ると王様のお城みたい。
大国と小国って随分と違うのね……国家間列車は首都にしか停まらないのか。
あちこちにある看板を見ると、この国の主要産業はニシンみたいな魚らしい。通りの屋台では、ライ麦パンに生の塩漬けニシンとジャガイモを挟んだ物が売っていたけど、もし私が食べられても買うつもりはない。……いや、意外と美味しいのかも?
ポニョン。
え……、タマちゃん、食べたいの?
それはさておき、情報を得る為には冒険者ギルドが一番だと結論を出した私は、その場所を聞く為に、本気で『生ニシンジャガサンド』を買うかどうか悩んでいると、通りの向こうから騒ぎが聞こえてきた。
すると、そちらのほうから騎士や兵士十人掛かりで捕縛された、冒険者っぽい二人組が、何か叫いては槍の石突きでゴツかれ、城のほうへ連行されていった。
何があったんだろ……? 少し気になって近くの屋台で『生ニシンジャガサンド』を買って(銅貨三枚)尋ねてみると、屋台の店主は顔を顰めながら、連行された二人の方角を向いて溜息を付く。
「他の屋台の裏方で使ってた、亜人奴隷を解放しろとか騒いでたんだよ。もちろん店主が断ったんだが、なんか…えっと『えぬぺーちー?が生意気だ』とか言って、武器で脅そうとしたんで、衛兵呼ばれて御用になったわけだ」
「へぇ……」
えぬぺーちー…って“NPC”のこと? あれ、βプレイヤーなのか。
見た目が若かったから、本当にリアルで子供なのかリアルでバカなのか判別出来ないけど、ゲームだからと好き放題しようとして結局捕まったのね。
「最近、ああいう毛色の違う冒険者が増えて、ギルドも困ってるらしいよ。昔からいる冒険者を道案内で雇って、分け前も払わず解雇したり、若い女奴隷を買いあさったり、色々してるらしいぞ」
「そんな事をしてるんだ……」
「そして今回は、亜人奴隷を解放しろだと、本当に人様の資産を何だと思ってやがるんだっ。最近は亜人共も知恵を付けて警戒しているから、買い直すのも大変なんだぞ」
「…………」
本当に亜人を人扱いしていないのね……。
その後、店主に聞いた冒険者ギルドに向かってみる。
この国の冒険者ギルドは、駅近くの大通りから少し離れた場所にある、四階建ての真っ白な豆腐のような建物だった。
その前に、近くに冒険者用の装備を売っているお店があったので入ってみると、数人の冒険者が装備を眺めていた。
私は目立たないようにマントや外套を売っているコーナーに行って、良さそうな物を捜してみる。
出来れば見かけが良くて丈夫な物が良い。服も欲しいところだけど、もう一段階成長しても大丈夫かな? 買うのは次に成長してからにして、丈夫なブーツも捜す。
正直言って今の状態でブーツはサイズ的に限界。
買う物を決めて目的の物を探していると……
「この国って、良いデザインの服あんまり無いと思わない?」
二十歳くらいで青い髪の女性冒険者が普通に話しかけてきた。
「形はどうしようもないとして、色くらいはバリエーションがあってもいいのにねぇ。大きな国なら色々お店も……」
「サリー、その子、プレイヤーじゃないぞっ」
「えっ!?」
次に現れた二十代半ばくらいの男性冒険者が、サリーと呼んだ冒険者に注意すると、サリーは目を丸くして私を凝視する。
「あ、ホントだっ! プレイヤーのマークがないっ」
どうやら彼らはプレイヤーで、プレイヤーには彼らだけが分かる印のようなものが有るみたい。
それよりもジロジロ見ないでくれるかな? 運営が1万人全員をモニターしているとは思わないけど、顔を見られて不審感を持たれたら困る。
「…………」
私が少し離れるようにしてフードで顔を隠すと、さっきの男性が私達の間に割って入る。
「だから止めろって。このゲーム、普通のAI使ってないから、衛兵に逮捕されて運営にキャラ消されても知らないぞ。すまなかったね、君」
「だ、だって、服の見方がリアルの人みたいだったから……」
盛大にネタバレしながらの謝罪になっていない謝罪に、私は小さく、気にしてないよと首を振る。まさか“服の選び方”でバレそうになるとは思わなかった。
捕まったプレイヤーってどうなるのかと思ったけど、犯罪行為したキャラを消して、うやむやにしちゃうのか。そういえば最初にそんなことを説明された気がする。
私が許すと、その男性はサリーを引き摺るように店から出て行った。特に問題が起きなくて私もホッと息を吐く。
だって、あの男の人、かなり強かったから。
【戦士っぽい男】【種族:人族♂】【プレイヤー】
【魔力値(MP):150/150】【体力値(HP):260/260】
【総合戦闘力:1110】
ティズよりもずっと強い。多分だけど、この世界の人間よりも、【システム】で制御されたプレイヤーのほうが効率よく強くなれるんだと思う。
不得意分野もなく、魔力さえ吸収出来れば、武器の扱いもこの世界の人のように鍛錬して技術を覚える必要が無い。
私もだいぶ強くなっているけど、この調子でプレイヤー達に強くなられたら、集団戦で負けるかも……。
それでも、私も今更止まれない。私も購入出来た良さそうな外套とブーツに着替えて店を出ると、その向かいにある冒険者ギルドに足を向けた。
真っ昼間から絡まれる事もなく冒険者ギルドの玄関を潜ると、真っ昼間から仕事もしないでたむろする冒険者が十数名居た。
プレイヤーっぽい人達も数人居る。どうしてこんなに居るの? 前の国だとほとんど見かけなかったのに……。そのほとんどが掲示板のほうに集まっていたので、チラリとそちらを窺うと、賞金首の手配書を見ているようだった。
『尋ね者。霧の魔術を使う、若い雌の白い兎獣人。
彼の者、生かして捕らえ引き渡した者には、報奨金を与える。
その者、けして傷つける事なかれ。
それを為した者には、トゥーズ帝国皇帝の名において、
五千枚の大金貨を与える――』
…………ティズの奴、何をしてるのっ!
私の捕縛に大金貨五千枚とか、もうあいつ、アホなんじゃないのっ?
それを見ている冒険者達は興奮しすぎて、どこに居るとか、捕まえる方法とかじゃなくて、金を得た後の使い道ばかり話している。
いや、それよりも私は【№08】の魔石を探さないといけない。
私はフードを深く被り直して、誰も居ない受付に話しかけてみる。
「情報って買えますか?」
「どんな情報ですか?」
私の言葉に、お役所っぽい雰囲気の男性が、口調は丁寧だけど神経質そうに書類から顔を上げた。
「宝石みたいな魔石だけど……」
「ああ、無いですねぇ」
特に調べもしないで、受付の人はそのまま仕事に戻る。情報の規定外なのか私が子供だから舐められているのか、どうしようかと考えていると、後ろから軽薄そうな声がかかった。
「あ、魔石を知ってるって事は、君もイベントに参加するの?」
 
この時点で運営は魔石を重視していませんし、まだウサギちゃんにも無関心です。
その為、運営側のイベントではなく、プレイヤーが自分達でお祭りにしようとしています。
プレイヤーは普通ならあるはずの低いステータス部分が存在せず、吸収した魔素を効率よく魔力値に割り振り出来るので、現地の人間より強くなります。それはレベルが高くなるほど顕著になります。
次回、プレイヤーイベント




