14 盗賊と商人 前編
残酷な表現がございます。
苦行の旅に道連れが出来ました。
ゼリースライムのタマちゃんです。……タマちゃん? タマ君? どうせ性別なんてないからタマちゃんでいいや。タマちゃん、ご挨拶。
ポニョン。
【タマ】【種族:ゼリースライム】【悪魔シェディの眷属】
【魔力値:10/10】【体力値:10/10】
【総合戦闘力:10】
【特技:お洗濯】
リスと競えるほどの戦闘力。
こびり付いた汚れもたちどころに分解する特技。
どうやって戦うのか想像できないほど小さく丸っこい身体。
……どうしよう。私の眷属になったっぽいけど、癒しとお洗濯以外の役に立つとは思えない。いえ、その“癒し”こそ私に必要なものだったのです。
今も、精神疲れで私が休憩していると、餌が欲しいのか跳びはねてるバッタを捕まえようとして追いかけ、結局捕まえられずに戻って、そこらの雑草を食んでいる。
可愛い……。
私がまた歩き出すとビックリしたように慌てて追いついてたきたタマは、嬉しそうに私の周りを元気に跳びはねていたけど、すぐに疲れて必死な感じで私によじ登り、肩の上でペニャリと潰れて休み始めた。
可愛い……。
何考えているか分かんないけど、私の意志は通じるっぽいし、離れていてもタマの居る場所も何となく分かる。
そんな感じで、私の荒んだ精神に絶大なる癒し効果をもたらしてくれたタマちゃんと一緒に、私は新たな人族の国を探して旅を続けた。
角狼のエリアを離れると、森は意外と平和だった。数歩進むだけでどこからともなく魔物が湧いてくるとかないみたいで、リスとかウサギとか鹿とかの姿が見えた。
なるほど、こんな森だからタマちゃんは生き残れたんだね。
そんな森にも最下級と思われる赤イモムシは生息している。意外とどこにでも居るみたいで今更私の経験値にはならないし、イモムシは遅いからタマちゃんも逃げられると思うけど、もし襲われると面倒なので外套のフードを外して“素顔”を曝して威嚇しておく。
素顔……卵形ののっぺらぼう。ウサ耳が無かったら卵にしか見えない。
タマちゃんを連れて二日ほど移動していたら、【擬人化(素人)】のスキルがまた上がっていた。
【シェディ】【種族:ホワイトガスト】【低級悪魔(上)】
・塵とガス状の身体を持つ低級悪魔。知能ある精神生命体。
【魔力値:330/330】5Up
【総合戦闘力:363/363】6Up
【固有能力:再判定】【種族能力:畏れ】
【簡易鑑定】【擬人化(見習い)】
素人が“見習い”になってる。
やっぱり、擬人化の下地が出来たから上がりやすくなっているみたい。
ようやく皿洗いから野菜切りに昇格した程度。賄い程度は作れるようになったけど、お客に出す物はまだ作れない。
それで何が変わったのかというと、造形に素手ではなくてコテやヘラを使えるような感じになって、掴む程度しか出来なかった指が、ジャンケンできる程度には使えるようになってきた。
ここまで全く戦闘しなかった訳じゃないよ。強い魔物は居なかったけど途中で一回だけ熊に襲われた。デッカい熊じゃなくて首の辺りに白い模様がある120センチくらいの小柄な熊。
戦闘力は150くらいあったけど、所詮は一般動物、私にはダメージを与えられずに吸収されたけど、所詮は一般動物、経験値はしょぼかった。
一番驚いたのは、タマちゃんが熊の死体を処理してしまったこと。
ぐにょりと広がって熊に食いついたと思ったら、少しずつ30分くらいかけて熊を全部消化してしまった。
いや、待って。なんで体積変わってないの? 見た目も大きさも20センチの水饅頭のまま変わってないよ。
念の為に鑑定してみたけど変わりなし。自分で倒すんじゃなくて食べるだけだと変わらないのね。そりゃそうか。食べるだけでレベルが上がるのなら、お金も権力もある王侯貴族は、老人になるほど筋肉ムキムキマッチョマンになっているよね。
そんな感じで歩いていたら唐突に森が開けた。
森もあるけど草原も多い。もしかしてそろそろ人族のエリアに出たのかと索敵してみても人間らしき反応は無し。
草原のほうに首長竜みたいな草食動物は居たけど、大人しそうだし、戦闘力が私よりも高めだったので近寄るのはやめておいた。
そのまま森と草原の境目沿いを進んでいると、踏み固められた道のようなものを発見する。やっと見つかったぁ! 幅は5メートルくらいあるので、街と街を結ぶ街道のような道なのかも。
人族に見つかると拙いのでフードを被り直して、道からちょっとズレた背の高い草の中やまばらにある森を進んでいると、遠くから戦闘のような物音が聞こえてきた。
そちらのほうへタマちゃんを頭に乗っけて急いで向かう。
しばらく進むと二台の馬車が、お約束のように数人の人間に襲われていた。
馬車? 列車はあるのに自動車はないのね。さらに近づいて見てみると、十数人の盗賊らしき粗末な鎧と槍を持った人達が馬車を取り囲み、馬車を守っている粗末な服を着た犬耳猫耳の獣人達と対峙していた。
「お前ら、盗賊共を近づけるなっ!」
馬車の影から少し太った人族が騒ぎ立てると、あのエルフを襲った魔術師が持っていたのと同じ首輪を付けた三人の獣人男女が、泣きそうな顔で手斧を握りしめる。
やっぱりアレって奴隷用の首輪? それにしても無茶振りだなぁ。ただの粗末な服と手斧やナイフだけの奴隷三人で、武装した十数人の盗賊に勝てるはずがない。
戦いの場所が近くなってタマちゃんが怯えたように外套のポケットに逃げ込んだ。
「ガハハッ、そんな奴隷でしのげるつもりかっ! 馬車を一台置いていけば命だけは助けてやるぞっ。お前ら、やれっ!」
盗賊の頭らしき大男が手下に合図をすると、ニヤニヤ笑いの盗賊ではなくて、その後ろから首輪を付けた獣人の武装奴隷が4人出てくる。
……どっちも奴隷に戦わせて自分達は指図するだけなの?
盗賊側の獣人奴隷も同族と戦わされると分かって、引き攣った顔でしきりに首を振っていた。
……なんだこれ、ゲームのイベントか何か? 奴隷は全員亜人ばっかりだし、これがイベントじゃなかったら“人族”って何なの?
思わず唖然として草むらの中から見ていると、首輪に強制力でもあるのか、獣人達が泣きそうな顔で戦い始める。
「し、しっかり荷物を守れ獣人共っ! 負けたらお前らのガキ共を廃棄処分にして鉱山に送ってやるぞっ!」
「おらっ、しっかり戦えっ、お前らも仲間の命がどうなってもいいのかぁ?」
馬車の主も盗賊の頭も、当たり前のように自分達の奴隷を脅していた。
私が介入する隙もなく、馬車側の奴隷は刺し殺され、盗賊側の奴隷も一人が腕に深い傷を負った程度で死者もなく戦いはあっさり終わる。
「くそっ、この役立たずの奴隷がっ! 大損だっ!」
馬車側の主が、死んだ奴隷を罵りながら蹴っていた横で、盗賊の頭は上機嫌で手下に馬車の一台を奪いに行かせる。
「ガハハ、馬車一台は荷物ごと貰っていくぜ。次はもっと強い奴隷か冒険者でも雇うんだな。……おっと、お前はもう使えないな」
山賊の頭は軽い調子で呟いて、腕に深手を負った自分達の奴隷の一人を、槍で突き刺して殺してしまった。
「おい、商人っ! コイツの分も金払えっ」
盗賊の頭がそう言うと馬車の主は、顔を顰めながら金貨を数枚手渡した。
多分……商人達と盗賊達との間で、命を奪わない取り決めがあるのだと思う。
盗賊達は馬車の主達を殺さず、馬車一台を奪って悠々と去っていき、馬車の主はいつまでも奴隷の死体を罵っていたけど、御者に促されて残った馬車でこの場を去り、後には道の脇に放りだされた奴隷四人の死体だけが残った。
…………本当にゲームのイベントなの?
予定では旅人を襲う山賊を狙おうと思っていたけど、これではどっちの味方も出来ないし、したくない。
むかつき具合では商人の方が上だけど、盗賊のほうはここで逃がすとまた遭遇出来るか分からない。どっちも顔は覚えたけど……どっちがいい? タマちゃん。
心の中で呼びかけると、タマちゃんがポケットから這い出て、盗賊が去っていったほうに向かってポニョンポニョンと跳びはねた。
そっか。数が多い方がいいのね。
タマちゃん、あの盗賊達を見つからないように追いかけられる? そう呼びかけるとタマちゃんがポニョンと跳びはねた。
私は……あの馬車の商人を先にやっつけてくるから。
思ったよりも非道い感じになりました。
次回、盗賊と商人 後編。