02 初めての戦闘
本日二話目です。
ふぅ……ようやくゲームの世界に入る事が出来た。
かなり怪しげな人体実験の被験者だけど、私としてはあの養護施設での生活を続けるより、よほどいい条件だったと思う……。
全身を包んでいた光が薄れて、人間だった私の身体が、選択した【悪魔種】のアバターに再変換される。
眩しっ! 目じゃなくて身体全身で見るような360度の視界に頭が眩む。
説明は受けたけど結構キツいなぁ……。
現実に近づくほど『違和感』は酷くなる。実際、数年前までの嗅覚どころか触感さえ振動で誤魔化してたVRでは、こんな症状は出なかったみたい。
あの会社の人は『人間プレイヤー対魔物プレイヤー』をやりたいそうだけど、視覚情報だけでこんなにキツいなんて、普通に無理でしょ。
いや、その為のテスターだったね……。
そういえば【裏αテスター】は、痛覚や感覚を最大値に設定されているそうだけど、私の身体データを基に調整してくれるといいなぁ……。問題はそれをデータを取り終わるまでやってくれるかどうかだけど……望み薄いかも。
この状態で半年間休み無しか………。
だから、この種族はお薦めしないのね。
それでも私は、何になりたいか聞かれた時にコレしか思い浮かばなかった。
目も瞑ることの出来ない状態で、多分一時間くらいジッとしていると、クルクル回る流れる水越しの万華鏡状態だった視界が、やっと脳内で処理できるようになったのか、何とか耐えられるくらいの状態になってくる。
うえっぷ……吐きそう。吐き気と目眩で頭がクラクラするけど、私達裏αテスターはこの程度で現実に戻ることを許されない。
でもその甲斐があってやっと見渡せた景色は、余り感情を出さない私でも感動できるものだった。
最近のVRゲームは、現実と見分けが付かないって聞いたけど、そよ風に木の葉が揺れて、木漏れ日と影が形を変え、風に草と土と水の匂いを感じた。
ここは森の中。辺り一面森の中。人里なんてどこにも見えない森の中……。
何もないね。……いや、今の私って『人外』だから、人里に近いとまずい気がする。話に聞く限りリアルに近い世界設定なら、人と魔物は“敵”だから。
それよりも、辺りの様子が分かるようになって自分がどんな姿になっているのか、ようやく分かるようになった。
……白いスライム? あのポニョンポニョンしたのじゃなくて、デロデロした粘液みたいな奴のほう。
見た目は真っ白なせいか、床にぶちまけたトロロか、水で溶いた小麦粉にしか見えない。これ、どうなの? 動けるの? どう動いていいのか分かんなくて呆然としていると、トロロ体の脇にコインくらいの水晶玉が落ちているのに気付いた。
なんだろう……これ。
何となく手を伸ばす感覚で動くと、粘液の一部が飛び出して水晶玉を包み込んだ。
あ~…うん。考えて動いたらダメだ。適当にしないときっと上手く動けない。
そして腕を動かしたと言うよりも肩から何か飛び出た感覚がして、とっても気持ちが悪い。
それよりこの水晶玉は何だろう? こんな真円の物体が自然に出来るとは……ああ、VRの架空世界だったね。と言うことは、何かしらのアイテム……
【鑑定水晶】98/99
・自分の能力やゲームアイテムを調べることが出来る【鑑定】の力を持った水晶球。
・初回特典アイテム。大都市なら似た物を購入できるが、そちらは使用限度10回。
・水晶球を覗いてみると、対象の大体の強さが分かる。
※慣れると、水晶がなくても鑑定出来るようになるかも。頑張りましょう。
…………鑑定アイテム?
私がコレの正体を考えた結果、そんな文字が頭の中に浮かんできた。この数字は何だろう? 何気なく近くの木を、水晶球を使って覗いてみると――
【樹木】97/99
【魔力値:5】
うん、なるほど。ゲームアイテムでもない樹木の詳細が分かるわけじゃないのね。この水晶だけ色々出たのはゲームアイテムだからかも。魔力値って…MPって奴? 木にもあるんだ? 細々とゲーム用語やゲーム常識を脳内インストールされたけど、これが『世界に魔素が溢れている』ってことなのかも。
って数字が減ってる……。名称の下にある『97/99』って、もしかして【鑑定水晶】の使用限度? 街で購入できるって魔物は街に入れないでしょ?
慣れれば自分で出来るって……回数が尽きる前に覚えられるかな?
でもとりあえず、もう一回は使わないといけない。この【私】に。
【―NO NAME―】【悪魔種幼体】96/99
・名もない悪魔種の幼生体。非常に脆弱な精神生命体。
【魔力値:20/20】
【総合戦闘力:21/21】
【固有能力:再判定】
…………多分、弱いよね? 非常に脆弱って書いてあるし、木の4倍だし。
でも、私はゲームをやったことはないけど、ぶち込まれたゲーム常識だと、もっとこう、強さとか速さとか色々あるんじゃなかったっけ?
えっと…確か、こういうゲームって、敵を倒して強くなるのよね? 敵って何だろ? 私でも倒せるような相手なの? そもそもどうやって戦うの? その前に私ってここから動けるの? こうやって前に出るような感じで……あ、動けた。
うえっぷ……気持ち悪い…。
それとこの【固有能力】って気になる。何か凄そう? これの詳細が見えないかなぁと思っていたら何か文字が出てきた。
【固有能力:再判定】95/99
・判定に失敗した時に発動すると、必要魔力を消費して再度成否を判定する。
・大きな失敗ほど必要な魔力が大きくなる。
・裏テスター限定特典能力。
使える……のかな? 特典とか言いながら、どうせ精神に影響が無いかの実験だろうし、どうしてその能力が付いたのか理解もできるけど。
それから少し進むごとに、高い場所から目隠しをして突き落とされるような感覚を感じながら移動していると、気が付いたら辺りが暗くなってた。
………多分、半日掛けて3メートルも進んでない。
身体に感じる気持ち悪さは、人体から掛け離れすぎた違和感からの気のせいだ。
冷凍睡眠中の身体に不調が起こっているのではなく、脳が気持ち悪いと錯覚しているだけだから……意地でも慣れないと。
他の裏αテスターもこんな感じなのかな? 碌に話をする機会もなかったけど、この広い世界に散らばった100人程度じゃ、出会う確率は限りなく低いと思う。
それよりも1万人のβテスターに出会ったらまずい。今だと人語なんて話せないし、出会ったら動けないまま殺されるかも。
何度も連続で倒されたらキャラが消える。きっとそうなったら再チャレンジなんてさせてもらえず、生活保障もなくなる。
この【鑑定水晶】を見せれば、私もプレイヤーだと気付いてくれるかな……?
とりあえず暗くなる前に安全な場所で――
『シィイイイイッ』
そんなことを考えていたら、少し離れたところにイモムシのような赤い奴が、威嚇する蛇のように半身を持ち上げて、奇妙な鳴き声を発していた。
ただの虫? それとも……これが魔物? 背中に傷跡とかあるせいか、妙に強そうに見える。
『シィイイイッ!』
ッ! 赤いイモムシがなにか口から吹きかけてきた。汚いっ!
咄嗟に躱して――って躱せるわけがなく、動いた反動で吐きそうになっていると、痛みのような感覚と灼けるような熱さを感じた。
痛いというより苦しいっ! この身体は余り痛みを感じないのかもしれないけど、身体を削られるような苦しさに怖くなって、思わず【鑑定水晶】を使ってみる。
【―NO NAME―】94/99
【魔力値:18/20】
【総合戦闘力:20/21】
魔力が下がってるっ! 戦闘力も下がってるっ!
精神生命体って魔力が身体なの!? 魔力が減ると戦力も減るのっ!?
混乱しながらも逃げようとするとイモムシも私を追ってきた。遅いっ! 私もイモムシもっ! どちらもノロノロと正にイモムシが這うような速度で移動していると、向こうの方が若干だけど速かった。
あのイモムシの強さは――
【赤イモムシ】93/99
【魔力値:22/25】【体力値:30/30】
【総合戦闘力:27】
私より強いっ! 鑑定で大体の強さが分かるって、本当に大体しか分かんないよっ。
『シィイイイイッ』
熱っ! また酸みたいのをかけられた。
【―NO NAME―】92/99
【魔力値:16/20】
【総合戦闘力:19/21】
【赤イモムシ】91/99
【魔力値:18/25】【体力値:30/30】
【総合戦闘力:27】
また減ったっ! そしてイモムシの戦闘力は下がらないっ! これが精神生命体と普通の魔物との差なのかもしれない。
そして私、回数制限ある【鑑定水晶】使いすぎっ!
『シィイイイッ!』
ああっ、追いつかれたっ、噛みつかれたっ! 痛いっ、何か減ってる気がするっ!
そうだっ、固有スキルっ!
《再判定》
カツンッ! もう一度噛みつこうとしたイモムシが、牙が刺さった瞬間、何故か空振った。え……? 助かったけど、もしかしてこれだけ?
【―NO NAME―】90/99
【魔力値:6/20】
【総合戦闘力:12/21】
ああああああああっ、すっごく減ってるっ! 魔力すっごく消費してるっ! 『シィイイイイッ!!』
痛いっ、囓られてるっ、あああああ………終わった。
精神生命体で魔力値がゼロになった私は消滅し、どこかの森に再構成された。
こうして私の最初の戦闘は敗北で終わったのだけど……
【―NO NAME―】89/99
【魔力値:1/10】10down
【総合戦闘力:5/11】10down
死亡ペナルティは能力10%ダウンって……言ってなかったっけ?
次回、頑張って力を溜めましょう。
多分、明日更新。